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エピソードどんぐり3

 ここは『びっくりどうぶつランド』にある『おどろ木おのの木おおさわ木の森』。お魚とフカフカの毛布が大好きな短足茶トラ猫のうどんちゃんと、たくさんの動物たちが暮らす、平和で賑やかな森です。


 これはある寒い冬の日のお話です。その年一番の寒波に見舞われたおどろ木おのの木おおさわ木の森では、たくさんの動物たちがあまりの寒さに体調を崩してしまいました。うどんちゃんもその中のひとり。普段は元気いっぱいのうどんちゃんも、風邪で熱を出してぐったりとしています。


(今日は一日フワフワの毛布にくるまって、ゆっくりしていよう……)


 うどんちゃんは目を瞑って眠りにつこうとしましたが、身体がだるくてなかなか寝付けません。「水でも飲もうかな……」と、熱で節々が痛む短足をのっそりと伸ばします。


 そんな時、家の外から聞き覚えのある賑やかな声が聞こえてきました。うどんちゃんが窓の外を見ると、友達のたぬきの姿。


「うどんちゃん、いる?」


 たぬきはドアを騒々しくノックしながら大声で声をかけてきます。


(もう少し静かにしていて欲しいんだけど……)と、大きなため息をつきながら、重い足取りでうどんちゃんは玄関のドアを開けました。


「うん……いるよ……」


 うどんちゃんが弱々しく返事をすると、たぬきが心配そうな表情で「風邪を引いたって聞いたんだ、大丈夫?」と声をかけながら家の中に入ってきます。いつもは賑やかで楽しい森の親友の足音も、今日はなんだかうどんちゃんの心をざわつかせました。


「うん、ちょっと辛いかな……」


 うどんちゃんは力なく微笑み、ヨロヨロと毛布まで短足の力を振り絞って歩くと、パタリと倒れ込みました。その姿を見たたぬきはより一層心配そうに「あぁ!うどんちゃん!!大丈夫!?」と声を張り上げ、ドタドタとうどんちゃんに近付きます。


(頼むから静かにしていて欲しいんだけど……)


 うどんちゃんは苦笑いをしながら短い前足を振り上げて、『大丈夫、大丈夫』とジェスチャーをしました。

 すると、たぬきは嬉しそうに「無事でよかったぁ」と言いながら、大きな袋を取り出しました。


「お見舞いに来たよ!これ、食べて元気になってね」


 袋から出てきたのは、案の定安定のどんぐり。たぬきはひとつひとつ丁寧にテーブルの上に並べていきます。


「これはスダジイ、ツブラジイ、マテバシイ。生で食べられるからね。こっちはクヌギだからまずアク抜きをして……」


「待って待って、僕は今、風邪を引いてて食欲がなくてね……」


 辛そうなうどんちゃんを知ってか知らずかどんぐり豆知識を教えてくれるたぬき。でも今はそんな話を聞いている余裕はありません。それに、うどんちゃんは元々どんぐりがそんなに好きではありませんでした。


「ごめんごめん。でも、どんぐりは栄養満点だからね!食欲が戻ったらたくさん食べてね!」


 うどんちゃんを思って懸命に集めてくれたのでしょう。たぬきがあまりにも善意丸出しでどんぐりを差し出してくるので、うどんちゃんは元々どんぐりがそんなに好きではないのですが、元々どんぐりがそんなに好きではないということを伝えることができませんでした。


「お願い、少し静かにしていて欲しいんだ……」


 元々どんぐりがそんなに好きではないということは伝えられませんでしたが、とても身体がだるかったうどんちゃんは、ついキツイ口調でたぬきに伝えます。普段はたぬきを気遣い、あまり自分の意見は言わないのですが、今日ばかりは熱で頭が働かず、思ったことが口に出てしまったのです。その言葉にたぬきは少し悲しそうな、驚いたような表情を見せ、うどんちゃんは(しまった……)と思いました。しかしたぬきはすぐに笑顔に戻りました。


「大丈夫!一緒に遊んであげるから!きっとすぐに元気になれるよ!」


「遊ぶのも、今は無理だよ……」


 たぬきの優しさを精一杯汲み取ろうとしたうどんちゃんでしたが、やっぱり今はそれどころじゃなかったため、すぐに正直な意見を漏らします。表情もいつになく苦しそうなはずなのですが、たぬきは空気を読まず、「ほら、うどんちゃん、これ見て!」と、どんぐりを使ってバランスを取る遊びを始めました。空気の読めないたぬきを見たうどんちゃんは(たぬきは空気が読めないのかもしれない)と思いました。


「次はこうやってどんぐりを並べてみよう!」


 たぬきはせっせこせっせことどんぐりを転がしたり積み上げたりしています。その姿はすでに、目的がうどんちゃんのお見舞いであることを忘れているようでした。あまりにも清々しく空気が読めないたぬきを見ていると、なんだかおもしろくなり、少しだけ元気が出てくるうどんちゃん。

 しかし、うどんちゃんの心の中にはもう一つの懸念がありました。それは「本当に、元々どんぐりはそんなに好きではない」ということ。うどんちゃんの横に置かれている大量のどんぐり入り袋は、きっとこのあと確実に押しつけられるに決まっているので、元々どんぐりはそんなに好きではないということをどうにか伝えて元々好きではないどんぐりを回避できないものかとぼんやりと考えるのでした。


「うどんちゃんもやってみて!」


 更には空気を読まずどんぐり遊びをたぬきが促してくるので、うどんちゃんは(たぬきは空気が読めない)と確信したのですが、どうせたぬきは空気が読めないので、辛い短足をゆっくりと動かし、仕方なく少しだけどんぐりを転がしてみることにしました。


「あれ、これ、意外と楽しいかも……」


 まんまとたぬきにそそのかされたうどんちゃんは、身体が辛いことも忘れ、どんぐり遊びに夢中になっていきました。身体を動かしていると全身が温まり、風邪がよくなってくるようにも感じます。何より、たぬきが集めてくれたどんぐりの数々は、ただの食べ物ではなく、優しさが込められていることも思い出したのです。


 たぬきと一緒に楽しい時間を過ごすうち、風邪のことはすっかり忘れてしまったうどんちゃん。そして日が暮れる頃には、(どんぐりも悪くないかもしれない)とまで思えるようになっていました。友達の笑顔を思い出すととても温かい気持ちになるのです。


 たぬきが帰ってすっかり辺りが暗くなった後、うどんちゃんは身体中に走る悪寒に震え、ぶり返した熱で朦朧としていました。そしてお見舞いとして押し付けられたどんぐりを見つめながら、今日一日で学んだ大切なことを思い返します。


「やっぱりどんぐりはそんなに好きではないな……」



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