第49話 やぶれた・恋は・どこに
「!!!」
ヨハインが、夢生を引っ張る風へ向け一直線に滑空し――風が彼を見ずに投げた鉄剣を旋回し回避、
「ッ……風ちゃッ、、」
「あッ……グ――!!!」
ヨハインの蹴りが風の腕をずしりと捉え、吹き飛ばした。
「たまらんだろうな。相手の眼を見ずに戦わねばならんというのは」
つないでいた手が離れ、ヨハインに――折れた右手を握り締め引っ張られる夢生。
四つの魔眼が交差する。
「(一撃が、重たいッ――!!)っっ、むーくん!!」
「うわあああああああっっっ!!!!? ああああああああああああっっっ!!!」
「情けない叫び声だ……身体強化も魔法の扱いさえ心得ん、つくづく無様だな。このままあっさり殺してやってもいいが――」
「やめろッッ!!!」
「もっと面白くしてやるよ!」
「っゲ――――ッッ」
ヨハインが右手を離し――夢生の腹部を深々と蹴り込み吹き飛ばす。
「ぐァ――あぐぁァッッ……!!!、!」
「(身体強化された一撃がモロに生身にッッ)むーく――」
十数メートルを転げて吹き飛ぶ夢生。
何の回避行動もとれないまま、夢生は闇色の弾幕にその身をさらして――
「がはッ……ぶ、ぐぁ……!!!」
――弾丸は、夢生をかすりもしなかった。
「――――――――、」
「……そうか。それほどまでか。レピア」
「……!」
運動場の中央で血を吐きながら、夢生もその異常さに気付き、見上げる。
天から弾丸を撃ち下ろす闇の翼を広げた天使は、今も無感動に無差別に弾丸の雨を降らせ続けている。
もはや運動場は原形を留めず、風とサクラには、立ち止まる暇さえ与えられない。
だが当たらない。
立ち尽くす雛神夢生には、一発の弾丸も当たらない。
(――レピア……!!!)
「健気だな。悲しすぎるほどに」
「!」
「だが選ばれない。こんなにも好きなのに、レピア・ソプラノカラーは雛神夢生には選ばれない。絶対にな」
「………………は?」
「『は』じゃないだろ。キャンディまで口移しされといて気付かなかったとでも言うつもりか?」
「!!? な、なんでそ――」
「最初はな? あいつもお前を好きなんかじゃなかった。むしろどうでもいいチビでしかなかった」
――弾丸が世界を破壊する音が響く。
なのにその声は、不思議なほどハッキリと夢生の耳に聞こえて。
聞こえてはいけないものが、次から次へと聞こえて。
「だが変わっていった。好きな人のために勇気を振りしぼって行動する、そんな人間の一面を見るのが初めてだった初心なレピアは、ただそれだけであっさりお前への認識を改めていった。どんどんお前に惹かれていった」
「なんでお前がそんなッ――」
「そしてキッカケはプールでの一件だ。酷いことにな、レピアは俺と同じく風の一人語りの時からプールに来てたんだそうだ。だがまあ、気になってしまったワケだな。自分とは比べ物にならない『罪』を、信念を持つ風のことが――本当に夢生にふさわしい人間かどうか、という意味でな」
「だが風は見事に示してみせた。その高潔さを。『罪』に向き合う強さを。だから安心した。夢生は風と幸せになれると。――そして気付いてしまった。夢生と風の幸せに、自分が傷付いてしまっていることに。『罪』を背負う風を信じ助けると言ってのけた雛神夢生を、自分も好きになってしまっていることに」
「……やめろよ、」
「それから地獄が始まった。一度気付いてしまった気持ちに嘘はつけない、だがレピアはキューピッドだ、夢生の恋を邪魔することなんて許されない、だけど夢生と風を見るたびに傷付いて傷付いて泣きたくて切なくて仕方ない!!!」
「ッそれはレピアが隠してたことだろッッ!!!!」
「そうだ!! だから俺がお前に教えてやるのさ!!!」
「お前に一体何の権利があるっていうんだ!!!?」
「では彼女の想いはどうなる!?」
「!?」
「レピアは夢生が好きだ!! お前のことが好きで好きでたまらない、その想いはどこへ行くんだ!? 無駄に消えるのか? お前と風にありったけの幸せを見せつけられて、無様に引き裂かれて消え失せろっていうのか!? まるで悪魔のような奴だお前は!!」
「そういうことじゃないッ!! 彼女が隠してた想いをお前にぶちまける権利なんて」
「ほうレピアを否定するかッ!!?」
「!!? な――」
「そうだろう!? 隠していた恋心を察知して背中を押す、好きな人と好き同士になれるように手伝う、それはまさにレピアがお前にやってきたことじゃないか!!! 落ちるところまで落ちたもんだ、自分一人でここまで来られたつもりか!? 彼女の『好き』を否定し、しまいには彼女がお前にささげた献身その何もかもを否定しようとは!!!」
「ち、ちが――」
「見えてるのか夢生? お前に、今レピアが流している涙の意味が解るのかッ!!?」
「!!?」
夢生がレピアを見上げる。
見上げた空の上で、天使は無表情に地上へ銃を向けたまま――静かに涙を流していた。
ヨハインが銃の射線へ、夢生の右手を蹴って吹き飛ばす。
「あああああッ……!!!」
「お前は大きな罪を犯した。雛神夢生。だから」
ヨハインがこの上なく満たされた顔で、笑い。
レピアが、灰田愛の生徒達へと、銃を向ける。
「――――――やめろ、」
「お前にも同じ痛みを――――最も大切な人が奪われる痛みを与える」
「やめろぉおおおおおおおッッッ!!!!!」
銃声が連続し。
当然――――それを許せなかった紀澄風が、彼らの前で盾となる。
「――――あぁ、」
眼鏡が割れ飛ぶ。
鮮血が、残酷に地を汚す。
無限の弾丸にさらされ、紀澄風は滅多撃ちにされて――――倒れ伏した。
「――あああああああぁぁぁぁああぁああああッッッ!!!!!!」
夢生の叫び。
天使の涙が、また一筋流れた。




