第60話 ぴえん・ぴえん・まる。
結界が弾ける。
『!!』
緊張を失った光の筋が力無くゆるみ、それに続くように天から崩壊していく赤黒い結界。
途端、結界により外界から隔離されていた灰田愛の空間が世界による修正を受け――――散り散りになって地底に沈んだはずの大地がパズルのピースのように修復されていく。
大きな一枚岩のように突き出ていた魔界は、邪悪な光と共に地に沈み――――やがてこれまでの濃密な瘴気が嘘のように、跡形もなく消え失せた。
晴天の空。
「魔」の気配は完全に消え、崩壊した灰田愛と散乱した男子生徒だけが残った。
天使レピアの、完勝だった。
(――いや)
レピアが正面、たったひとかけら残った灰田愛の校舎の残骸に歩み寄る。
そこに叩き付けられ、肩で息をするのは――夢魔王ヨハイン・リフュース。
「ッ! まだ生きて――」
「だいじょぶよ変態。トドメ、さすから」
レピアの背後から、彼女の肩越しにヨハインを認識するサクラ。
背中から放出されるわずかな魔力を光らせて、レピアが辛うじて銃の形を保っている最後の一挺をヨハインに向け――――
「ッ俺を殺すと本当にお前は恋破れるぞッッ!!!!!!」
「――――」
――一瞬。
レピアがピシリと、確実に動きを止め。
その小さな小さな衝撃で、彼女の銃は完全に壊れた。
「――――くそが」
「誰にも愛されることのない絶望をお前は知ったはずだろう!! だから堕ちてもいないのに俺に性奴隷扱いされても操られて、そうやって言い訳を作ってまで夢生を自分のものにしようとしたんだろう!!?」
「くそが、くそが、くそが――お前、なんでこのタイミングで、この。バカなアタシ、」
〝レピア〟
ヨハインが命乞いをしながらその目を怒らせ、せめて天使を道連れにする最後の力をため始める。
「ホントにそれでいいのか!!? お前は誰からも愛されないまま、この先も進んでいけるというのか!? 親にも好きな人にも――お前が愛した者達誰一人からも愛されないままたった独りでこの世界を!!!!」
「ッッアタシはキューピッドで――!!!!」
〝いいんだよ。アンタたちのためになるなら〟
「――――っ――――」
〝ごめん。アタシまた――〟
「――いいわけ、ないでしょ」
「――――」
「――レピア」
聞こえない声で、夢生がつぶやく。
ヨハインがもはや笑みを隠さず、眼を見開いていく。
その目には、
「――――なんだ。それは」
「勘違いすんなよ。アタシはもう、嘘を吐きたくないだけだ」
苦しそうに辛そうに悲しそうに切なそうに、怒り顔で涙を流す一人の、金髪ギャル。
「知ったよ。あんたのせいで、イヤというほど。お前っていう存在のつらみ――愛されるためだけにあがくことの辛さを」
「――やめろ」
「それが夢魔と人間の違いなのかもね。アタシ天使だけど。一番『好き』に近いようでいて一番遠い。あんた達は愛されたいばかりの化け物で、愛することを知らないから。……いや、」
「そんな目で、」
「あんたはもう知ってるんじゃないの?」
レピアが。
壊れ、もはやグリップしか残っていない双銃同士を――近付けていく。
「俺に憐れみを向けるな……天使風情がァああああ……ッッ!!!!」
赤き光がヨハインの手を覆う。
夢魔王が最後の力をもって――――レピアに打ちかからんと、ゆっくりと、体を起こしていく。
レピアはコチ、と双銃のグリップ同士をぶつけ。
「! レピア――」
「アタシはもうビビらない。『好き』をヒヨらない」
背の光を、すべて手元に収束させ。
「愛されるためじゃない」
光の矢を、ひきしぼる。
「愛するために生きるんだ。アタシは」
光の矢が。
ヨハインのハートを、まっすぐに射貫いた。
「――――――――」
「――とう、さん」
呼ばれた、気がして。
霧散していくヨハインの眼が、ゆっくりと息子を捉える。
〝あんたはもう知ってるんじゃないの?〟
(……ああ。先の撃ち合いで負けたのは……俺が力を弱めたから――)
「――否」
――――夢魔王は、カンビオンへニヤリと笑い。
「……大したもんだ。わずかとはいえ、この夢魔王を堕としてやがったとはな――夢魔王子よ」
「……!!」
どこか満足げに、笑って。
夢魔王ヨハイン・リフュースは、完全に消滅した。




