第61話 告白・は・はじまり
「っ……」
レピアの光が消える。
恋堕が解け、無理な力の行使の反動で膝から崩れ落ち――魔力により生み出されていた服も消え去り、全裸でよつんばいになった少女が、そこに現れる。
夢生がその体をなるべく見ないようにしながら、慌てて駆け寄ろうとしたとき。
ピシ、と。
顔をうつむかせたキューピッドは無言のまま、すべての力をふりしぼって風を指さし。
「ッ行かないで夢生ッ!!!!!」
「ッ……!?」
レピアは声の限り、すべての想いをのせてそう叫んだ。
「…………ッッ、」
――風の下へ行けと伝える体。
行かないでと叫ぶ心。
表情はうかがい知れない。
だがその意図は――レピアの気持ちは、嫌というほど夢生に伝わった。
彼女はキューピッド。
彼女は一人の少女。
だからそれしかなかった。
その矛盾に――自分の想いに、レピアは今そうやって答えを出すしかなかったのだ。
だから、雛神夢生が彼女に伝えるべきことは。
「……………………僕が、行ったら…………君は帰るの? ここからいなくなっちゃうの?」
「!!!!!」
(――――違う。違う!!!!!)
「いやごめん。違うよね。そうだよねっ……!!」
――お腹に、残ったすべての力をこめ。
目を限界までつぶり、歯を全力で噛み締め。
すべての想いをのせて――夢生はレピアに、ずっと言いたかった言葉をかけた。
「レピア。僕――……風ちゃんの所に行ってくる」
「――ッッッ!!!!」
思わず顔を上げたレピアの目に映るは、夢生の背中。
声を失った少女の前から、その背中はどんどん遠のいて――――雛神夢生は、紀澄風の前へと歩み出た。
その背で、掲げられていた指が――――力無く落ち、地で砂をつかんだ。
「風ちゃん――紀澄風さんっ」
「……むーくん」
「僕――ぼく、君が好きだ。どうか僕と付き合ってほしいです!!」
――――息を飲む、声。
誰かにとっては耐えがたいほどの、沈黙。
少年と天使が粗削りながら紡いできた物語の、すべての終着点。
それが今――
「……ごめんなさい」
ぜんぶひっくりかえって、ふっとんだ。
「 ゑ《ヱ》 ? 」
――――雛神夢生は死んだ。
緊張の糸的な糸という糸が全部切れ、大の字になってぶっ倒れた。
「え? あの、雛神君……ごめんなさい」
「死体を蹴るなクソ地味子ッッ!!!! えっお前、は??????? は??????????? 何言ってんのマジでおま、は!????!?!???!」
「いや、はじゃなくて。だからごめんなさいって」
「言うな言うな何回も言うな!!! いやだから、え? なんで!?!?!? 完全に今もう受け入れる流れだったじゃん?!!??!? つかあんた好きなんでしょむーのこと!!!? 夢魔王だって言ってたじゃん!!!!」
「ああ、いえ。私、こういう冷静な判断が下せない状況で大きな決断をしないことにしてるの」
「ナニその取ってつけたような設定!?!??!?? 悪いけどね、コイツやアタシがどれだけあんたのこと思って」
「イヤ本当に、冷静じゃない時には大きな決断はしたくないの。笠木の時がそうだったから」
「お前マジそれ恋愛向いてないからね!?!??!? 愛やら恋やらなんてそもそもが冷静じゃないからやるんでしょうが!??!?! 存在自体が狂ってるみたいなモンだからね?!!?! こういう時くらい感情に身を任せて――」
「そうそれ。そういう一時のテンションに流される形で、私は過去に罪を犯してるから」
「そこでそれ持ち出す?!!?!??? もうクソ堅物ボケカスアホ!!!!!!」
「っていうか、私おなかとかに穴二つもあいてて結構重症なのに、そこで一人で気分盛り上げて告白してくるとかちょっと普通にドン引きしちゃうというか、まず普通に気遣って欲しかったっていうか……」
「刺すな刺すな冷静な顔でそれ以上刺すな!!!! ごめんってアタシが悪かったから!!!」
「もうっ……む、むーくん! 気絶してないでちゃんと起きて! このままじゃなんだか私が悪いみたいじゃ――ホラ! 最後まで話を聞いてっ」
「えゲ……え? さ、最後……?」
「そうだよっ。え、ええと。つまり、そういうことだから――」
気絶した夢生の両肩をつかんで起こした風は、頬を赤らめて。
「今度、デートしよう。むーくん」
「はぇ」
「………………は?????? お前マジ何なの殺すぞ」
「わ、私達って、ほら。この数ヶ月学校のことにかかりきりで……そういうことを一度もしたこと、ないじゃない?」
「ひぇ」
(聞いてるのかしら、雛神君……)
「普通、こういうのはデートを何回か重ねて、ホラ。お互いの気持ちが思春期によくある勘違いとか、君の場合は単なる恋堕じゃないかどうか、とかいろいろ、よくよく気持ちを確認してからその、もにょもにょ、というか……」
「ふぇ」
「口でもにょもにょ言ってるしこの女!??!?! むーもう目ェ使え今!!!! そいつもうゴネてるだけだから百パーあんたのこと好きだから!!!!! アタシ夢魔じゃないけどもう確信してるわ!!! あそうだアタシもうこれクピド撃つから今からこいつに!!!」
「つまり! 私は……今度はちゃんと、段階を踏みたい。君を好きだと、自分でちゃんと確信したいの。だから、お友達から……っていうとちょっと遠すぎて違うけど。改めてデートから、始めたいです」
「ほぇ――――え゛、」
「い。一緒に、」
風がきゅ、とためらいがちに夢生の手を握り。
現金な夢生少年は、あっさり意識を取り戻す。
「いっしょに、イルカとか……見に行きたい、です」
「……ふ。わ……ぅ。うん。わかった」
「うん。じゃあ……今度また、予定決めよう!」
「だーもう何なのさ!??!?! もういいじゃん付き合ってよアタシのためにもさぁ?!!??! アタシの一世一代の決意どうしてくれんのよホント…………マジイミフ……もう無理キャパいつらみざわ……」
(詠んでる……)
「ごめんね、私のためにも今は無理。――それに、これはついでだけど」
風が小さく咳払いし。
「キスまで見せつけてきた女と、ちゃんと決着付けないといけないし」
いつもの凛とした不敵な目で、レピアを見て笑った。
「――え?」
「あ――あいやあの、風ちゃん?? あれは違くて、」
夢生少年、仕方なかったとはいえレピアに自分からキスした現場をガッツリ風にみられていたことを思い出す。
「帰らないといけないんでしょ天使さんは、私がむーくんと結ばれちゃったら。つまり逆に考えれば――むーくんと私が結ばれない限り、あなたはここにいなくちゃいけない」
「――あ――」
「悪いけど、私ね。寝取られるのとか許せないタチなの」
「ねッ?! な、何言って――」
「あなたがどれだけむーくんの近くにいようと構わない。私はやられた分しっかりやり返して、」
レピアは、ようやく。
それがライバルからの果たし状であることを、理解した。
「今度こそ、ちゃんとあなたに勝ってみせるわ。レピア・ソプラノカラー」
「わっ!?」
夢生の腕を自分に引き寄せながらそう言う風。
レピアは笑顔とも泣き顔とも怒り顔ともつかない表情で、口元を歪めた。
「……後悔すんなよ、紀澄風……!!」




