第33話 決着の・銃声が・鳴る
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風が苦しそうに呼吸しながら、階段の途中で止まる。
押さえるのは胸のあたり。
(やっぱり……折れてるなこれ)
その後ろで、夢生は体に触っていいかないやいいわけないだろあーでもどうすればとあれこれ考えながら、両足の横で両手を小さくわしわしと動かしていた。
「あの。やっぱり風ちゃんだけでも逃げた方が……」
「……君が笠木との勝負の途中でそれ言われたらどうする?」
「黙れって思う……」
「私も同じ。――ま、ここまで来た君を見て頭ごなしに逃げろって言った私も同罪か」
「じゃあ、後からゆっくり来てよ。悪いけど――僕は先に行きたい」
「……焦ってもだめだよ」
「だってレピアが!」
「今の君に何ができるの?」
「!」
風が、辛そうな表情で夢生を見る。
「酷なことを言うけど……君だってケガだらけなんだよ。笠木の時とは違う。君だけが行っても足手まといにしかならないよ」
「そんなの分かんない――」
「霧洩先輩はレピアを殺すよ!」
「――!」
「殺されるかもしれないの。確率の低い賭けには出られないんだよっ……!」
「だ……だってでも、それはプールの時だって」
「笠木は弾みでしか人なんか殺せない奴だった。でも私は見たの、霧洩先輩は違う! 彼女は自分の意志で、自分の力で、あっさり命を奪える『裏』の人間だった!」
「………………っ、」
「そういう人間なの。そういう世界があるのッ!……お願いだから解って、むーくん。気持ちだけでどうにかなる状況じゃないんだ今はッッ」
「わかった」
「――あ、」
「行かない。それがレピアを助けられる可能性を、少しでも引き上げるなら」
「……むーくん、」
「教えて風ちゃん。何をすればレピアを助けられる? 今の僕に何ができる? 何でもするよ、だから――早くレピアを助けようっ」
目にいっぱいの涙をためる夢生。
土にすすけた顔で、風は笑い――夢生をちょいちょいと手招きする。
「え……あ、うん」
何も考えず階段を上がってきた少年。
少女はその肩に、おもむろに手をまわした。
夢生少年、あやうく階段から落ちかける。
「ぴっ?!!」
「ふふ。情けない声出さないで――すこしだけ休むから、肩を貸して。おぶってといっても、その手じゃ無理だし……いや、ケガしてなくても無理かな? 君には」
「なっし、失礼なっ、そ、そんな非力じゃないやいっ」
「ふふ、嘘。――少し体、ギプスに当たっちゃうね。……がんばれる?」
「……がんばる!」
腕の痛みなど、風の文字通りのボディタッチで遥か彼方に吹っ飛んだ。
などと青春している場合ではない。
天井からは瓦礫がパラパラと落ち始めている。
銃声も鳴りやむことなく続いているのだ。
「銃声を追いかけて、ここまで来たけど……どこから鳴ってる?」
「――あそこ」
鋭く叫んだ風が指さす先。
窓の向こう。
窓を越えて校舎を駆けあがり、屋上へ消えていく片翼の天使の姿があった。
◆ ◆
学校の外壁を伝って伸びていた配管を右手でつかみ、斜め上に一回転。
壁を足場に、霧洩サクラはレピアを追って屋上のコンクリートを――蹴る。
「ハァ……つくづく人間じゃないわね、あんた――!」
装填完了。
白と黒の双銃が同じ色の火を噴いて――互いの髪を貫いて抜ける。
手を伸ばさずとも心臓に触れられる距離で、銃撃が無限に応酬する。
「くっ――!!」
「――――」
ほぼ零距離の射撃。
すべての弾丸が必殺の弾道。
撃針が雷管を叩きライフリングとドタマを突き抜ける、その一瞬に相手の弾道を殴り蹴り弾きそらし――――陰キャと陽キャの死の舞踏は、屋上全体に銃声と弾痕の熱狂を吹き荒らしながら、続いていく。
(当たら、ないんだけどッッ……!!!)
(弾がもたない――――)
撃ち尽くされる黒きベレッタ・ナノ。
向けられた純白のシグ・ザウエル・P226カスタム。
至近距離にも関わらず垂直に蹴り上げられたサクラの足がレピアの銃を腕ごと上へ。
黒き双銃が空のマガジンを吐き出し――スリーブガンのレールに乗ったマガジンが両手の双銃へ、華麗なまでの滑らかさで装填される。
「何でもアリかド変態ッ――!!」
「リロードの隙、もうあげないわ」
弾け飛ぶコンクリート。
ひん曲がるフェンス。
地で高く鳴る金属製薬莢。
穴が開き水が噴き出す貯水槽。
天高き銃格闘で水は雨となり、運動場の田井中らを濡らす。
「なにが……どうなってんの。上。斑鳩」
「知らねーよ……しがない高校生の俺らにゃもう解んねーよ!」
「もっと離れるぞ――屋上がどんどんズレてきてる!!」
轟音。
地響き。
ずれ傾く屋上。
まったくよろけず、中央で撃ちあう陰と陽。
(リロードさせないはこっちのセリフ――アタシの愛機の装弾数はあんたの三倍、銃撃戦ならこっちの有利は崩れないッ!!)
(――――――認めましょう。くれてやるわ――片方)
サクラの、手が。
白き銃口を、塞ぐ。
「!!!!!!!」
「――――――」
――――最後の銃声が残響。
立っているのは、霧洩サクラだった。
「くああッッ……!!!」
撃ち砕かれ、いびつなサボテンのようになったコンクリートの壁を背に、レピアが双銃を落とし――尻餅をつく。
押さえるのは――銀弾に撃ち抜かれ煙を上げるスカート、右足の腿。
傷口から根を張り、神経に染み入るような浄化の痛みに歯噛みしながら目を開けたレピアが、瞠目。
サクラの垂れ下がった左手は、中央に小さな風穴を開けられて血を滴らせていた。
「骨を削られてしまったわ。しばらく使い物にならない」
「くそッ……あんたっ、」
「殺傷能力」
「……あぁ?」
「あなたの、銃に。あの光の弾に大した殺傷能力がこめられていないのが、あなたの敗因よ。化け物さん」
「アタシの銃にこめられてんのはロマンだけでね……! 人殺しなんてまっぴらよ」
「…………そう。その姿勢が今のあなたに繋がってるのね」
「……は?」
土煙と、ずれ軋む灰田愛の音の中、鼻をすんすんとやるサクラ。
「だからこんなに臭いんだわ。レピア・ソプラノカラー」
「……アタマ湧いてんね。あんた」
「あなたの臭いはあの子や委員長と違って、鼻が曲がるようなおぞましさだった。そう――天羽や笠木と何一つ変わらなかった」
「……何を、」
「まじりっけない何者かのつもりで、その実何者でもない不純物」
サクラが、クスリと小さく口だけで嘲笑う。
「それを人間の世界では、わかりやすく。良から不…………不良、というの」




