第42話 罪を・背負う・こどもたち
◆ ◆
「夢生の恋堕の魔眼は確実に成長していた。祓魔であるサクラに影響を及ぼすほどだ。レピアも風も、確実にその虜になりつつある――――解るかレピア。お前がこの数ヶ月、雛神夢生と日常を送る中で抱いてきた感情はすべて、夢生の魔眼が生み出した紛い物だということだ。何やら今朝は夢生とギスギスしていたようだが――心配することはない、何もないから。お前と夢生の間には、恋堕の魔眼による支配と被支配の関係しか、築かれてはいない」
「――――アタシ、」
「……うん?」
ぱたり、と。
下を向いたレピアの目から、一粒の涙がこぼれ落ちる。
「――――何」
「アタシ……あぁ、」
〝ガチでやってやろうじゃん、『恋のキューピッド』! あのエセ地味子は気に入らないけど、あんたに付き合うのは面白そう! からかうとおもろいし!!〟
〝マジ冷めるわ、あんたのそういうとこ。そこまでコケにされてまだ笑ってられんの〟
〝あんたそれっ、ただの逃げだから。傷付くのが怖いのはあんたじゃん〟
「アタシ……何も知らないで、アイツになんてこと言って……!!」
「……おい、」
「謝らなきゃ……あいつに謝らなきゃっ。お願い夢生、どうか生きててッ……!!」
「その感情そのものがまやかしかもしれないと、俺はそう言ったんだが? 虚しくはないのか? まずは自分の、夢生への感情自体を疑うのが先じゃないのか?」
「…………ハッ。人を魅了する魔眼を持ってるクセに、その程度のことも解らないの?」
「――――」
◆ ◆
雛神夢生は、冷たいコンクリートの床で誰かに土下座をするようにうずくまり、全身を震わせて嗚咽しながら――地面に胃液さえ吐き零しながら、すべてを語り終えた。
『…………』
静かに悪魔を見下ろすサクラ。
言葉を失い、ただあっけにとられて夢生を見る風。
彼は相変わらず目を両手で覆いながら、震え掠れた涙声で言葉を続ける。
「もう疲れたんだ……僕はこれから、この眼が誰も破滅させないようにずっと一人で生きてかなくちゃいけない……あいつみたいに、きっと霧洩先輩みたいな人達にもずっと狙われる……そんな罰にはもう耐えられない……もう逃げたくないもう疲れたよ……もう嫌だよ……もうやめてよ……!!!」
「…………」
「殺して…………殺してください…………お願いですから楽にしてください…………一生のお願いですから…………死なせて……――」
「…………」
――サクラが鉄剣を、まっすぐ夢生の心臓を貫ける位置にかざし。
紀澄風が夢生の襟首をつかみ起こし、思い切り頬を張った。
「ッ!!!?」
「!」
「嘘を吐くな――」
長机を吹き飛ばし床に転げた夢生の胸倉を風がつかみ上げ、
「だったらなんで君は生きてるんだッッッ!!!!」
思わず顔から手を離した夢生の魔眼を、涙のにじんだ目で真っ直ぐ見据えて怒鳴った。
「!!!!!!!!」
「目を逸らすなッッ!!!!」
「!!!!!!!!」
「私を見ろむーくんッ。――そんなに死にたいと思ってたんならどうして自分で死ななかったの? どうして今日まであなたは生きていたのッ!!? どうして灰田愛に来ず一人で死ななかったのッ!!?」
「そ、あ。それはっ、」
「目を閉じるなッッ!!!!」
「――ぼ。ぼく、は、」
「言えないなら教えてあげる。君が今生きてるのはね、死ななかったからだよ。孤独から、辛いことから、罪の意識から雛神夢生がッ、逃げることを選ばなかったからだよ!!!」
「は――ぁ。あ、あぁ……」
「それが何よりの――――あなたが罪に向き合おうと諦めずもがいてた証拠でしょうがッッ!!!!」
「――――――そ。そんなこと、君にっ」
「解るよ。――――私だってそうだったから」
風が目に涙をあふれさせ――夢生を抱きしめた。
「辛かったよね。苦しかったよね。誰かに話したかったよね。ちゃんと叱って、怒ってほしかったんだよね。導いてくれる人を探してたんだよね。私と同じように」
(――!!)
「――は。はぁ、はぁっ。はぁっ、」
――決壊をせき止めようとするかのように、夢生が小刻みに力んだ呼吸を繰り返す。
目を見開いていたサクラがゆっくりと目を閉じ――鉄剣を下ろした。
「は。は。はぁ――――ダメ、だよ。僕、もう信じられないよ、」
「!」
「だってきっと、今の感情だって僕の目が」
「それはないと思うわ」
「――え?」
「霧洩先輩……?」
「さっきの君の話。そして屋上で聞いた、夢魔王の話。彼に操られた紀澄も、雛神君に操られた女の子も、術者である君達を傷付けることはできなかった。でも今、ホラ。紀澄は――あなたを思い切りビンタしたわ」
「……あ」
「で、でも……」
「もしかすると、雛神君の魔眼はまだ不安定で、力を制御できていない――本来の力を、発揮できていない状態なんじゃ、ないかな」
「そうか――あの魔物は、魔眼を自由に発動できるようだったし」
「それにね――あの。少し、思うのだけど」
珍しく、サクラが年と姿相応におどおどとした様子で二人から目をそらす。
「紀澄は私に、『逃げて得た力も立派な力』だと、言ってくれたわ。つまりそれって…………その。どんな力も、使い方次第……ってことなんじゃ、ないのかしらって。知らないけど」
(あの霧洩先輩が照れてる……)
「……使い方、次第」
「……正直、私は迷っているわ。今までの生き方をそう簡単には捨てられそうもないし、半魔である君は滅すべきだと、今でも思ってる。でも……更に強大かもしれない、倒すべき悪魔が近くにいる今の状況で、君を滅するのは違うと思う、かな。とか。知らないけど」
「霧洩先輩……!」
「あと。あの。あとひとつ、えっと」
やや長い葛藤の後――いまだ抱き合う風の背中に回り込み――大きく息を吸って、サクラが夢生の目を見た。
「私の。友達になってくれるんでしょう? 雛神君」
「――――!!」




