第1話
case1『焼け焦げた死体』
さて、物語の始まりというのは何処なのであろうか。主人公が生まれた瞬間なのか、大きな事件に巻き込まれた日なのか。否、物語というのは始まりはなく、終わりも存在しない。この世ができる前から、終わるその時も物語は語る者がいる限り延々と綴られる。
従って、今から語る物語は途中からである。ある探偵のたった一つの事件を廻る章のだ。
舞台は、鉄と嘘の匂いが漂う街『エスカリョーラ』。鉱山に囲まれたこの街は、金の成る町と云われ、多くの人で賑わっていた。しかし、近年は何故かその活気を落ち着かせていた。
そんな不穏な町の玄関、検問所にて一人の少女が驚愕の表情を浮かべていた。
「は、入れないってどういうことですか!」
肩まで伸びた綺麗な銀髪に整った容姿。質素な服に身を包んだ彼女は、《《如何にも》》田舎の村人のようだった。
彼女はどうやら門番である男性と揉めているようだ。
「ですから、身分を証明できない者を街に入れる事は出来ません。」
「で、でも。この前、来た時は必要なかったですよ!」
「領主様が身分を証明できない者の立ち入りを禁止したんです。何度言われようが許すことはできません。」
彼の答えに落胆する少女。すると、背後に列を成す一人の商人が、早くしろ。と苦言を溢す。
すみません。と彼女が去ろうとすると彼が現れる。
ではここで質問である。君達は探偵というのはどんな姿を想像するだろうか。スーツにハット帽なジェントルマン、将又、その真逆の浮浪者のような格好だろうか。
残念。この章での探偵はどちらでもない。
「んーちょっといいかしら。」
「「え?」 」
そこに現れたのはメイド服に身を包んだ男だった。化粧や所作は女性のようだが、その骨貼った顔と服の隙間からはみ出る筋肉が男であることを色濃く主張していた。
異様な姿に門番は戸惑いながらも仕事をする。
「な、何者だ?!」
槍先が向けられるが彼は恐れる様子はない。
「アナタ、奥さんと喧嘩してるでしょ?」
「な、どうしてそれを!」
「女の勘よ〜。その目のクマに汚れた鎧、あまり家に帰ってないでしょ?匂いも…うーん。凄いわよ。」
慌てて自身の匂いを確認する門番。
「そんなんじゃ。奥さんに捨てられるわよ〜。」
「そ、そんなぁ。ってそんな事、貴様に関係ないだろ!というか女の勘てなんだ!男だろ!」
「ちょっとぉ〜乙女に向かって酷いわよ。そんなんだから奥さんに飽きられるよ〜。」
「んなぁ?!」
「ほら、これ。」
乙女は門番に素早く近寄ると手を握った。
「な、なにを…!!」
彼の口を人差し指で止める彼女?。そして、渡すは金貨。
「それでプレゼントでも買って帰りなさい。小さなアクセサリーぐらいなら買えるわ。」
「え?」
「もう!鈍臭いんだから。これで奥さんの機嫌を取るのよ!」
「あ、ああ。」
「じゃあ私達はもう行くわね。この後、二人でお洋服を見に行く予定なの。」
そう言って乙女は少女の手を引き、門番の横を過ぎる。
「ま、待て!」
「ん〜もう。まだ何かあるの?」
「…プレゼントには何がいい?」
「はあ。そんなの自分で考えなさいな。そうね…ここで取れるアメシストには愛情という意味があるらしいわよ。」
「…アメシストのアクセサリーか。ありがとう。えっと…マダム。」
「あら、分かってきたじゃない。坊やも頑張りなさいよ。」
こうして探偵は華麗にエスカリョーラへと潜入した。さて、彼の来街が吉と出るか否か。それは神と探偵のみぞ知る。