第58話 恋の・キューピッドちゃん・です♡
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大地がひび割れ。
地の底より這い出ずる赤黒き光が――魔界が灰田愛を傾かせ、飲み込んでいく。
その一角しかのぞかせていなかった魔界が、今ようやく地鳴りをあげながら――この世界への侵食を再開する。
裂け目でしかなかったそれはもはや「門」と呼べるほどにさえ広がり、赤黒き門は先とは比べ物にならぬ量のコウモリを――サキュバス・インキュバスを実体化させる。
もはや空は羽音と叫び声で真っ黒に埋め尽くされ、結界内に地獄絵図の如き光景を顕現させていく。
地の裂け目からは幾筋もの赤黒い光が伸び、次々と――まるで灰田愛を飲み込むかのように、その数を増やしていく。
そうしてあふれ出る瘴気が、負のオーラが――
「ふふふはは――忘れていた忘れていた! 全盛期の俺――魔界にて夢魔の王として存在していたあの時の力!! 満たされている、かつてないほどに充実しているのが解るぞ!! どうなるってんだ、ここに人間の精気が加われば俺はどれほどの力を――!!」
――夢魔王ヨハイン・リフュースを、極限までに強化していく。
「もはや待たんぞ、忌まわしき『半魔』のガキ。そうやって仮初の安らぎの中で、メス共と仲良く地獄の窯へ落ちていけッ!!」
ヨハインが手を広げる。
と同時に地が決定的に裂け――――まるで血のように赤く濁った巨大な光の柱が、灰田愛すべてを飲み尽くし――――粉々に粉砕し、飲み込んだ。
響き渡るヨハインの哄笑。
賛歌のごとき従者達の羽音、叫び声で奏でられる饗宴。
故に。
そこから一条の光が伸びたのを、誰も見逃さなかった。
「ん?」
光が伸びた先。
それは灰田愛の生徒達が――生徒会長天羽が、辛うじてしがみついていた割れかけの大地。
何事かと目を見張る天羽を置いて、光は大地と生徒全員を丸く包み、それきり――ヨハインには、中の様子を探ることがまったくできなくなった。
(――まさか)
赤き光が勢いを失い、消える。
その中心に現れ出ずるは――――ささくれ立ったような形をしている、光のベール。
(いや違う――バリアの類じゃない!)
否。
夢生達を覆い守っていた、極光の両翼。
「っ――風ちゃんッ!!」
翼を広げた天使が、抱きかかえていた風を夢生へと渡す。
サクラは一目見て、すでに風の傷が消えているのを見てとった。
(これが、天使の本当の力……!?)
(だがどうやって――アイツの力はとうにゼロ、それを俺の恋堕で無理矢理――)
「――大丈夫。風ちゃんはもう大丈夫だよ。レピア」
「……! そうか――はは、そうかそうか! とうとう我が身可愛さに天使をムリヤリ恋堕にかけたか! そうだな、そのメス天使を使い潰せば多少の勝機はあるかもな!?――――さて、それで?」
「ッ――!」
サクラが思わず耳を塞ぐ。
他の音が聞こえなくなるほどの鳴き声とはばたきが――その音の主共が視界も空間も埋め尽くし、たった一人の天使を嘲笑う。
「逃げて負けて堕ちるところまで堕ち尽くした半人前の不良天使に! 一体この状況の何を覆せるってんだ、あァ!?」
「何もかもだっつーの」
「――あ?」
レピアが身にまとう、流麗なひだを持つ純白のキトンが風に波打つ。
後頭部に宿る放射線状の天使の輪が、脈打つように小さく明滅する。
「もうしゃべんな出歯亀野郎。人の恋路をあーだこーだ最後までひっかき回しやがって。キューピッドとして、女として――――ぜってーお前を許さない」
「もう俺が手を下すまでもねえ――食い殺せ、あいつらを!!」
黒き夢魔の奔流が天使へ飛びかかる。
レピアは薄く開けていた目を閉じ、息を大きく吸いながら。
白く輝く拳銃を持った片手をゆっくりと上げ、顔の前を通過させ――
「――行こう、レピア。夢魔王を倒そう!」
――――桃色の♡が宿った両目を開き、不敵に素敵に微笑んだ。
「お・け・ま・る♡」
瞬間。
音も無く銃口から伸びた、曲線を失うほどの速度の無数の光弾が――――襲い来るサキュバス達を一匹残らず穿ち尽くし、消滅させた。
「――――――――――は?」
「『我が身可愛さにアタシをムリヤリ』? それお前じゃん」
極光の翼をはばたかせ、笑い。
「思い知らせてあげる、」
両目にラブのキューピッドが、静かにマジギレする。
「アタシらの『好き』は、あんたなんかに理解できないってことをね」




