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恋のキューピッド、あの人を撃ちまくれ  作者: はっとりおきな
第4章 青春のしがらみ
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第37話 その眼で・見つめ・ないで



 ふうのハンカチが、涙で静かにれていく。



 誰も応えない。

 夢生むうの言葉に、誰も答えられない。



 似た境遇きょうぐうの他人に火を点けられただけの、誰も知らない彼の「罪」からあふれでる身勝手な怒り、悲しみ、虚しさに――共感することなど、誰にも出来ようはずがない。



 だから少年も、こたえの言葉など求めていない。

 ただ、



「――でもね。先輩。そんな僕に、ある日……『天使』がやってきたんです」

「!」

「――むー、」



 ただ、知ってほしかったのだ。



 その先で少年を待ち受けていた光を。

 その奇跡きせきに、少年がどれだけ救われたかを。



「その天使は、逃げてばかりだった僕の背中を押してくれた。何にもみ込まずに、誰にもみ込ませずにいた僕のかべを壊して、手を引いて――――霧洩きりえ先輩の言葉を聞いてはっきりわかりました。それに僕がどれだけ救われていたか。ちゃんと話して、しかって、導いて――支えてくれる人がいることが、どんなに大切なことか。だから、先輩――――僕達と、友達になりませんか(・・・・・・・・・)?」

「!」

「――むーくん」

「はぁ……!? と、友達って」



 ふうが笑う。

 ハンカチで、涙をぬぐい、泣きはらした目で夢生むうが笑う。



「僕らとお昼食べましょう。僕らと学校でなんでもない話をしましょう。それで、もし霧洩きりえ先輩が辛い目にあったり、苦しいことを思い出したりしたときは――一緒にその話を聞かせてください。そして今日みたいに泣いたり、叫んだりして……そうやって、一緒に前に進んでいきましょう。僕だけじゃない、きっと風ちゃんも、レピアだって話を聞いてくれます」

「いやアタシ別に聞かないけどッッた石なげるなし!?」

「うるさいバカ。――霧洩きりえ先輩。もちろん、私もむーくんと同じ気持ちです。そして、こうも思うんです……何かから逃げることで得た力も(・・・・・・・・・・)立派なあなた自身の力(・・・・・・・・・・)()って」

「! 地味子じみこ

「……紀澄きすみ、」

「霧洩先輩とは少し違いますが、私も罪を犯して、自分をほこれない生き方をしていた時期があります。幸い、叔父おじがそんな私をしかって、導いてくれて……そうして力をみがいてきました。まだまだ道半みちなかばな身であることは自覚しているつもりでしたが……あなたの力は私などはるかに凌駕りょうがしていた。正直ショックでした。それくらい、先輩の実力はすさまじい。たとえ何かから逃げようと身に付けたものだとしても、その実力は本物です。偽物にせものだなんて誰にも言わせません」



 風がレピアを見る。

 レピアはどこか照れ臭そうにそっぽを向いて、風に届かない小石を投げた。



「……私は……」



 組み伏せられたままのサクラがつぶやく。

 風がその拘束こうそくき――夢生むうがサクラの正面へ回り込み、



「これからよろしくお願いします。霧洩先輩」



 サクラの目を見た。



「――――――――――やめて(・・・)

「え?」

「やめてぇぇえええぇえぇぇッッ!!!!!」

『!!?』



 ――頭をかかえ、サクラがうずくまる。



 先程の半狂乱はんきょうらんに負けない大声で、サクラが叫び続ける。



「な――なんなのマジそいつ、むーに顔見られただけで発狂はっきょうしたの今? ヒステリーにもほどがあん――」

「どうしたんですか先輩、一体むーくんの何が――」



 ――――レピアと風は気付く。



 霧洩サクラが最初に発狂した時も、レピアを守ろうと割り込んだ雛神ひながみ夢生むうを正面から「見た」時であったことを。

サクラがレピア・ソプラノカラーを「におい」で識別しきべつし、襲いかかっていたことを。



 そのサクラが、



〝ぴきょェッ!??!??〟


〝ん……すんすん……〟



 そのサクラが――最初ににおいをかいだ(・・・・・・・・・・)人物が誰であったか(・・・・・・・・)を。

 においをかがれたレピアは、人間ではなかったことを。

 では、



「私はキレイ私はキレイ私はキレイ――――だから悪魔にちたりしないッ!! あなたなんか好きにな(・・・・・・・・・・)らない(・・・)なっちゃいけない!!!」

「――――――!!!!!!!!」



〝大好き。ひなくん〟



(むーくん――君はッ)

(むーあんたまさか、)

(僕は、)



 では。



 雛神夢生は(・・・・・)果たして(・・・・)人間か(・・・)



(僕は、何だ?)



「だからお願いお願いお願い――――ッッそので私を見ないでえぇえぇッッッ!!!!」



 サクラが落ちた銃を拾い、夢生に向ける。



「っ地味子じみこッ!」

「しまッ――」

「ごめんなさいごめんなさい――ごめんなさい。雛神君」



 銃声。



 銃声銃声銃声銃声銃声、銃声。



『――――――――』



 六発の弾丸に、撃たれ。



 霧洩サクラは(・・・・・・)倒れた(・・・)



『ッ!!!?』



 突如、塔屋とうやから屋上に現れた人物がいた。



 理解の追い付かない皆の目が、そちらへ向く。

 現れた人物の意味不明さにレピアと風が目を見開き、



「――――――笠木かさき、先輩」



 すべてを悟った夢生が、震える声でその名を呼ぶ。



「……間に合った。ホントによかった」



 全身に手当と傷のあとが残る笠木かさきが、硝煙しょうえんを上げる拳銃けんじゅうを下げて歩く。

 雛神夢生に、近付いていく。



「何――なんであいつ、今病院でしょ、」

笠木かさき――なんでこんなッッ」

「は? 決まってんだろ。見て分かんねーのかよ」



 笠木が止まる。

 止まり、雛神夢生の、前で――――熱く甘い(・・・・)、息を吐く。



「ケガはねーか? 雛神」

「…………………………」

「……は??」



 レピアがその意味不明さと嫌悪けんおに、大きな声で疑問を示す。

 風が笠木を――雛神夢生の背を、声も出ない様子で見つめる。



「来るのが遅くなった。病院抜けるのも家からチャカ盗むのも、ちょっと苦労してな。でももう、おさえらんねぇんだ――――やっと気付いたんだ、俺」

(…………笠木は、)



 「その目で見るな」という、サクラの言葉が。



 風に、確信に近い悪寒おかんを、立ちのぼらせる。



(プールで…………むーくんの目を(・・・・・・・)どれだけ見た(・・・・・・)?)

「俺はお前が好きだ。雛神」

「…………………………」

「なあ、どうだ? 受け入れてくれるか? 俺、これからはお前のためだったらなんでもするぜ。なんでもできるぜ。お前を必ず守ってやる。病院だっていくらでも抜けてくる。武器だっていくらでも調達してやる。家の奴らを殺してでも――――だから、なあ。受け入れてくれるよな? 雛神。なあ?」

「…………………………」

「……むーくん。こっちを向いてくれる?」



 夢生が、ゆっくりと風の声に応じる。

 愛と想いをささやき続ける、笠木を背に。

 夢生が風を、見る。



 思わず風は、目を細めた。



「…………何、むーくん。その目――」

「……え?」



 ハンカチが落ちる。



 雛神夢生の目は――――その眼には、桃色の円を基調きちょうに、緑の深いオーロラのような輝きがらめいていた。



「……むー。あんた……人間じゃないの?」

「――――僕は――――」

「ああ。」



 恍惚こうこつとした、声で。



 伏里ふすりは屋上へ、現れた。



「とても綺麗きれいな、恋堕れんだの輝きだ」


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