6:里からの旅立ち
「累はとうとう帰ってこなかったわね、あの毒入り団子は強すぎたかしら」
玉村家には、家族のそんな汚れた笑い声が聞こえていた。
「お母様、もっと早くそうしていれば良かったですね。そうすれば、今まで無駄に神経を尖らせる必要がありませんでしたもの」
「美々、もう死んだ奴の話はするな。晴れ舞台が台無しになるぞ」
ワハハと笑う家族を突っ切るように、突如居間に流れた異質な空気。突風のように居間に流れ、ガラリと閉まっていた戸が全開になる。強風と赤いモヤと共に、赤鬼が姿を現わす。わぁぁ!という歓声も束の間、彼らは声を失うこととなる。
美しい赤鬼の隣には・・・あっさり死んだと思っていた、累が立っていたのだ!彼の綺麗な衣服を纏うだけでなく、狐の面もせず、銀髪も痣だらけの顔も堂々と見せていた。
「やはり貴様らは性根が腐っているな。他者を私利私欲で虐げて、挙げ句の果てには殺害を目論む者を番にする気など無い」
「ま、ま・・・お待ちください!これには、理由が」
「理由?ふざけるな、産まれた瞬間に非のある奴がどこにいる。お前達を見て、俺はこの里にいるのに限界が来た。累を連れて、去ることにしよう」
はぁ!?と美々の汚い叫びが漏れた。今まで散々「赤鬼の呪い」だか言われて下に見ていた弟が?醜いだけで何も出来ない奴が?それにこの家から出るだけではない、赤鬼にがっしりとその肩を掴まれていたのだ。あたかも、選ばれた人間のように。
「ちょっと、どういうこと!?累を連れてく?ふざけないでよ、なに馬鹿げたこと言ってんの!?」
「み、美々、言葉を慎め・・・」
「嫌よ!赤鬼様の番として、赤髪で産まれた私を差し置いて!色々な決まりと伝統を破りやがって!!なんでアンタが私より優れてるみたいなところ、見せつけられなきゃいけないの!?」
その言葉の衝動からか、ガッと手を出しかけた美々。累は一瞬目を瞑ったが、すぐに赤鬼により彼女は止められた。メキメキと、あたかも彼女の腕でも折るかの力で。
「ちょ、痛いじゃないの!何をして・・・」
「黙れ、外道が」
全てを凍らせる程低い声で、赤鬼は美々を冷たい視線で睨み付けた。
「産まれ持った力を過信するな、全てに通用すると思うな。貴様のような考えは、いつ身を滅ぼしてもおかしくない」
ゾクッ!と美々はその威圧感に耐えられず、顔を青くした。だが腸が煮えくりかえって仕方ない彼女は、その矛先を累に向けた。
「・・・っ、でも。こんな奴なんか、何処に行ったって拒絶されるだけよ!こんな異端者なんか、こんな気味の悪い奴なんか、こんな化け物なんか!!」
赤鬼はさらに顔を険しくして、メキメキと腕を掴んでくる。累は1度待ったをかけて、コツコツと美々へと近付いた。怯えもせず、堂々と胸を張って。
「・・・もう僕は、そっちの言うとおりに動かない。僕は僕自身で、自分のことを決めていくよ」
「な、なによ。何を馬鹿なこと言ってんの!?ずっとこの家でしか生きていない、世間知らずのくせに!」
「そっくりそのまま、お返しするよ」
バシッと言葉を詰め寄り、美々はウッとうろたえる。「何よその減らず口は!」と相変わらず睨む双子の姉に、累は真っ直ぐな目で見た。
「何も知らないから、常に自分が正しいと思っているんだ。僕はそっちの所有物じゃない。僕の生き方は、僕自身で決めてみせる」
最後の言葉を告げて、あんぐりとなった美々。彼女の表情を確認した後、赤鬼はパッと美々の手を離した。ヨロヨロと、何も言わず膝から崩れ落ちる。その様子を見た後、赤鬼と累はふいっと背を向けた。さよなら、と小さく呟いて。
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小米の里は、豪雨や山崩れといった数多の災害に襲われている。長いこと災害対応を怠っていたため、被害は拡大する一方だ。人々は里から泣く泣く離れているが、プライドだけ高い玉村家は移動を拒否しているという。
「なんでも移動したら、その土地の支配側に頭を下げるのが耐えられないそうだ。あんな作物も人もいない場所で、自分たちの手で生きることに耐えられるんだろうな」
都のとある小さな家。そこに住まう歴史学者は、そんなことを呟いて、本をパタンと閉じた。そうですか、と返事をした助手はそっと、彼にお茶を注ぐ。
「奴らにはちゃんと、呪いを与えた方が良かったかもな。反省の色も見せない奴らに、情けをかける必要は無かったが・・・」
「先生は力を使うと、体に負荷が掛かるんですよね?そんなの嫌です、もっと長生きしてください。それが僕の願いです」
「もう既に数百年は生きているんだがな・・・。でもそう言ってもらえて、俺は嬉しい。
今まで無理矢理相手を与えられ、向こうから逃げられて長続きしなかったから。既に番に対して期待などしていなかったが・・・お前は違う。累、最後かつ最愛の番として・・・一生添い遂げて、幸せにすると誓う」
ふわりと化けの皮をとって、人間から本来の姿になった赤鬼。そしてそっと、助手である累の額に口付けをする。累は照れつつも、最近は上手く受け取れるようになった。微笑んで彼にそっと寄ると、相変わらず届かない背を必死に伸ばし、赤鬼の頬へと口付けをする。
「僕もこんなに素晴らしい世界、初めて知りました。色んな人がいて、色んなことを学べて・・・先生と出会えて、本当に良かったです」
帝都に隠れ住んだ赤鬼は、最後の番と共に、最期まで平穏に暮らしていたという。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
最近は色々なボーイズラブを書きたいと思ってます。