2:「先生」との出会い
その日、累は偶然あばら屋の外にいた。知らない人の匂いを感じ取り、茂みから覗き見ると、父と話すのは見知らぬ人物。茶髪の美しい男性で、衣服も綺麗で、とても優しそうな声だと感じた。
「お初にお目にかかります、暁と申します。帝都の大学を出た後、各地の歴史や文化を研究する歴史学者です。この度は小米の里での「赤鬼」における伝承の調査要望をお受けいただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ、美々の家庭教師も引き受けていただき、こちらも感謝しております。都から長旅お疲れ様でした」
なるほど、「素敵な男の先生が良い」という美々の要望に応えたのか。本当に溺愛しているんだなと、累はもはや呆れしか感じなかった。歴史や文化研究をする学者、赤鬼について研究するのか・・・。そうして警戒せずに見ていると・・・一瞬パチリと、その先生と目が合った。
累はビクッと震えて茂みに隠れる。紅玉のような瞳だったと思いつつ、震えてしまう。お願い、気付かないで。もしここであばら屋から出ていることがバレてしまったら、今度こそ監禁されてしまうから・・・!バクバクと心臓の鼓動が止まらない。
「・・・先生、どうされました?」
「失敬しました、素晴らしいお屋敷に感激しまして」
そうして父の機嫌を高めつつ、彼は何事もなく屋敷に入っていく。どうやら気付かれなかったようだ。山場を越えてホッとしつつも、一瞬目が合った先生の顔が、脳裏に焼き付いた。
(綺麗な顔と姿に優しそうな声、だから皆に受け入れられるんだ。醜いって理由だけで、距離を取られたりしないんだ。
僕もあんなに綺麗な姿だったら・・・どれだけ生きやすくなっていたんだろう)
醜い姿で嫌われたゆえに、見知らぬ綺麗な人を勝手に恨む。それが次第にねじ曲がった性格となり、また愛されなくなるのだ。そしてまた歪んだ性格になる、負の連鎖は続いていく。
全ては、呪いによって醜く産まれたせい。どうしようもない気持ちに押しつぶされながら、累は俯いた。
○
彼は美々の家庭教師、自分は関わることはない。そう思っていたのに、神様は意地悪だ。その日の夕方、静かに本を読む累の耳には、聞き慣れない声が届いた。
「参ったな・・・まさか来て早々、部屋でお茶っ葉をこぼすとは。手伝いは、食事の準備中で声をかけにくいし。箒なら物置にあるよな、ここか?」
その声がした瞬間には、ガラガラと戸は開けられてしまう。現れたのは、やはり暁だ。累には隠れる暇も無く、慌てて狐の面で顔を隠すので精一杯だった。
「え、子供?銀髪の・・・」
マズい!と累は逃げるように物影に向かおうとするが・・・その拍子で本を踏んづけ、転んでしまう。膝の痛みでうずくまる累に暁は、手巾を雨水の溜まった木桶で湿らせた後、痛む箇所を冷やしてくれた。
「悪い、誰かいるなんて思ってなかったんだ。読書の時間を邪魔した上、怖がらせてしまって・・・」
先程から全く話さない累を、初対面の暁は丁寧に接してくれる。怪我を心配して、手当もしてくれる。どうして気味が悪いと言わないの?どうして気味が悪いと逃げないの?こんな人間は初めてだった。
そんな混乱する彼の耳は、あばら屋に来る別の足音を拾う。
「・・・隠れて」
「え?どうして・・・」
「いいから!・・・絶対に見つからないで」
久しぶりに声を出して、暁を物影に追いやる。刹那、壊す勢いでガラリと戸が開いた。そこにいるのは、姉の美々だ。
「あら累、まだ生きてたのね」
「・・・・・・」
「お父様から伝言ね。都からいらっしゃった歴史学者の方が、私の家庭教師としてここに滞在するの。凄く素敵な人だったわ!あの人の授業なら、私ちゃんと受けられそう。
分かってるでしょうけど、絶対に先生に姿を見せないで頂戴ね。玉村家の子供は私だけ、アンタは双子の弟でも何でもない。これが決定よ」
「・・・ならば、僕を別の場所に移すのは」
言い返したのが気に入らなかったのか、美々は累に落ちていた本を投げつけた!その拍子で、狐の面が欠けてしまう。
「ふざけんじゃないわよ、死んだ方がマシなアンタのために、何かする価値なんてないじゃない!何、指図するつもり?鞭打ちされたいわけ!?」
累がよろめきながら「ごめんなさい」と、消えそうな声で返事をする。それで満足したのか、美々は嗤いながら去って行くのだった。
「君は、累というのか。美々様の双子の弟」
その先生がここにいてしまった時点で、先程の約束を守るのは不可能なのだが。震えつつも起き上がると・・・ボロボロになった狐の面は、ポロリと顔から落ちてしまう。痣だらけの醜い顔が、露わになってしまったのだ。累は慌てて顔を両手で覆うが、混乱してばかり。
「やっ、あ・・・み、見ないでください。こんな、醜い顔を・・・」
「醜くないさ」
刹那、累の体は暁の大きな体に抱きしめられていた。信じられない言葉に、信じられない行動。累は何も言えず、何も考えられない。ただ他人の温もりを感じていた。混乱したままの彼に、暁は静かに語りかけた。
「心ない言葉に、理不尽な暴力に・・・酷く辛い目に遭っていたんだな」
「・・・っ、ダメです。僕は、呪われてて」
「でも君も玉村家の子供である以上、俺は家庭教師だ。そして・・・味方だ」
呪いによって醜いから、誰にも愛されたことが無かった。愛されないことが、自分の当たり前だった。もう慣れていた、はずなのに・・・。
「う、うぅ・・・」
彼に言われた言葉が嬉しくて、ずっと溜め込んでいた感情が溢れ出す。大きな背中に腕を回して泣く少年の頭を、暁はずっと優しく撫でていた。
その瞳を、戸惑いと怒りで滲ませながら。
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「3」は明日夜に投稿します。