エピソードどんぐり4
ここは『びっくりどうぶつランド』にある『おどろ木おのの木おおさわ木の森』。
お魚とフカフカの毛布が大好きな短足茶トラ猫のうどんちゃんと、たくさんの動物たちが暮らす、平和で賑やかな森です。
ある晴れた昼下がりのこと。この日はとても暖かく気持ちのいい日だったので、うどんちゃんはお気に入りの切り株スポットまで行って短足を丸め込み、お昼寝をしていました。のどかな日差しに包まれ、のんびりとした時間を楽しんでいたそのとき、甲高く慌ただしい声が辺りに響きます。
「うどんちゃん、うどんちゃん!大変なことがあったんだ!助けて!」
そこにいたのはフワフワの尻尾が自慢の森の仲間、リスでした。リスがうどんちゃんのところにやって来る時は、大抵何か厄介な問題を抱えていることがほとんど。うどんちゃんは(また何かあったんだな……)と少し面倒に思いました。
でも、フワフワのものが大好きなうどんちゃんにとって、リスの尻尾はとても魅力的。いつもリスの抱える問題を解決しては、お礼として尻尾をフワフワさせてもらうのがちょっとした楽しみでもありました。
「また何かあったの?」
うどんちゃんは短足をぴんと伸ばして伸びをすると、少し眠そうに半分目を閉じたまま答えました。リスは一体その小さな身体のどこから出しているんだろう?と思うほどに大きな声で、瞳をうるませながら切羽詰まったように言いました。
「たぬきが僕の大事なものを全部隠しちゃったんだよ!」
「たぬきかぁ……」
うどんちゃんは短い前足でギリギリ届くか届かないかの頭をこすりながら切り株に座り、詳しく事情を聞きました。どうやらリスが越冬のために一生懸命集めたどんぐりを、たぬきが「遊ぼうよ!」と言いながら持ち去り、どこかに隠してしまったようです。
「どんぐりかぁ…………」
うどんちゃんはどんぐりの話題にうんざりしていたため、本当は「どんぐりの話題にはうんざりなんだ」と言いたい気持ちでした。しかしリスにとってのどんぐりは死活問題。いくらうどんちゃんにとってどんぐりの話題はうんざりでも、突き放すのは流石に可哀想だな、とわかりました。そしてどんぐりの話題はうんざりではあったものの、リスの尻尾をモフモフしたい気持ちには抗えず、短い前足を揃えて座り、どんぐりの話題にうんざりしながらも解決策を考え込みます。
たぬきの性格をよく知るうどんちゃんは、たぬきに悪気がないことはわかっていました。彼はちょっとおちゃめで、隠すのが好きなだけなのです。
「心配しなくても大丈夫。たぬきは君と遊びたかっただけなんだ。どんぐりはきっと、どこかに隠されているはずだよ」
うどんちゃんはリスを安心させるために、優しく言いました。それでもリスはどこか不安げで、「本当に大丈夫かな……?ぼくのどんぐり、食べられちゃってないよね」と、ソワソワしています。
「落ち着いて。まずはたぬきがどこに隠しているか、一緒に考えてみよう。たぬきは他に、何か言ってなかった?」
うどんちゃんはリスの尻尾をフワフワしたい気持ちをぐっと堪えて、どんぐりの隠し場所について考えてみることにしました。あれほどどんぐりの話題はうんざりだと思っていたのに、フワフワの尻尾をフワフワできると思うと、不思議とやる気が出てきます。
「うーん、特別な場所に隠す、って言ってたかな……?」
リスは腕を組んでたぬきとの会話を思い出します。
「たぬきがどんぐりを隠す特別な場所といえば……あそこだ!」
うどんちゃんはある日のたぬきとの思い出に記憶を巡らせました。
「オイラのとっておきの宝物を見せてあげるよ!」
そう言ってたぬきが連れてきてくれた場所には、たくさんのどんぐりが並んでいます。
「このどんぐりは特別などんぐりなんだ!他のどんぐりとは色つやが違うでしょ?」
「こっちのどんぐりは隣の森からわざわざ取ってきたんだよ!この森にはない種類のどんぐりなんだ」
「それからこのどんぐりは━━」
うどんちゃんはたぬきとの思い出をこれ以上汚すまいと、そこまでで記憶をシャットアウトしました。
目的地に到着する前に既にどんぐりはもうお腹いっぱい状態のうどんちゃんですが、リスの尻尾をフワフワするためにはしっかりどんぐりに向き合わなければなりません。うどんちゃんはリスを連れて、森の奥にある古い木の根元へ向かいました。そこにはたぬきがよく見せてくれた『とっておきの宝物』を隠している穴があるのです。
「ここを掘ってみよう」
リスが穴を掘る横で、うどんちゃんも短い前足を駆使しながらお手伝いをしました。すると、中からどんぐりが山のように出てきたのです。
「やった!僕のどんぐりだ!ありがとううどんちゃん!」
リスは大喜びでどんぐりを抱えます。うどんちゃんは正直どんぐりの話題にはうんざりで見分けなんかつかないので、(たぬきのどんぐりと自分のどんぐりの違いがわかるなんて、すごいなぁ)と関心していました。
そのとき、後ろからたぬきの声が聞こえてきました。
「なんでオイラの宝物を持って行くの!!」
(あ、やっぱり見分けついてなかったんだな)
木の陰から飛び出してきたたぬきはプリプリと怒って言いました。リスも負けじとプリプリ怒りながら言いました。
「じゃあぼくのどんぐりはどこなの!?」
「君のどんぐりはこっちだよ!ほら、全然オイラの宝物と違う!」
たぬきはイタズラで隠したリスのどんぐりを、別の穴から引きずり出してきました。
「……確かに、こっちがぼくのどんぐりかもしれない。たぬきのどんぐりよりもぷっくりして品質がいい」
「何言ってるの!?オイラのどんぐりの方が特別だよ!」
たぬきとリスは、うどんちゃんにはまったく理解のできないベクトルで喧嘩を始めてしまいました。
「まあまあ二人とも、落ち着いて?今は、そんなことで喧嘩してる場合じゃないでしょ?」
うどんちゃんは二人の仲裁に入ります。
「大体二人とも、本当にどんぐりの見た目なんて見分けがついてるの?……あた、あたたた、やめ、やめてってば」
たぬきとリスの間に入ったうどんちゃんは、確定的に明らかな感じでわざと二人からどんぐりをぶつけられたので、(やっぱり二人とも自分のどんぐりの見分けなんかついてないじゃないか)と思いました。
「もう!やめてよ!!ほらたぬき、勝手にどんぐりを隠しちゃダメだよ!リスに謝って!」
その言葉にリスがハッとして、どんぐりを投げる手を止めました。しかしたぬきは悪びれる様子もなく笑いながらうどんちゃんにどんぐりをぶつけつづけます。うどんちゃんの脳内で、ほんのりとたぬきの好感度が下がった音がしました。
「ごめんって!もう、二人とも冗談が通じないんだから!遊びでやっただけだよ!でも、うどんちゃんの推理にはいつも驚かされるなぁ!」
ようやくたぬきもどんぐりを投げる手を止めましたが、やっぱり反省しているようには見えません。うどんちゃんはどんぐりに関わるとろくなことがないな、と思いました。
さて、無事にどんぐりを取り戻したリスは、うどんちゃんに感謝の言葉を述べます。うどんちゃんはようやく尻尾をフワフワできると、期待に胸を膨らませます。
「リス、さあ、尻尾を……」
「ありがとう、うどんちゃん!これ、お礼に持って行って!」
リスはそう言って、大量のどんぐりをうどんちゃんに押し付けてきました。
「……え?あの、尻尾……」
うどんちゃんは短い前足でどんぐりを抱え、困った顔をしながら言いました。
「いや、ぼくどんぐりはそんな……」
「たぬきに聞いたんだ!うどんちゃんはどんぐりが大好きだって。今まで気が付かなくてごめんね、尻尾を触らせるだけでお礼を済ませてしまって」
リスは申し訳なさそうに言いました。
「違うんだ、ぼくはきみの尻尾を触りたくて……」
それでもリスはうどんちゃんの話を最後まで聞くことなく、満面の笑顔で「また困ったら助けてね!」と手を振りながら帰って行きます。
残されたうどんちゃんは、大量のどんぐりを見つめながら小さくつぶやきました。
「やっぱり、どんぐりの話題はもううんざりだ……」
こうして、うどんちゃんの名推理による一件は幕を閉じたのでした。