第44話 恋・する・キューピッド
「レピア。お前はどこにいたいんだ?」
「……は……?」
「サクラが言っていたな。レピア、お前はもしかすると、キューピッドとして何か失敗をやらかして、下界へ追放されてきたのかもしれない、と。あれは当たってるんだろ?」
(こいつ、やっぱり屋上での話を全部聞いて……)
「俺はずっとお前達を見ていた。最初は、カンビオンの夢生を殺す目的で来たのかと思ったが……一向に殺す様子はない。それどころかお前はそれほどの強さを持ちながら悪魔殺しでなく、キューピッドとしての仕事を持つ天使のようだった。だがキューピッドらしく『クピドの矢』を使う素振りもない……つまりこれはレピアにとって試練だったわけだ。クピドの矢に頼らず、雛神夢生の恋を成就させろと」
「……それが、何だって――」
「つまり。夢生と風が恋人になれば、お前の試練も同時に達成される。よかったじゃないか。優秀なキューピッドの後押しのおかげか、紀澄風は間違いなく雛神夢生に惹かれているぞ。この夢魔王が保証してやる。きっと夢生は風と結ばれるだろう、よかったなレピア。このまま順調にいけば、お前は無事に天上界へ帰れるわけだ」
「――――」
天上界に帰ること。
そしてそれまで、下界での暮らしを謳歌すること。
好き放題、愛機の銃を試し撃つこと。
それがレピア・ソプラノカラーの目的。
このつまらない天上天下の世界にそれ以上のものなんて、
「二人が恋人になれば、下界にレピア・ソプラノカラーの居場所なんてどこにもないんだもんな」
「!!!!!」
求めていなかった、はずなのに。
「夢生と風は恋人になる。抱きしめ合う。キスをする。セックスをする。あいつらはお前なんかそっちのけで、二人だけの絆と愛と思い出を重ねていく。だがその見返りはお前に何一つ与えられない。当然さ、お前は本来誰に認知されることもない、人を見守るのが仕事の天使なんだから。報酬なんて何もない、お前の気持ちなんて誰も知ったことじゃない。解るか? お前の『好き』は――――今この時、世界で一番無駄な感情なんだよ。そうだろう?」
〝彼女は僕に奇跡を与えてくれたッ!!!〟
〝レピアは本当にキレイで可愛くて強くて頼りがいがあって、人を惹きつける魅力にあふれてて――〟
〝僕の天使を――――バカにするなあッッ!!!!!〟
(――ああ、)
レピアは気付く。
気付いてしまう。
あれだけ、思いの丈をぶちまけておいて。
雛神夢生は、ただの一度もレピア・ソプラノカラーを好きだとは言わなかったことに。
「――虚しいよな。一番欲しいものは手に入らないことが解り切っている『好き』は。どれだけ日々を生きる力をくれたとしても――最後には絶望しか与えない。そんな感情に何の価値がある?」
「ッ……」
レピアの足が震えはじめる。
股間で熱を持つ黒い杭を、嫌でも強く感じてしまう。
ヨハインが秘所への愛撫を再開した。
「っっ……!?」
「今だってそうだろ? お前は夢生と風を応援しないといけないのに、『好き』が邪魔をする。二人の距離が近付くのを喜ばなければならないのに、もっと背中を押さないといけないのに、『好き』に苦しみ惑わされる。そっけない態度をとってしまう。『好き』に日々のすべてを毒されていく」
「っく、やめろ……!!」
「やめろ? こっちのセリフなんだよな。ひどい顔だ、レピア。辛いよな、苦しいよな。その絶望を、本心を、お前はがんばってがんばって心の奥底に閉じ込めてきたんだよな。誰にも気付かれまいとして、夢生と風が距離を縮めるのをなんとか嬉しいと思えるよう、今も必死に努力してるのにな。嫉妬から夢生にそっけなくしてしまう自分を、風のことを考えて距離を置いているだけだと必死で正当化してたのにな――――とか言われたくないならやめろよ、その物欲しそうなツラ。構ってほしくて振り向いて欲しくて仕方ないその顔を」
「ッッ……!!!」
顔をうつむかせたまま、歯噛みするレピア。
目を閉じているせいか、真っ暗な視界には――夢生のことばかりが、浮かんできてしまって。
夢生のヘタレ顔。
夢生の声。
夢生の涙。
夢生の言葉。
夢生の心。
夢生と、風。
むーくんと、風ちゃん。
プールの中で抱き合う二人。
夢生を見て微笑む風。
風を見て笑う夢生。
を見て絶望する、レピア。
〝彼女はずっと勇気をくれたっ。背中を押し続けてくれたッ! ずっと隣で支えてくれたッ!! レピアがいたから、僕はここまで歩いてこれたんです!!〟
(――そこまで、言っておいて――)
考えないようにしていたことが。
ずっと隠し続けてきた心が。
自分だけが傷付けば済むことだと思っていたことが。
気持ちが感情と溶け、一気にこぼれる。
(なんであんたの好きな人はアタシじゃないの?)
「でも好きかもな。雛神夢生はレピアのことが」
「――――――」
レピアが顔を上げる。
目の前には、桃緑に光る恋堕の魔眼。
「――――――――ぁ、」
「あーあ。見ちゃったな」
――レピアの瞳が、桃色の光に縁どられていく。
「味わえ。王の恋堕を」




