第7話 陽キャ・>・陰キャ
灰田愛第七高校ボクシング部部長、佐土原がレピアにさわやかな笑顔を向ける。
その背後に集う連中も、荒っぽい灰田愛の生徒にしては異様に静かで、レピアに向けたものか何かに感嘆するような口笛まで聞こえてくる。
その異様さが佐土原の実力、統率力を示していた。
蔑むような、品定めするような笑みが夢生と、レピアを何度も往復する。
「でも、いいんすか佐土原先輩。俺ら、別の場所を取り返すように美樹本先輩と計画して――」
「どの道そこの伸びてる連中も、こいつらも放っとけねーだろ。たまたま陸奥を倒してイキってるだけかもしれねえ女に、灸を据えるのも俺ら生徒会の役目だ――つか」
佐土原のまつ毛の長い目が、レピアを見つめる。
レピアもそれを見つめ返す。
「美人な上に陸奥と同じくらい強い女か。大当たりな転校生だ――状況を見る目だけはないようだが」
「あ?」
「レピアさ。なんでよりにもよって、そんな『ハキダメ』の中でも底辺にいるような奴とつるんでんだ? もしかしてそいつがあんたの彼氏なのか?」
「は? 違うけど?」
夢生をみることもなく、真顔で即答するレピア。
夢生も胃に多少重いものを感じたが、無視した。
そんなことを気にしていられないほど――雛神夢生は、この状況に危機感を持っていた。
〝もう撃たない、これでいい?〟
(……あんなこと、言わせちゃったけど。勝てるのか? 銃なしで、ボクシング部の佐土原先輩に……!)
「はは、そうだよな、ンなワケねえよな。灰田愛の誰からもパシられて、授業中も学校中走り回ってヘコヘコしまくってるような奴になあ? そのチビがそんな奴だって、あんた知ってた?」
「――あんた、授業中までそんな調子なの?」
「…………」
言葉にせず、苦笑いしながらうなずく夢生。
ハァ、と遠慮のないため息が、レピアの口から漏れた。
「マジ冷めるわ、あんたのそういうとこ。そこまでコケにされてまだ笑ってられんの」
「…………」
「……なんでそんなにも自分を大事に出来ないワケ?」
「な? 関係ねえ俺達でもイライラすんだ、レピアもたまんねぇだろ? だから疑問なんだよ――なんであんたほどの女が風紀側にいるんだろうな、って」
「!」
「――――」
〝天下界に降りてきた理由の九割が潰れたんですけど〟
〝僕のこと一割なの……?〟
〝避けられない争いなら大歓迎だから、アタシ。ここのやつらもちょっち面白いし〟
「一目見ただけで解んだろ、お前なら。俺もすぐ解った――あんたからはむしろ生徒会側に近い臭いを感じる、ってさ。どうせなんか事情があって、嫌々つるんでんだろうが……そんなシャバ僧にくっついてるよりさ。俺らの側につかねえか。レピア・ソプラノカラー」
「! レピア――」
「こっちについてくれりゃあ、その銃使って好きなだけ暴れてくれてもいいんだぜ? そして風紀には、おあつらえ向きな強敵もいるときてる。分かるだろ? 紀澄風だよ」
『!』
――もはや夢生は、レピアの顔から目が離せない。
いかにもギャルといった出で立ち。
銃を使いたい欲求。
紀澄風への敵対心。
そのどれもこれもが――レピア・ソプラノカラーは本来「生徒会側」にいるべき存在であることを、雄弁に物語っていたから。
ささいな事情さえ考えなければ、彼女が雛神夢生などと一緒に居る理由などどこにもないのだから。
「こっちに来いよ、レピア。歓迎するぜ――己の拳一つでのし上がれるこの灰田愛で、俺らともっと楽しいことしようや」
「レピア……? レピア!」
「何がレピアだよあのチビw」「マジになってんなww」「何がよくてあんなカスとつるんでんだろあの女」「あんなナリして実はあのチビかなりの……とか?」「かなりってなんだよ」「クソ抱きてえあの女。胸いくつあんだよ」「Gはあんだろ」「バカお前、女は小さく見えてもDとかEあったりすんだぜ」「じゃあお前いくつだと思うんだよ」「J……とか?」「風俗でしかみたことねーよンな数字w」「バッカお前ら、今もう佐土原さんがツバつけようとしてるとこじゃねーか、俺らに出る幕があるかよ」「会長にもいい女いるもんな、マジでヤバい体だよなあの根暗女も」「いや、あの金髪の子もいい勝負してるよ」「やー、俺は若干根暗の方がデカいと見たね」「なんにせよ場違いだよな。あのザコチビはw」
「………………」
言い返したい。
でも言い返せない。
言い返せる理由が何一つない。
夢生にはレピアを信じることしかできなかった。
できなかった、のに。
「……そーね。悪くないじゃん、それ。つかそっちの方がいっか、フツーに」
「!!!」
「――待ってたぜ、その返事」
佐土原が笑い、レピアへ手を伸ばす。
つられるようにレピアが笑い、佐土原へ歩き出す。
雛神夢生を、離れていく。
「…………!」
夢生が口を開く。
だが声が出ない。出せる声など無い。
元から、彼が彼女にかけられる言葉など、何一つなかったのだ。
陰キャとギャルは並び立たない。
カースト上位が興味を失えば、カースト下位にそれを引きとめる材料など、何一つ存在しないのだと、雛神夢生は思い知った。
歩き去っていく後ろ姿。
金色の髪、銀のピアス、下着が見えそうな程短いスカート、長い爪のギャル。
そうして自分の下に歩み寄ってきた二挺拳銃の不良少女、レピア・ソプラノカラーを、佐土原は三十センチほどもある身長差から、涼やかに笑って見下ろした。
「アイサツ代わりだ。後ろの腰抜けにサヨナラくらいしてやれよ。その銃で」
「うん、そだねー――んじゃ、そういうことで」
レピアは、不良達が思わず目を見張るような殺人級の笑みを浮かべ。
生徒会幹部、佐土原のアゴ下に銃口を突き付けた。
「………………」
「おととい来い。チャラ男」