第41話 鬼畜・の・所業
「そう。だからこそ……彼はここで終わり。終わりにしなければいけない」
「!」
サクラがゆっくりと鉄剣に手をかける。
風は動けないままにサクラと――夢生を見た。
夢生は顔を両手で覆い――静かに、笑い始めた。
◆ ◆
「――クソッ。まだ痛みやがる……まさか夢生を操っていた俺にまでダメージがあるとは。天使の『神性』とはこれほどか」
「夢生が、もう殺されてるですって……!?」
「回復には存外時間がかかるな……ん? ああ。夢生は祓魔のメス――サクラと一緒だった。当然そうなるだろう。あのメス共はもう夢生の恋堕に堕ちかけているのを自覚してる。更に俺の恋堕は夢生を操れると見せた。生かしておくだけ不安材料だからな」
「自分の子どもなんでしょ!? なんでそんな風に――」
「ハッ。汚点だね……あんなおぞましいカンビオンを自分の子として扱わなきゃいけないってのは」
「か――カンビオン?」
「俺達夢魔と人間の間に生まれる半魔の名前さ。かの有名な魔法使いマーリンもカンビオンだったらしいが……偉大なる魔法使いとは比べるべくもない格落ちのガキでしかない。一生の恥だよ。他に手段がなかったとはいえ、ね」
「手段がなかった……?」
「我が故郷の招来には、最低でも二人以上の族長格の力を持つ『魔』の存在が必要不可欠でな。この世界に一人取り残された俺に選択の余地はなかった。だが、その唯一の役目も終わったんだ。あの命にはもう何の存在理由も無いんだよ」
「……テメェ……!!」
「それにな、」
相変わらずの低く落ち着いた、聞き心地のいい声で、ヨハインが薄く笑う。
「自ら死を選ぶぞ。雛神夢生は」
◆ ◆
「ふふふふふふ……ははははははは……!」
「む――むーくん。どうしたの?」
「…………」
サクラが油断なく鉄剣を構え、夢生ののどもとに狙いを定める。
風がそれを止められないほど清々しく、おさえきれない様子で夢生は笑う。
「……ううん、なんでもない……はぁ。ただ、やっと原因が分かったなって」
「……原因?」
「あははは! そっか!――悪魔だったんだ、僕!」
椅子に背を預け、手で目を覆ったまま天井を仰ぎ、夢生が自嘲う。
「僕は悪魔! 最初から、人を破滅させるために生まれた存在だったんだ……!」
「むーくんヤケになっちゃ――」
「はぁーーーーー…………霧洩先輩。僕を殺してください」
「…………」
「むーくんっ!!」
「どの道僕を生かしておいても、状況は悪くしかならない。そうでしょう?」
「そんなこと――」
「ええ。きっとその通りだわ」
「先輩!」
「もういいんだ。紀澄さん」
「き――!? むーくんッ、」
「もうむーくんなんて呼ばないでいいよ。それもきっとこの目のせいだ。そうだよ、どうりで上手くいきすぎると思った。紀澄風が僕なんかを好きになってくれるはずなかったんだ最初から」
「ッ――私は君がッ」
「どうやってそれが君の本心だって信じればいいの!!?」
「ッ……!!!」
「僕は君を操ったんだよ? あまり話したこともない霧洩先輩にだって僕を殺すのをためらわせたんだよ!? 君の気持ちにだって影響が及んでないワケないじゃないか!!」
「む――」
「呼ばないでってッッ!!!」
「…………!!!」
「これ以上、僕みたいな化け物に惚れたくなんてないでしょ? 好きでもない男にアレコレ情を持ちたくないでしょ? あまりに気持ちが悪すぎるッッ!!!」
「…………!!!」
「解り切ってるんだからちゃんと離れてよッッ!!!」
次々と叩きつけられる拒絶の言葉。
それに言い返したくてたまらない風。
意地でも彼を雛神君とは呼びたくない風。
目の前で、両手で隠した目元から大粒の涙を流し嗚咽する夢生を救いたい風。
この気持ちすべてが。
この数か月、雛神夢生に抱いてきた感情すべてが、魔眼によるまやかしだったというのか。
「やっぱりだめだ……ダメだったんだ。僕なんかが人と関わろうとしちゃダメだったんだ。そんなのとっくに分かってたのに……あれだけの人を破滅させたのに……僕はまた……!!!」
「……また?」
「……人を、破滅させた?」
◆ ◆
「……どういう意味、それ……」
「知らんだろう? 聞かされていないだろう? 話せるわけがない――己の身勝手で、大量のメスを好き放題弄んで破滅させたことなんてな」
「――なん――」
絶句するレピアの前で、ヨハインが実にうまそうに空気を吸い込み、大きく吐き出した。
「はァ……ついでに聞かせてやろうか。あいつの罪を。若気の至りでは到底赦されない、あの悪魔がこの世に刻んだ大罪を」
◆ ◆
俺はモテた。
自分がモテることを自覚したのは、小学校も終わりに差しかかった時だった。
思えば兆候はあった。
ファーストキスは保育園ですませていたし、小学二年生の頃には人目もはばからず両想いの女子とラブラブだったし、人気のない所に呼び出されて告白されることもしょっちゅうだった。
周りもそんな俺達をはやしたてこそすれ、否定したりいじめてくる奴はいなかった。
俺の周りには常に女子がいて、友達もたくさんいて、理解ある大人ばかりで。
最高だった。
俺はモテた。何の努力もすることなく、ただ俺らしく振る舞っているだけで女子が寄ってくるほどに、モテた。
俺を産み落としてくれた、誰とも知れない両親と神に感謝した。
俺はモテた。
だから最初は迷った。
「この中から、どうやってたった一人を選ぼうか」と。
数ある告白をすべて保留して女子を宙ぶらりんにし、周囲の女子すべてに思わせぶりな態度を取り続け――まるで好きなお菓子を店頭で選んでいるときみたいに、俺は女子を品定めした。
最初こそ、まともな理由でしっかり選んだ。
俺をちゃんと見てくれている人、内面を見てくれている人。
大して好きだったわけでもなかったけど――そうして初めて、自覚的に彼氏彼女の関係になった一人ができた。
それでも、女の子たちのアプローチは止まらなかった。
そして俺は思った。
「俺みたいにモテる男が、一人だけを選んで他すべてをないがしろにするなんて、神に失礼なんじゃないか?」って。
言い訳だった。
中学生、思春期真っただ中の俺はとっくに狂ってた。
ただただ卑しい支配欲と征服欲、性欲を抑えられず――目につく女子すべてを自分のものにしたかっただけ。
それからは、欲望のままに女共を弄んだ。
施設からの小遣いでは買えない高価なものを貢がせた。
気に入らない教師を逆セクハラで停職に追い込ませた。
名札の裏にバストサイズを明記させた。
下着を着ない状態で登校させた。
目の前で服を脱がせた。
目の前で用を足させた。
どれだけ俺の言いなりになれるか、俺という神が一体どれだけ自分勝手に生きることが出来るかを、試しに試し尽くした。
一方で、施設と学校の生活リズムのせいで場所や時間が足りず、できなかったことも多かった。
惜しくてたまらなかった。
施設から出ることができる高校生になる日々を妄想し、心躍らせた。
そうやって、女共の数も、俺の要求もエスカレートしていき――少し、困ったことが起こり始めた。
女共が嫉妬し、俺をめぐって口論を始めたんだ。
最初の内は俺がなだめてやれば収まってたけど、女共は欲深い。
従順なだけが取り柄のくせに、キスマークだの噛み痕だのとどいつもこいつも自分が一番である証明をあれもこれもと欲しがって――面倒くさくなってなだめることもやめて、ただ嫉妬するなと命令するだけになっていた。
女共は俺の前でこそ素直に従っていたけど、水面下での女同士の小競り合いは続いてたらしい。
気が付けば周囲で、俺の悪評が広まり始めていた。
中学三年間、さすがにやり過ぎたと悟った俺は、ひとまず女を彼女一人にしてその他とは普通に接することにした。
後は高校で、楽しむことにした。
だけどもう遅かった。
取り返しのつかない所まで来ていた。
気付いてないのは俺だけだった。
ある日突然、学校で、女子達が俺をめぐって殺し合い始めた。
おびただしい血。
窓や壁に飛び散った鮮血。
血だらけの廊下に階段に教室に、倒れた女子達の血に染まった制服。
俺は学校に行かなくなった。
一人部屋の中で、自分がとんでもないことをしでかしたことを後悔した。
後悔した。後悔した。
施設には連日、女子の親から連絡が来た。
学校は俺の責任を一切問わなかったから。
誰も俺を、罪に問おうとしなかったから。
きっと女子達は皆、俺をかばうようなことを言ったか、口を閉ざしたのだろうと知れたから。
「大勢の中学生の女の子たちが俺を取り合って殺し合った」なんて、学校や社会が認めるワケはなかったから。
そのまま学校には二度と戻らず、卒業式にも出ず、頭一つ下げないまま、俺は中学を卒業した。
その事件がどう終わったかは分からない。
女の子達の生死も分からない。解らない。解れない。
解ったのは――――俺は一生、到底償い得ない罪を犯した、ということだけ。
できたのは、その大罪から逃げることだけ。
僕という悪魔を、できるだけ人から遠ざけることだけ。
そして僕は、何かに導かれるように灰田愛第七高等学校を進学先に選んだ。
こんな僕に、やけに親身になってくれた中学の担任や施設の職員達から、逃げるように独り立ちして――目立たず話さず波風立てず、ただ痛めつけられ、アゴで使われいじめられ、貶められ続ける道を自然と選んだ。
そのくらいしか、自分を罰する方法を知らなかったから。
自分を罰していないと、とても正気を保っていられなかったから。
正気を保っていないと――僕はまた鬼畜の所業のような大罪を、繰り返してしまうかもしれないと思ったから。
だけどそうじゃなかった。根本的に間違っていた。
だって僕は人間じゃなかったんだから。
僕はホントに、悪魔の子だったんだから。
この世に存在しちゃいけない、生きていちゃいけない命だったんだから。
死ね。雛神夢生。
せめて半分でも、人間であるというのなら。




