邂逅!そして早速命のキキ!!
それは放課後の廊下での出来事だった。
(殺せ…)
「ッ!?何だ!?」
(殺せ…)
「この声どこから…!」
(殺せ…!)
「うるせーんだよさっきからッッ!!近頃の女騎士かオメーは!!!」
脳内にしつこく反響する声に、キンヤはキレ散らかした。
何を隠そう、彼は今朝放課後に空き教室で会う約束が下駄箱に入っているのを見つけそれはもう有頂天になっていた。
今から向かう所を得体の知れない声に邪魔されればこうもなろう。
「俺は今急いでんだッッ!!とっとと出てこい!!」
「いいだろう」
「ギャッ!!!!」
驚きのあまり飛び退いた。
そこにいたのは空中に浮かぶ鬼火。キンヤの目の前で不気味に青白く燃えている。
「何だこれ!?妖怪!?」
「あながち間違いではない」
「ホントにいるんだな」
さっきまで自分が怒り100%だった事などとうに忘れ、今は驚きと感心に満ちている。
「貴様に私の力を授けよう。そして人を殺せ。さすれば願いを1つ叶えてやろう」
「なんて事言うんだ!!」
怒りが50%復活。残り半分は不可解に思う気持ちだ。
「なんで人殺しなんか…!」
「私の目的は完全復活だ。長年封印されていたからか、霊力が格段に落ちている。」
「封印って…絶対呪霊の類じゃん」
「そうだが」
「開きなおっとんちゃうぞ」
「人を殺せばその分霊力を吸い取る事ができる。が、方法はそれだけでは無い。貴様が殺したくないのであれば他のやり方もある」
「元から力貰う気とか無いんだけど」
「貴様に拒否権は無い」
そう言うと鬼火は、素早くキンヤの右手に潜り込んだ。
「熱ッッ!!」
揺らめく炎は手のひらからボウボウと燃え盛るが、次第に火力は弱まっていった。
見てみると、右手には炎の代わりに木製の札が握られている。札には大きく「き」と彫られており、それ以外はなんの変哲も無い軽い板だ。
「よく聞いておけ。それは貴様に託した『力』だ。貴様の他にも『力』を宿した人間がいる。そやつらから札を奪うのだ。」
「嫌だけど」
「別に普段通りに過ごしても構わんぞ?奴らが放っておいてくれるかはわからんが」
「面倒なのに巻き込みやがって…」
キンヤはくすんだ茶色の髪を掻きむしる。札(元鬼火)はそんな事に気にも止めず語り出した。
「教えておこう、この力は『危機』。相手に与える恐怖を倍増させる。敵を恐怖で竦ませ、その隙に命を奪うのだ」
「絶対奪わんけど。それよりもさ、他にも『力』を宿した人がいるって言ったよな?」
「ああ、封印されていたのは私だけでは無いのでな」
「…お前らは一体何なの?」
「言霊だよ。それぞれの文字に込められた呪いが実体化したものだ」
「つまりお前は『き』の言霊って事?」
「左様。」
「なるほど」
しかしそれって五十音全員いるのだろうか。
話しているうちに段々冷静になってきた。この感じからして、恐らく即死レベルの能力は存在しない可能性が高い。もし目の前に同じ『力』を持つ相手が現れたとしても、とっとと札を渡せば良いのだ。出会い頭に殺される事も無いだろう。
「…などと考えているのではあるまいな?」
「はァ!?」
「今や私と貴様は一心同体。そんな考えは筒抜けだ」
「面倒くせぇ…」
「言っておくが、札を渡した相手が本当に信用できるのか?願いの為に関係ない人々を巻き込むかもしれんぞ?だったら相手を殺して札を奪った方が被害が減っていいじゃないか」
「その手には乗らんぞ」
しかしこの能力は有用だとキンヤは考える。相手を戦意喪失させられるのなら、交渉次第で札を手に入れられる。
それに、ヤツの言う事も一概に間違いとは言えない。
確かに関係無い人が殺されるくらいなら、俺がこの殺し合いに飛び込んだ方がいいのかもしれない。
「…まぁ、過ぎたことはしょうがないか。それよりも俺には大事な用事があるんだ、くれぐれも邪魔するなよ」
札をポケットにしまいながら釘を刺すも、返事は何も返ってこなかった。残るは静寂のみ。
「コイツ…」
何だかヤツの手のひらの上で踊らされているようで気に食わなかったが、そんな事はこれから起きるイベントを前にすればどうでも良いのである。
手紙に書いてあった空き教室の前に立つ。
少し躊躇いつつも、ゆっくりとドアを開ける。
「ごめん、待った?」
キンヤはなるべく緊張を悟られないよう、いつも通りの気さくな先輩を演じた。
視線の先には、小柄な少女がいる。
「いえ…」
彼女の名はコノミ。キンヤの1つ下の15歳で、彼の後輩だ。
同じ文芸部に所属していて、話す機会も多い。
紺色の長い髪は、落ち着いた印象を与えるセーラー服によく似合っている。校則の模範のような膝下丈のスカートはイマドキの女子としては珍しいが、キンヤはそんなしっかりした所に好感を持てた。
(にしても何だか空気が重いな…窓も閉めっぱだし、換気した方がいいんじゃないか?)
彼女も緊張しているのか、言動がぎこちなく俯いてばかり。
これは俺から話を切り出すべきだな、と判断したキンヤは穏やかに話しかける。
「それで、話って何かな?俺にできる事があったら何でも手伝うよ」
先程まで言霊にブチギレていたとは思えない態度である。
「あの、キンヤ先輩……は、いつもこんな私に話しかけてくれて、明るくて気さくでとっても優しくて…」
たどたどしくも、まくし立てるようにコノミは俯いて呟く。
「そんなキンヤ先輩の事が………好き、です」
キンヤは思わず顔を背けてしまった。鏡を見なくても、自分の顔が真っ赤になっている事がわかる。
異性に告白されるのは彼の人生で初めての出来事。すぐにでも了承すべきと判断した彼は口を開いたが…
「俺もコノミの事が」
「あと、ごめんなさい。」
すぐに遮られてしまった。
「えっ」
コノミは懐から何かを取り出すと、目の前の大好きな人に向けた。
それはキンヤにとって記憶に新しい、今一番見たくないもの。
─────札だった。
「さようなら」
キンヤは人生で初めて、好意と殺意を同時に向けられたのだ。
能力紹介
「危機」
「き」の言霊が宿している力。
相手に与える恐怖を倍増させる能力。
これは相手が「命の危機」と認識しなければ発動しないため、雑なハッタリでは効果が無い。
例えば、正面切って「お前を殺す」と言っても効果は薄いが、刃物を突きつけて「お前を殺す」と言った場合は充分に効果を示す。