第5話 少年・ギャル・始動
目隠しの手など半ば忘れてしまう夢生。
レピアの話では「クピドの矢」は、未調整のまま放てば一発一発が人間関係を――否、人の人生そのものを破壊しかねない文字通りの「呪い」であるはずだ。
それを乱射したとなれば――――
「何してんのさホントに!!??! クピドの矢は、その、人を強制的に両想いとかにできるんでしょ!!? それを千発って……どうなるのさっ!?」
「やーんえっち♡」
「なんでだよッ?!?!」
「え、マジでどうなったか聞きたいの? ひくわー」
「君が話したんだろ!? いいです聞きたくないですッ!」
におわせるレピアの言葉を聞けば、どんなことになったか大体想像はつこうというもの。
むしろ変な妄想をしてしまいそうになっている自分を、そしてそのクピドの矢をもし紀澄風に使ったら……などと不届きな考えを一瞬でもよぎらせた自分を、夢生少年は必死で抑えつけた。
「ま、そんな感じでクソ怒られて? 家追い出されちゃってさ~」
「なんでそんな軽い感じで言えるの……? そりゃ追い出されるよそんなことしたら。でも……じゃあこれからどうするの、レピアさんは。これからは人間として――」
「いや、完全に追放されたってのとは違くてさ? 『お前はキューピッドとしての自覚が足りん!』とかなんとか言われて? 修行させられることになったのよ」
「しゅ。修行」
「そ。『クピドの矢を使わずに自力で、ある人間の恋を成就させてこい』、だって。そして、そのターゲットになった人間が雛神夢生――――あんたってワケ!」
「きゃああぁあぁあああああっっ!?!?!???!??」
言葉に乗せ、勢いよく開かれる風呂の戸。
目を突き刺さん勢いで再び彼の視界を遮る夢生の両手。
閉じられる寸前の目に焼き付いた、ぶるんと揺れた二つの何か。
それが何かなんて考えない、純情な夢生少年は考えない。
でもしっかりまぶたに焼き付いてしまった。
「ななななななナニ急に開けてんのさ!!!! ちょっとは恥じらいとか持ちなよっっ!!」
「脱衣所ないんだから仕方ないじゃん。タオル取るからもちっとそのままねー」
(頭の横をとんでもない重さのものがゆさゆさしてる気配がある……!!!!!!!)
ゴソゴソ、と夢生の真横にあるスクールボストンを漁るレピア。
ナニがゆさゆさしてるかなんて考えない、純粋な夢生少年はもちろん考えない。
でもさすがにちょっと大きすぎるのではないかとか考えた。
「つかいつまで『さん』付け? レピアでいいって、アタシとあんたの仲じゃん」
「君と僕の仲は知り合い以下ですけど?!?!?」
「じゃなくて。『小学校以来の友達』っていう設定のこと!」
「あ……ああ、そっち」
「忘れんなし。ホラ、もう下履いたから。目ぇ開けなって」
「上も着て!!!!! てか下着姿じゃなくなってから言って!!」
「細かいなぁ、も~」
「君が大ざっぱすぎるんだよ!」
「はいはい。ったく、ホントにあんた男なの? 意外とむっつり系?」
「いいから服着たら教えて!」
「はぁ。分かった分かった。あ、座椅子借りんねー」
再び鞄から何かを取り出し、リビングへと移動していくレピア。
部屋の間取りを思い出しながら、目隠し状態でレピアの真向かい、簡素な座卓の対面へ移動する夢生。貞操観念の薄そうなギャルは、ためらいなく衣擦れの音を響かせ始めた。
別に着替えをためらう必要はないし音に耳をすませている不届き者は自分だと夢生少年は気付いた。
慌てて話題を探す。
「えっっと――何回も聞くけど、君ってホントに天使なの? なんかこう、服とかも着慣れてるっていうか……全体的に人間らしい生活感があるというか」
「いや服くらい着るし。何て言えば伝わんだろ。うーん……アタシら天使もトイレはいくし、ああセックスもするよ? 人間と同じように――」
「聞いてないよ!!!!」
「うっさ、もっと小さくしゃべんな? 何必死になって反応してんの、キモー」
「う、うぐ……」
「てか話戻すけどさー。ちゃけばあんた、ホントにあのメガネ女のこと好きなの?」
「え゛っっ」
「あのガッコ、もう一人女の子いるらしいじゃん? そっちの子にしといた方がいいんじゃなーい?」
「や、そういうのはそっちにしとけとか、そういうのじゃ……そ、そもそもっ、君灰田愛に来る前から僕のこと知ってた風だったよね? なんで僕が誰を好きとかそんなっ、言い切れるのさ」
「まー見てたからね、少し。天上界から」
「!? 見、てたって、」
「親に必要だっつわれて、ちょっとだけね。このガッコのこととか、ガッコでのあんたのこととか。あんだけパシられたりバカにされて、よく平気でいられんなコイツ、って思ってた。別にどうでもいいんだけどね、アタシは。天上界に戻れればそれで」
「そ、そう……」
「でもそれでも止めたくなるわ。あんなエセ地味子とくっつくのは」
「……どういうこと?」
「解んなかったの?」
レピアの声が嘲りの色を帯びたのを、夢生は確かに感じ取った。
「分かんだよねアタシ、ああいうネコかぶってる奴のこと。見た目陰キャとか優等生装ってるのにやたら好戦的だし。人間の中でちょっと強いだけのクセにさあ」
「……ねえ、」
「しかも『学校のため~』とかもっともらしい理由つけて自分正当化して、さも正義ヅラして? 自分が正しいって信じて疑わなくて、相手を一方的に悪いって決めつけて? マジ一番キラいなタイプだわ、関わりたくな~」
「やめようよ、そういう――」
「あんたも見る目ないよねむー。あんなハキダメでイキって猿山の大将気取ってるだけの、ただの自己顕示欲と承認欲求の塊――」
「やめろよ」
夢生が勢いよく立ち上がる。
目隠しも、座卓にぶつけた膝の痛みも、我も忘れ――血の昇った眼差しで。
雛神夢生は、レピア・ソプラノカラーを見下ろし、射貫く。
「っ、」
「それ以上ッ、風ちゃんのことを悪く言うなッ!!」
――――言い放ち、気付く。
黒いキャミソールの脇から手を入れ、今まさに胸を整えようとしているショートパンツの金髪ギャルが目の前にいることに。
「――――ッわごめんっっ! こんな怒るつもりじゃなくてっ、」
「…………風ちゃん?」
「え゛――」
「風ちゃん。ふぅぅう~~ん、風ちゃんかぁ~~~?? ホントはそうやって呼びたいんだぁ、あの地味子のことォ~」
「や、だ――違っ、僕は別にかっ、」
「な~に照れてんの! カッコよかったよぉ、『風ちゃんを悪く言うなッ!』って」
「やめてやめてやめて……!」
「……好きなの?」
「え、」
「あの地味子。紀澄風のこと、ガチで好きなの? そのくらい聞かせてよ、」
「そ、それはだから――」
「そのくらい言ってみろっ!」
「!」
立ち上がったレピアが真っ直ぐに夢生を見つめる。
きっと特に深い意味など無い。
このギャルは面白い話が聞けたもので、その場のノリで踏み込んで来ているに過ぎない。
でも久しぶりだった。
こんな風に、自分の想いを感情のままに言葉にするのは。
素直な気持ちを言葉にする勇気を、持つことができたのは。
それが思ったより、数段も――心地よくて。
「……僕は……」
紀澄風が近くにいる訳でもない。
何が失われることも、誰が傷付くこともない。
ならば今、この時――――雛神夢生が本当の気持ちを隠す理由はどこにもないではないか。
「……――っ!」
少年は決意した。
この何も解ってないお気楽能天気ギャルに、伝えてやろうと。
紀澄風がどれほど素敵で素晴らしい人で――――そんな彼女に、雛神夢生がどれだけ惚れているかを。
「僕は――――紀澄風が好きだッ!!!!」
「うるっさっ……!」
隣近所に響き渡る声で叫ばれる、思いの丈。
レピアは耳を塞ぎながら――これまでで一番の笑顔を、夢生に向けた。
「――言えんじゃん」
「……っ、い、言えるよ! ホントに好きなんだから、紀澄さんは本当に、その、いい人で――」
「アガってきたよ、アタシも!」
「――え、えぇ!? あがってきたって、」
「こうなったらガチでやってやろうじゃん、『恋のキューピッド』! あのエセ地味子は気に入らないけど、あんたに付き合うのは面白そう! からかうとおもろいし!!」
「そっ、そんな邪な理由で――」
「つかあんた、ちゃんと好きならなんで今日地味子の誘い断ったし」
「ッ――っていうか、別に僕は紀澄さんに告白とかそんなことは考えてな」
「いいからいいからアタシに任せとけって! はー明日から楽しみ~、あの地味子にどんな風にしかけてやろっか! ねね作戦会議しよ恋バナしよフトンしこー♡」
「勝手に盛り上がらないでよっ! 痛っ、ちょっとタオルをムチみたいにしないで当たってる、危ないよ!」
「あ、フトン一つしかないの? じゃアタシコレで寝るからむーは床ね」
「だから勝手に……ってちょっと待ってレピアさん何ここで寝ようとしてんの!?!? シャワー終わったんなら帰ってよ!!」
「レピアさん??」
「れ……レピア!!」
「おけおけ。んで何、帰れって? 何言ってんの、帰るトコなんてないよ? 当分ココ泊まるから」
「は!???!???!?! ちょっ、いやっ、無理だから!!!」
「はー今更何? タダでアタシのハダカ見たくせにー」
「い?!?!……っやそれは関係ないし!!! ていうか見てないし!!!」
「あー。耐えらんない的な??」
「何に?!??!?! 違うからっ!」
「泊めてくんなきゃ明日からガッコでナニするかわかんなーいゾ♡」
「君ホントに僕の手助けする気ある!??!? ダメダメほんとそれはダメ!!! 絶対ダメだから!!」
「必死過ぎわろw だから、んなこと言ったってアタシにアテはないんだって」
「ぐ…………あ! それなら――」
こうして、ノリと勢いで天使と少年は動き出す。
果たして、雛神夢生の恋は成就するのだろうか。
前途多難、波乱万丈。
荒廃した世紀末高校、灰田愛第七高等学校での少年の壮大な恋物語は、おおむねこのようなおおざっぱな感じで幕を開けたのである。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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投稿ペースも書く速さも早くなります(ホント
感想やレビューもドシドシお待ちしてます。
ヒトコトだけでも、「つまらない」という言葉でも、
ストーリーを読み間違えていたって構いません。
どんな感想も、いただけるだけでスゴくうれしいのです。
なので完結前でもエンリョせず。
あなたのヒトコトが私の原動力になります!
どうぞよろしくお願いします!!!