第57話 最後・の・恋堕
「なんとか……なんとかできませんか霧洩先輩っ」
「……傷を治癒するなんて、私には……」
「レピアッ!!」
「ぁ――や、あ。アタシも、そういうのは――」
「……むー、く……」
「!!! 風ちゃん!」
「……わたし、の……ことは……」
「っ――できるワケないだろそんなこと!! 見捨てられるもんかッ! 僕が君を絶対――」
「そう、対処しないといけない問題は紀澄の傷だけじゃない」
「霧洩先輩ッッ!!!!!!!」
「落ち着いて。夢魔王を――ヨハイン・リフュースを倒さないと、どの道私達は終わり。なんだよ」
「そんなこと――」
「雛神君は、その……角と尻尾が消えたよね? 私も今の君からは、ほとんど『魔』の気配を感じない。君は私達を助ける過程で、力を使い果たした。そういうこと。よね?」
「ッ――……そう、だと思います。角や尻尾が消えたのはたぶん、レピアの弾丸を受けたからだと」
「……『神性』は『魔』にだけ作用して、君の人間の部分は浄化しなかったってこと、か」
「はい。だから、僕にできるのはもう――せいぜい、あと一度この眼を使うことくらいです。霧洩先輩はっ、」
「……うん。私も正直、もうこうして座っているのも精一杯なくらい」
「……すみません。僕が思い切り攻撃したから――」
「ううん。そうしなきゃ、私はきっと今もヨハインに操られていたから……きっとそれは、今もみんな同じ」
サクラが膝で拳を握る。
そう、相手は夢魔の王なのだ。
下手に飛び出せば、今度は全員がヨハインの恋堕に堕ちる可能性さえあった。
時が過ぎる。
刻一刻と過ぎる。
過ぎるほどに、ヨハインは魔界の瘴気で力を回復し――――紀澄風の容体は悪化していく。
夢生が顔を伏せ、かんしゃくを起こしたように、叫んだ。
「ぁぁあああぁぁああああああっっ!!!……何が魔眼だ何が化け物だ、何がカンビオンだッ……!! 結局僕はまた肝心な時に、好きな女の子ひとり、救えないんじゃないか……!!」
「ッ――」
……そんな場合では微塵もないのに。
レピアの胸は、またシンと小さく痛む。
そして脳裏をよぎる思い――このまま風が死ねば、夢生は自分に振り向いてくれるかもしれないという、あまりにも身勝手で罪深い考え――に、罪悪感で打ちのめされる。
(いっそ、この身を犠牲にしてみんなを助けられるなら、よかったのに)
「――――――――、」
(……そうだよね、神ぴ。きっとそれが、アンタがアタシに与えてくれた罰なんだよね)
「…………ねえ、むー。堕としてよ。アタシを」
「――――え?」
「地味子の奴はさ、アイツに堕とされたことで、これだけ重症でも動けてた、ってことだよね。消耗以上の力を、使えてたってことっしょ?」
「――そんなこと君にさせ」
「翼全開のアタシなら地味子を助けられる。試したことはないけど――――全力の天使の力なら、傷が癒せる可能性はある」
「――――れぴ、」
「本当なの? レピア・ソプラノカラー」
「アタシ、こう見えても天使だから。本当は、今みたいにボロボロじゃ両翼なんて出せないんだけど……むーがアタシを、あいつと同じくらい堕としてくれたら、きっと」
「でもッ僕そんな――そんなことしたらっ、戻ってこれるかどうかも分からないんだよ!? 解除できたって、君にどんな影響が及んでるかも分かんないのに――」
「いいんだよ。アンタたちのためになるなら」
「そんな――」
「ああ違う。違うわ。ごめん。アタシまたウソついた。アタシ好きなんだ。あんたが」
「――――え、」
力無く微笑みながら。
レピアは泣いて、夢生を見る。
「でもわかってんだ。アタシじゃだめだって。だってアンタ好きなんだもん、紀澄風が、取り付く島もないくらい。ずっと隣で見てたからわかるもん――――アタシの方が今もこんなにむーのことが好きなのにっ」
(…………ああ、)
「だからねっ……これはあんた達のためにやるんじゃない。自分のためなんだ。選択肢がない今くらい、アタシはあんたに選ばれたいだけなんだ」
(僕はまた――いやきっとこれからも、こうして、)
「壊れたっていい。戻ってこれなくたっていい。またあいつのものにされるくらいなら――――アタシは一瞬だけでもむーのものになりたい」
(罪を重ねていくんだろう)
「アタシを選んで。夢生」
「……わかった」
――泣かなかった。
雛神夢生は泣かなかった。
泣いては、きっと彼女にこれ以上の罪を共に背負わせてしまうから。
「こっちに来て。レピア」
「……うん」
「もっとだよ」
「うん」
「見て。僕の眼を」
「――うん」
レピアが、夢生の首に腕を回し。
「きて。むー」
「……いくよ」
夢生が、レピアの中へと入っていく。
レピアの嬌声が、響いた。
「っ!!? ちょっとレピア・ソプラノカラーッ……!?」
思わずサクラが口をはさんでしまうほどに場違いな喘ぎ声。
その恵体を目いっぱいにエビ反らせるレピアの腰を抱え、夢生はレピアを見下ろすようにして彼女に入り続けていく。
(なにこれきもちいっ――あいつにやられたときと比べものにっっ――――って、)
「ぐぅッ……ううぁああああ……!!!」
――届かない。
狂おしいほどの快感と倒錯を与えてくる夢生だが、それ以上には至らない。
レピアの奥まで届かない。
夢生にはもう、力が残されていない。
(恋堕……できないッッ……!!!)
夢生の眼で、桃緑の光が不規則に明滅する。
巻き起こっていた魔力の波動が落ち着きを取り戻し、ゆっくりと――
(――夢生がアタシを好きじゃないから?)
(――僕が風ちゃんを選んだから?)
――罪悪感が、二人の胸に広がっていく。
もはやひとかけらもすれ違わない気持ちだからこそ、その事実が――――決して結ばれることはないと解りきっている二人の気持ちを、決定的にかけ違えさせていく。
足りないのだ。
互いを騙すのに、この程度では。
「ッ――――こんなんじゃたりないよっ、」
「レピア――――レピアッッ!!」
「もっとちゃんとアタシを求めてよ――――ッ今くらいちゃんとアタシを奪ってよッ!!!」
「ッ――――」
そうして少年は少女に――――生涯消えない傷跡を残す。
夢生はレピアに無理矢理、口付けた。
『――――――』
皆がそれを、見て。
灰田愛は、本格的に崩壊を始めた。




