第46話 最終・決戦・へ
その、瞬間。
「ッッぐァッ!!!? アァァアアアアア……ッッ!!!!」
ヨハインの口が、焼けただれた。
「くそメス、がッ……消えた『神性』を取り戻したというのかッ……!!」
溶け消えた歯肉から数本の歯が落ちる。
口から血を滴らせながら、舌先から浄化の煙を上げながら――黒き杭が消えたことで地べたに座り込み、虚ろな目をして息をする全裸の天使を、夢魔王は苦々しげに睨みつける。
(あの目……奴は今もなお俺の恋堕の中。意図的にやったことではない、か……)
自分の恋堕が、天使に通用していることに安堵し。
自分の恋堕が、力をすべて引きはがされた天使一人堕とし得ないことに、歯噛みした。
「忌々しい神の奴隷共がッ……いいだろう認めてやるさ。今の俺ではお前を完全には堕とせない……お前が夢生を想う気持ちは生半可なものではないとな。だがだからこそ――お前はもう、我々の恋堕から逃れることはできない」
ヨハインがレピアの前髪を再びつかみ上げる。
空いた手を彼女のくびれた腰に回し――またもその目を、見せつける。
灰田愛に響き渡るレピアの、嬌声にも似た絶叫。
広がり始めた「魔界の穴」から大量のコウモリがあふれだし、竜巻のように灰田愛の空へ立ち昇り、集い――――一体のサキュバスへと、次々実体化していく。
「あぁぁあぁあぁぁ……あああああああッッ……!!!!!!!」
「想え。想え。想え。雛神夢生を、お前が好きで好きでたまらないあの男のことを想え。だがお前は選ばれない。求められない。得られない。お前のことなどすっかり忘れて幸せな一生を送る夢生と風を遠くから指をくわえて眺めながらッ、一生消えない傷を抱えて一生苦しみ続けるんだ!! お前の『好き』は害お前の『好き』は無価値お前の『好き』は無意味、だが自分ではどうしようもできない!! お前はその『好き』にッ、一生毒され続けるしかないんだよ!!!」
夢魔王に見おろされ、体をのけぞらせ、びくびくとさせながら――レピアは再び、目を見開きぽろぽろと涙を流し始める。
「――――ッッわたしだってっ、」
◆ ◆
風は、固く夢生を抱き締めた。
「私が君を叱る。私が君を怒る。だから一緒に歩こう。君が罪に向き合って、償いを終えるそのときまで……私はずっと、君のそばにいるから。むーくん」
「……ありがとう、風ちゃん。ありがとう……!」
◆ ◆
「わたしだって幸せになりたいっ……!!!」
◆ ◆
夢生と風とサクラは、運動場へと躍り出た。
「っ……何あれ!?」
運動場の中央にあるのは、巨大な赤黒い渦。
その渦の中心には、砂場の山ほどの大きさの土塊のようなもの。
「……きっと夢魔の王はあれを喚んだんだわ」
「あれが、あのモンスターの『故郷』……なんですね。よく知らなくてもおぞましい……!」
(――僕が、あいつと一緒に呼んでしまったもの)
人間の目をした夢生が――キッと眉と口を引きしめる。
「行こう、風ちゃん! 霧洩先輩!」
「!! ちょっと待って、あれは……みんな!?」
風が前に出る。
よろよろと歩み寄ってくるのは男子生徒達。
その先頭には、桐山ら風紀委員会のメンバー。
「無事だったのね、みん――」
「近寄っちゃだめ。紀澄」
「――え?」
「ッ!!! 風ちゃん、みんなの目……!!」
「!?」
風が、夢生が目を見開く。
桐山達の目は、一人の例外もなく――瞳を桃色に縁取られていたのだ。
「……もう、みんな堕とされてるわ。さっそく予定外ね」
「そんな……だってあのモンスターは男、」
「きっとあいつらの仕業」
サクラが指さす真っ赤な空。
そこから数多のコウモリが、桐山達のそばへと集い――相次いで実体化。
『!!!』
驚異的なまでの女性的な体つき。
露出だらけの、もはや布だか皮膚だか分からないもので局部を隠しているだけのひどく煽情的な格好。
その背後でくねくねと、まるで別の生き物であるかのように動く、細く長いしっぽ。
様々な色の髪に接する、曲線を描く角。
そして例外なく桃緑を宿す、魔眼。
サキュバス。
男性を堕とし狂わせ意のまま操る、魔性の一が――夢生達を見てニヤリと笑った。
(めっちゃキレイだつまさき痛いッ!??!」
「スケベは制裁。次は踏み砕くよ」
「何も言ってないのに!!」
「油断しない。来るよ」
「ッ待ってください先輩! モンスターはよくても生徒達に危害は――」
「どいてろ」
サキュバスに指示され、襲いかかってきた斑鳩を。
一人の男子が、蹴り飛ばす。
「!! あなたは――」
「――天羽、先輩!?」
「…………天羽」
気絶していた生徒会長、天羽は背後のサクラを一瞥し、生徒達へ視線を戻す。
「この状況で、しつけ用の呪印なんて使ってくれるなよ」
「……状況を理解しているの?」
「ヤバいのくらい誰だって解んだろ。あのバケモン共に対処できるのがアンタだけだってこともな」
「…………」
「『裏』を知る人間として、俺にだってプライド捨てても守りてぇモンはある。アンタみてーなトンデモな力はねえが――やれるだけのことはやるさ。あんたへの文句はその後だ」
天羽が金の腕時計を――祓魔の力が刻まれた腕時計を拳に巻き、握り締める。
「生徒達は俺が食い止める。他のバケモン共とその親玉に集中してろ」
「そんな天羽先輩っ、たった一人でどれだけの数を」
「行くよ。紀澄」
「――――ありがとうございます。天羽先輩っ」
夢生の言葉に答えず、天羽が吠えて桐山達にとびかかっていく。
その天羽に目を見開いて迫ったサキュバス二体を、
「あなた達の相手は、」
鉄剣を投擲した、紀澄風が止めた。
「私よ。モンスター共」




