旅する本
本を出版したい。
そう思ってからどれくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか息子は大学を卒業し大人になっていた。
息子が大学生の時に喧嘩をして、それから顔も合わしてないし、話もしていない。
息子のことは一旦置いておこう。
そろそろ子育ても終えて、本の出版に取り掛かれそうだ。
しかし自分一人でどんな濃い内容の本が作れるのか。自信がなかった。
そのため私は、「旅する本」を発売することにした。
まず私が一番最初のページに書き込んだ。
“この本は旅する本です。次々と手渡ししていき、渡された人はその日の日記やいつも考えていること、物語、何でも構いませんので、記入をお願いします。記入した後は3日以内に次の誰かへと渡してください。共にこの本を味わい深いものにしていきましょう。よろしくお願いします。”
そして早速職場の後輩にその本を渡した。
最初はキョトンとした顔をしていたが、二つ返事で了承してくれた。
さて、この本はどんな風になるのか。
予想がつかないので楽しみである。
あれ、しまった!!!!
私の住所を書いてなかった。
これでは“旅する本”は旅をしたまま帰ってこない気がする。
早速職場の後輩に連絡を取ってみたが、もう手元にはなく、リレーは順調に進んでいるようでどこに行ったか分からない状態だ。
もう、運に任せることにした。
帰ってきたら帰ってきたで万々歳。帰ってこなかったらそれはそれで、その本の運命だ。
そうして一年後の朝、郵便受けを見るとその本はあった。
感動した。
まさか帰ってくるとは。
そしてすぐに机に向かい、数々の人の文字の羅列を読んだ。
変な人もいれば面白い話を書いている人もいて、十人十色の内容となっていた。
そして最後のページには“招待状”と書かれていた。
そこには私の知った顔があった。
息子である。
息子がプロポーズをして、結婚が決まったらしい。その結婚式・披露宴の招待状であった。
そこには、手書きで「いままでごめん。」と書かれていた。
もはや喧嘩をしたことはどうでもよくなっていた。
何より息子の結婚が決まったことが嬉しかった。
半年後、結婚式に“旅する本”という名の招待状を持参した。
久しぶりに再開した息子は私の顔を見て泣いていた。
それを見て私も我慢出来ずに泣いてしまった。
忘れられない1日となった。
そして裏表紙には今日という素晴らしい日の感想を書き、出版した。
一番最初に買ってくれたのは、息子であった。
次は私と息子の物語でも書いてみようと密かに思った。