第54話 「好き」・が・故に
「チ――畜生、畜生畜生畜生ォォォオオオオオッッ!!!!!!」
血管が弾けそうなほどに顔を怒らせながらたじろぐヨハイン。
夢生は目を見開いて笑いながらヨハインに迫ろうとして、
その足元に、弾丸を撃ち込まれた。
「!」
「――……落ち着け……落ち着け~~~~。そうさ……俺は今までだってそうやって二十年、生き残ってきたんじゃないか……!」
夢生が顔を上げる。
その先には、銃口を真っ直ぐ夢生へと向けるレピアの姿。
そして、
「いいだろう、認めやるよ。個としての能力は、どういうわけかカンビオンのお前の方が上らしい――だがお前は勝てない。なぜならお前は――――どこまでいってもたった独りの悪魔だからだ」
桃色の光に縁取られた目で立ち上がる、風とサクラの姿。
「そうか。お前達も俺を守るために戦ってくれるか。俺に死んでほしくなくてッッ、夢生を殺したくて殺したくてたまらないか!!!」
ヨハインが手を広げ、合図する。
「いこうぜみんな――――一緒にあの悪魔を殺そうぜッッッ!!!!」
レピアの銃が。
夢生に向け、光を炸裂させた。
「――!!」
土ぼこりを爆発させ、走りだす夢生。
光の銃弾は曲線を描きながら次々と夢生が一瞬前まで立っていた場所を捉え、もはや耕されきった灰田愛の運動場を土煙で埋め尽くしていく。
「ははははははッ、踊れ踊れ!!! お前の体は今どんどん悪魔に近付いている。そこに『神性』の宿る天使の力を撃ち込まれようモノならッ、一発で消滅しちまうかもなぁ!? そして用心しろよ、」
土煙を破り。
夢生の正面に、霧洩サクラ。
「『天敵』は天使一人じゃない」
「!!!」
夢生の下げた頭上スレスレを、鉄剣が通過する。
そこに込められた浄化の力は、ほぼ人間だったときの夢生でさえ持ち運ぶことができないほどで――
重い蹴りが、深々と夢生の横腹を貫いた。
「が、は――!!!?」
蹴りにより切り払われた土煙。
まっすぐ伸びた白く細い足の主は、紀澄風。
夢生は運動場をほぼ端から端まで吹き飛び、地面をえぐりながら灰田愛を覆う結界に激突した。
(おかしい――いくらなんでも風ちゃんの蹴りにこんな威力はッ)
視界で光る鉄の点。
「!!!」
首をそらし紙一重、真っ直ぐ顔面を貫こうとした鉄剣を避ける夢生。
そのまま首の方向へ逃げようとして、
目の前に、風。
(速――)
繰り出された拳を辛うじて避けて両手をつかみ合い、手四つの体勢になる。
夢生は気付いた、
「ッ!!! 風ちゃ――」
風の血が、いまだ制服のシミを広げつつあることに。
(血が止まってない――いや、ムリヤリ力を使わされて傷が開いたのか!?)
風が手を引き身をかがめ。
膝蹴りで腹部を、頭突きで夢生の頭を打ちすえる。
「ッ゛、ぁ――!!!」
次いで首への追撃。
的確に急所を突いたその連撃に、頭で地を滑るようにして吹き飛ぶ夢生。
土を払い顔を上げたその視界、上空には――両手に持った双鉄剣を投擲するサクラの姿。
(おかしい――いくらなんでも霧洩先輩にだってあんなジャンプ力はない! やっぱりそうだ、恋堕で操られた人間は実力以上の――)
「神性」を察知。
飛来したレピアの弾丸を鼻先でかわし、飛び退る夢生。
「ははははは……さっきまでの威勢はドコ行ったんだ、ええ!? 防戦一方だな夢生ッ! お前の言う通りかもしれんな――『好き』は心で思うものッ! だからこそお前はメス共に手も足も出せず俺に負けるんだからなァ!!? まったくもって害悪な感情だよ『好き』ってのは、理解できね~~~!!」
「ッ……!」
「そしてどうだ?」
口を裂けんばかりに広げ、ヨハインが笑う。
「そろそろ疲れたろう。食べたいんじゃないか? そのメス共を」
「――――!!!!」
――夢生の下半身が、熱を持ち。
口内が、やけに粘性の高い唾液で満たされ始める。
「ぐっ……ううううっ……!!」
体に刻まれた紋様が光り、広がっていく。
両眼が強い光を放ち始め、夢生を更なる「魔」へと――――人間を捨てろと訴えてくる。
それは化け物としての本能。
抵抗しようとすればするほど――
「くあッ――ァァアアアアアッッ!!!?」
三度、風の痛撃を受けて吹き飛ぶ夢生。
なんとか受け身を取り起き上がろうとした瞬間、飛んできた鉄剣が肩口を撫で――――人間態の時とは比べ物にならない、神経をほじくるような痛みが体を焼く。
動かない体に鞭打ち、なんとか飛来したレピアの弾丸を避けていく。
「はっは。いくら個体として強かろうが、こう多勢に無勢ではどうしようもなかったな。さあて、本来俺にはお前らに時間を割く余裕なんてない――――終わりにさせてもらうぞ」
ヨハインが指を振る。
夢生を追い詰めるレピアらに、サキュバス達が加わっていく。
サキュバス。
サクラ。
風。
レピア。
「ッ……ァ、が――――うあぁッ……」
「終わりだ。夢生ッ!!!」
「…………ああ。そうさ。食べたくて食べたくてたまらない。だから、」
「――!?」
夢生は思っていた。
自分にはまだ、ヨハインのように羽もない。爪もない。牙もない。
だからまだ、途中だと。
「魔」は自分に、更なる力を与えてくれる可能性があると。
「食うことにするよ。俺の力で、何もかも」




