第56話 モノ・あつかい・すんなし
「…………」
夢魔王・ヨハインは高みの見物を終えたつもりで――――その実、大きく安堵している自分を実感せざるを得なかった。
出来損ないの半魔一人と、メス三匹。
それぞれが札付きだったとはいえ――回復のためまったく動けなくなるほどに追い詰められようとは。
(いくら二十年、全快の状態から遠ざかっていたとはいえ……想定外に過ぎる。そしてそれは、これからも同じだということか)
赤き結界の外を見据えながら、苦々しげに顔を歪めるヨハイン。
たった四人の子どもに苦戦させられる力では――夢魔王の凱旋としてはあまりに惨めすぎる。
(早々に、この負溜まりの領域を魔界と同化させる。そしてこの身に更なる力を――)
――ざわ、と。
何か得体の知れない感覚が、ヨハインの脳をざわつかせる。
(――なんだ?)
何か忘れている。
何かひっかかる。
目の前、この状況に対する、何か――そう、
(……まて、)
致命的な。
(なぜ夢生は霧散しない? 天使の「神性」に触れておいて、なぜ肉体がまだ――!!)
「そうだよね。やっぱり君は、こんなこと望んでないんだよね」
「!? レピア後ろを――」
「ありがとう。レピア」
ごろり、と夢生がその場で寝返り。
サクラとの戦いで、夢生の倒れた場所に屋上から落ちてきていたレピアのもう一挺の白き銃を。
「神性」がまったく失われていないときに装填された、魔に特攻のある光弾を――――レピアに、命中させた。
「ッしま――がァァアアアアァァアアアアッッ!!?」
レピアとつながるヨハインが「神性」の影響を受け、パスを通じてダメージを受ける。
パスがずたずたに、切断される。
レピアにこびりついていた「魔」は、弾丸から発された光の波紋に追い出されるようにして――霧散して、消え失せた。
夢生がレピアを、抱きとめる。
「――助けに来たよ。レピア」
(ありえん――仮にも天使の弾丸で撃たれておいて何故ッ!!?)
「がぁっっ、ぐ……ああああああアアアあああッッ!!」
夢生の片角が落ちる。
尻尾が霧散して消えていく。
カンビオンとしてのありったけの力をふりしぼった夢生の声と共に、風とサクラ、そしてレピアのいる場所に現れる大量の闇色の手。
それらは三人をつかみ夢生の元へと移動させ――目を、開かせる。
「ッ貴様俺のメスをッッ、」
「お前のじゃない、」
夢魔王子の、恋堕の魔眼が。
「彼女達は誰のものでもないッッ!!!」
夢魔王の恋堕の魔眼を、解除する。
「ぬぅッ……!! 夢生貴様ァっ」
「が、は……ぅあああッ……!!」
夢生は、その小さな体で三人を抱え――そのまま背後の灰田愛校舎へと、逃げ込んでいった。
(クソ――この傷と「神性」の侵食さえなければ、今すぐにでも八つ裂きにしてやったものを――!!!)
ヨハインは、己が慢心と侮りをつくづく呪い――――冷酷な目で灰田愛を見つめた。
「いいだろう……そのまま想い人と共に落ちるがいい。魔界の底――文字通りの地獄へとな!!!」
◆ ◆
少女三人を、床に寝かせ。
雛神夢生は、今度こそ力尽き倒れ伏した。
「……夢、生……? 夢生ッ!!?」
「……むーくん……」
「……ここは」
恋堕による軽い催眠状態を脱し、相次いで意識を覚醒させる少女達。
夢生は、そんな彼女たちの目の前で――上半身裸の、ただの人間の姿に、戻った。
「レピア……ケガは、無い……?」
「人のこと言ってる場合じゃないし!? あんたっ、シャレんなんない血ィ出てるって!」
「……ああ……さっきあいつに、撃たれたから……」
辛うじて保たれている意識で、レピアが己のやったことを覚えていないことを祈り、嘘を吐く夢生。
レピアに抱き起された際に見えた傷からそれが銃創であるのは明らかだったが、サクラも察して口を閉じた。
サクラが全裸のレピアにブレザーをかけ、シャツの袖を破って夢生の腹に押し当てる。
風はまだ倒れたままだった。
「……!! ふうちゃん、」
「! バカむーっ、あんただって傷――」
「ふうちゃん。ふうちゃんっ……」
「――――」
「――そうみたいね。今一番危ないのは彼女だわ」
銃創により、止まらない出血。
恋堕による、実力以上の肉体の酷使。
紀澄風は、虫の息に陥っていた。




