第32話 崩落・する・灰田愛
◆ ◆
『全員出たんだね?』
『点呼完了です――生徒会の幹部だった陸奥とか佐土原とかが手伝ってくれて、スムーズだったので』
『……! そっか。じゃあ俺達もすぐそっちに向かう』
教師、伏里が携帯電話の通話を切る。
風紀委員の後方支援班は、帰ってきた斑鳩の情報を受け迅速に行動、ようやく灰田愛全生徒の避難を完了しようとしていた。
「全校舎の見回りから報告が来たよ、雛神君。これで後は俺達だけ――」
地響き。
「う、お――!?」
「――!!」
校舎全体を伝う轟音が、夢生達の足をびりびりと震わせる。
レピアや風が「裏」に八つ裂きにされる姿が、夢生の胃を押しつぶす。
「雛神君」
床に足を縫い付けられたように風紀委員室の一角で動かなくなっている夢生に、伏里が声をかけた。
「心配なんだろ? 紀澄さん達が」
「!」
「…………全校舎の中で、唯一見回ってない場所がある」
「……え、」
「うん。西校舎の一階のはしっこ。地下へ通じる階段がある廊下だ」
「! せ――先生、」
「僕は風紀委員会顧問として、運動場で避難の経過を報告しなきゃならない。だから――君一人で、最後にそこを見回ってほしいんだ。できるかい?」
「――――はいッ!! ありがとうございます、先生」
「礼なんていい。むしろずっと尻を叩きたかったくらいさ」
「え――」
「ここは、俺を振り切ってでも彼女らの下に駆け付けるべきタイミングだろ? 何いつまでもこんなとこでボサッとしてるんだよ。早く行け、それでしっかり――女を守れる男になれ」
「――行きます!」
伏里の言葉を背に、夢生は風紀委員室を飛び出した。
包帯とガーゼだらけの体と心で向かうのは、西校舎一階の端――地下へ続く階段のある場所。
(避けていたのは、僕だったけど。僕なんかじゃ、足手まといにしかならないかもしれないけど)
関係がギクシャクしている少女達。
彼女達と離れられて、少しだけホッとしていた気持ちは――そんな「壁」は叫び声が聞こえ、轟音と銃声が聞こえ、地響きがしていくうちに――夢生の心からすっかり剥がれ落ち。
今はただ、二人との思い出が頭をよぎって、仕方がない。
(お願いだ……お願いだから、無事でいて……!!)
駆けるごとに銃声が、轟音が近付き――格子扉を越え、息を整えながら走る勢いそのままにいざ階下へと飛びこもうとしたそのとき――階段が煙を吹いた。
「わぷっ!? ごほ、えほっ!?」
よろけてしまうほどの土煙が吹き荒れ、夢生の体を白くする。
口の中に入った砂を吐き出し、何とか開けた目で階下へ視線を投げ――
「――風ちゃん?」
「ッ……むーくんっ!?」
腹部を押さえ、壁で体を支えながら階段を上がってくる、紀澄風と目が合った。
「風ちゃんッ、どうしたの!?」
「どうしたのはこっちのセリフ! なんで君がここにいるの!」
「お腹ケガしてるの!? 大丈夫!?」
「自分のケガが自覚できてるの!? こんな所にきて、もしケガが悪化でもしたら――」
「いいから答えてよッ!!!」
「――ああもうっ。肋骨が折れてるかもだけど、なんとか歩けるくらい。私は心配いらないよ」
「レピアはッ!? レピアはどうしてる!?」
「わっ、ちょっと――むーくん待って」
「お願いだから教えてよっ!」
「落ち着いてむーくんっ!」
「っ――」
顔を切迫にひきつらせながら、口を開きかけたまま夢生が押し黙る。
風はそんなにレピアが大事かあの女殺してやると思った。
「――ッ!?」
「?」
違う。思わない。
紀澄風はそんなことは、
(……私今、何を――何を考えた?)
「風ちゃん……? や、やっぱり傷が」
「違うっ。違うから大丈夫――レピアは下にいる。まだ無事。でも、」
爆風。
「きゃっ!?」
「風ちゃんっ!」
思わず風に無事な腕を伸ばし、彼女を抱えるようにして倒れ込む夢生。
その上を――――真っ赤なTバックと真っ黒なハイレッグカットボディースーツが、駆け抜けていく。
「っ?! い、いまの、」
「――まだ無事みたいね。でもダメ。今レピアには近付けないよ、むーくん」
片翼を開放しているレピアを呆然と見送る夢生の背で、風がどこか悔しそうにつぶやく。
「私達なんかじゃ、到底ついていけないから――!!」
◆ ◆
灰田愛校舎が、まるでバターのように斬り裂かれていく。
練気を通した霧洩サクラの洗礼武装――片手剣と違い片刃で、つばの代わりにシンプルな曲線のヒルトがしつらえられた、銀色の両手剣。
レピアは双銃を射撃、装填しながら、その刃が届かない距離を保つのが精いっぱいであった。
(小さい方は壊せた――だったらあの長いのも撃ちまくれば壊せるはず、なのにッ)
背後のサクラを見たまま後ろ跳びに廊下を走るレピアの目の前を塞ぐのは――サクラが盾のように持ち運ぶ、ほとんど壊れかけている巨大な十字架。
(壊れそう――このまま押し切れるか――!!)
最後の弾丸が弾かれる。
十字架は、壊れない。
(チョーシのりすぎた――!)
サクラが、ここぞと加速を開始する。
「ちっくしょ――」
レピアが装填しつつ、床を跳ぶ。
階上へ続く階段脇の壁を蹴り継ぎ、体をひねって一息にフロアを移動する。
(大体なんであいつ立ってんのよ! アタシの弾あんだけ正面から浴びてりゃ、骨の何本かイッてるハズなのに――)
二階の廊下に、着地した瞬間。
床下から、刃が、薙ぎ払われた。
「うッ――あああぁァッ!!?」
肩を刃が撫で、血と煙を散らしながら吹き飛ぶレピア。
「鬼ごっこは終わり」
間髪入れず鎖を操り、レピアの射線を塞ぎながら――――十字架ごと天使を両断しようとサクラがロングソードを振り上げ。
背後からの跳弾を、全弾背に受けた。
「ッ 、っ、、 、ァ――!!!」
「さあ。またあんたが鬼」
弾丸の勢いに押されるように、床へうつ伏せに倒れ伏したサクラ。
復帰したレピアが目の前の十字架を蹴り倒そうとし、
「当て返しは、五秒たってからでしょう」
上体だけ起こしたサクラが、一際強く鎖を引っ張り――カチリと、音。
(やっっ――)
十字架の外装がすべて落ち。
(――――っっっばい!!!!!」
中のすべての片手剣が、爆風と共に炸裂した。
「くぅぅうううああああア――――!!!!」
ガラスが割れる。
鉄剣がコンクリートに突き刺さる、突き刺さる、突き刺さる。
レピアが無我夢中でいくつかの鉄剣を打ち落とし撃ち落とすも――いくつかは彼女をかすめ、無数の洗礼が天使の体を痛めつけていく。
怯む体。
辛うじて正面に戻した視界の先で、
「変、態――」
大きく振りかぶり――ロングソードを横回転させながら投擲する、祓魔師の姿。
「――女ッッ!!!」
痛みに慣れたレピアが片足を折り、体を極端に低くする。
レピアの頭上をロングソードが抜け――――窓ガラスを、校舎を支える石柱を断ち切りまくる。
屋根が、ズレた。
天井から小さな瓦礫が落ち始める中――二人の少女が双銃を、構える。
銃声。
戦いが、飽和し。
急速に、収束していく――――




