第38話 夢魔・の・王
「本当に綺麗な目だな、雛神君。もっと近くで見せてくれ」
状況を、何もかも飲み込めず。
レピアが、風が、そして夢生が沈黙する。
動いたのは、笠木だけだった。
「それ以上近付くな。俺の雛神に」
「俺の、か。困るな……悪いが雛神君は俺のなんだ。君もそうだろ? 笠木」
伏里の目が。
夢生の、目と、同じ、輝きを、宿す。
『――――ッ!!!?』
思い出したように呼吸し、息をのむ夢生達。
笠木は石にでもなったように硬直し――その場で立ち尽くし、動かなくなった。
「……そうだ。いい顔をするじゃないか、笠木。いい子だ」
「伏里、先生……」
「皆の所へ行け。後で可愛がってやるから、大人しくしていろよ」
「はい……」
「……何が、どうなってんの?」
レピアの、呆れを帯びた驚愕の声。
笠木は伏里の言葉に従い、そのまま屋上を後にした。
夢生が息を、
(同じだ)
〝私を愛して。むーくん〟
(あのときと、まったく同じ……)
呼吸を乱し始めた時――伏里が夢生の目を、のぞき込んだ。
桃と緑のオーロラを宿す目が、かち合う。
「ふむ……開眼具合はもはや俺と遜色ない、か。この間の話や体調不良、メスの引き付け具合からして、開眼しつつあるのだろうとは思っていたが……まさか、祓魔師の耐魔力をも破りかねんレベルとは、まったく驚かされる。俺の力故か、それとも混血種であることが影響しているのか。後は意図せんタイミングで発動させて、体調不良が続くことがなくなれば……」
「あの――伏里先生、」
「そいつの目ェ見んな地味子ッ!」
「え――……レピア?」
風が戸惑いの目でレピアを見る。
レピアは移動し、近くに落ちていたもう一挺の自分の銃を伏里に向けていた。
伏里が笑う。
「はは。さすがは天使、本能的に俺の正体を悟ったかな? だけどホラ――見てみて。もう目は元に戻したよ。俺も無駄に、消耗するわけにはいかない状況だから。だからこっちを見て。紀澄さん」
「は、はい――」
「『はい』じゃねーっしょバカ地味子ッ!! 目ェ覚ませッ!」
「――だ、だってレピア。伏里先生は、大丈夫だって言ってるんだから――」
「あんたのその態度がもう伏里の目にやられかけてる証拠だってのよッ!!」
「――!!!!」
「酷いことを言うなあ、ソプラノカラーさんは。紀澄さんだけじゃない。風紀委員会の他のメンバーだって、全員心から俺を慕ってくれていたじゃないか」
「……アンタ……まさかこのガッコの全員に》魅了を……ッ!?」
「……伏里先生……!?」
「あぁ、傷付くなあ。紀澄さんも何か言ってやってくれないか? だって君は今も――――俺の潔白を証明したくてしたくて仕方ないは《・・・・・・・・・・》ずだよ?」
「…………!!」
「……伏里ィッ……!!」
「そう。きっと下にいる灰田愛の関係者全員が、彼女同様俺を守ろうとするだろう。見るものすべてを虜にし、すべてに優先して俺だけを求める力――――『恋堕の魔眼』とはそういうものだ」
「魔眼、ですって……!?」
「……伏里先生。あなたはこの数年来、ずっと灰田愛の教師だったはず。それが何故――なぜ今になって――」
「待っていたのさ、このときを。ロクに気配も殺せなかった俺を、絶えず狙う退魔の連中から命からがら逃げ隠れながら……十八年間もな」
「! 十八――」
「そしてその甲斐あって――今ようやく。この俺を滅する力のある存在は共倒れした」
『!!』
風がレピアを見る。
レピアがサクラを見る。
「まったく、ただでさえこの負溜まりを監視する祓魔師の処理に手間取っていた所に……ここにきて天使、しかもアマチュアとはいえ悪魔殺しの技術を持つ天使が、よりにもよって雛神夢生の横にべったりとは。正直、雛神君を殺されやしないかと久しぶりに肝を冷やしたよ。まあ、結果は天使さえ魅了してみせる雛神君の恋堕に驚嘆するに終わったけれどね」
「ざ――ッけんなッ! アタシは魅了されてなんか――」
「そうだろう? 紀澄さんと同じように――君は自分の想いが本物だと思うだろう? それがこの眼の素晴らしい所さ」
「……!」
怒りから、伏里の目を睨みつけたい衝動を必死に抑えるレピア。
しかしその怒りを打ち消すほど大きな疑念が、レピアの心を支配していく。
(――さっき。さっき確信した、私の気持ちは――――)
「君がバカで助かったよ、ソプラノカラーさん。君が転校初日に、天使の力を惜しげもなく披露してくれたおかげで――あの祓魔師の目は完全に俺から外れたんだから。おかげで一気に準備を進められた……倒れた祓魔師に、片翼さえ維持できない限界寸前の悪魔殺し。そしてこちらには夢生もいる。もはや恐れるものは何もないよ。計画を実行に移す時だ」
「……伏里先生。あなたの、目的は……」
「俺は帰りたいだけさ。我が故郷にな」
「は――ハッ。何イミフなこと言ってんだかっ、むーがアンタに従うワケ――」
「さあ、」
伏里が夢生へと、
「故郷へ帰ろう。この夢魔王――――ヨハイン・リフュースの一人息子よ」
我が子へと、手を差し伸べる。




