第2話
この日の天気は雲一つない晴れ。春の麗らかな気候が二人の足を軽くさせる。
関所は抜けてから数分、山を切り分けて作ったような道を歩き、かの門は後ろで小さくなっていた。
「あの、先程は助けてもらってありがとうございます。」
少女は前を歩く彼に頭を下げながらそう言った。
「ミルーナって言います。実は…」
「近くに住む村娘で家は農家でそれなりに裕福、ブルーベリーを育てている。街には道具の買い出しに来た。そんなところか。」
彼は歩く速度を一切変えずに淡々と述べる。
「ど、どうしてそれを。」
「まずその格好、質素な作りだがそれなりに頑丈。服についてるブルーベリーのシミと靴の特徴的な土汚れ。それにスカスカな麻袋から漏れる硬貨の音。そこから推理するにそうなっただけだ。」
ミルーナは驚きのあまり足を止めてしまう。無理もない。さっきまで貴婦人のように振る舞っていた者が別人のように話し始めてのである。
「じゃあ私はこれで失礼するよ。仕事があるもんでね。」
一切振り向く様子もなく手を振って去ろうとする彼。ミルーナは慌てて引き留めようと彼の腕を掴んだ。
「お、お礼させて下さい。」
押して駄目なら引いてみろ。急がば回れ。
この二つの言葉は、厳密な意味は異なるが幾つかの共通点がある。どちらも歌の歌詞から取られた言葉であること、こうしたいと思う方ではなく、別の方を選ぶという行為などだ。
何が言いたいのか端的に述べると、探偵は挫折した。しかし、それは負からくる挫折ではなく利を求めた挫折である。御礼に食事をご馳走するというミルーナ、先を急ぎたい探偵。その攻防戦が止まなかったため、探偵が折れるという形で停戦協定を結んだのだ。
関所から山間の一本道を抜けると最初に目に映るは、エスカリョーラの要とも呼べる建物。大きな岩を削って作った煉瓦が幾つも積み上げられ、高く雄大に建つそれは鍛治の町とも呼ばれるに相応しい姿だった。あの中では町の大事を決める議論が行われているという。
次に目に入るは至るところから昇る煙、この町には幾つもの鍛冶場があるという。
そして、なんといっても人の多さが目立つ…筈だが、何故かその姿はなく、町に活気が感じられなかった。
町に入ったミルーナはその異様な光景に辺りを見渡すが、その答えを見つけることはできなかった。代わりに見つけたのは噂のお店。そこのリゾットは絶品だと僻地でも耳にする。
ミルーナ、探偵の順で店内へと入ると昼時にも関わらず客が二組ほどしかいなかった。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ。」
そう言ったのは、ふくよかなちょび髭の男性。優しい物腰と口調だが目には隈ができ、少しやつれているような気がした。