第26話 あの頃と・同じ・ように
◆ ◆
制服も着替えないままに、夢生はここ二日敷かれたままの布団に倒れ込んだ。
カーテンを閉め切り、暗い室内。
時計の音だけが響く薄闇。
元生徒会副会長、笠木にケガを負わされてからの二日、夢生はずっとこの部屋で横たわっていた。
横たわることしか、できなかった。
(やっぱり体が、おかしい)
もう何度も感じた確信を、繰り返す。
(ケガの具合が悪いのか?)
もう何度も否定した問いを、繰り返す。
(……違う。そうじゃない。解ってることだ)
そうして、分かり切っている答えからまた逃げようとしている自分を、自覚させられる。
そして、今日。
紀澄風と、霧洩サクラと会った時、より悪化した体調。
(もう疑いようがない――――似てるんだ)
〝いいからはい。あーん〟
〝くん……ここが一番……ぅん、ん……〟
(今の距離が、あのときの距離と)
〝はぁ……雛神くんのにおい……はぁぁっ、〟
〝むーくんのお弁当、作ってきてあげる〟
〝作りすぎちゃって。食べてくれたら助かるんだけど〟
(きっとこの距離はもっと近付く、)
〝……誰に作ってもらったの? それ〟
〝……おかしいな。他の女のにおいがするよ〟
〝むーくん、なんでチェーン……誰の靴? 誰か中にいるの?〟
(近付いて、近付いて、近付いて、)
〝むーくんは私のものだよ〟
〝勘違い女。むうくんは私の〟
〝むーはあたしを選ぶよ。選ばないわけない。だって私の初めては全部むーにあげたんだから〟
〝お前は雛神にふさわしくない。消えろ〟
(そして――――!!!!!)
〝大丈夫だよ。
アノ
女共 ハ
私 ガ
始末シテ
ア ゲタカ
ラ〟
玄関のチャイムが鳴った。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ッッ――――ッッハ、ハァーーーッッハァーーッッハァッ、ッぁッは……!!!!!」
(誰だ)
「は……ハァッ、」
(誰が)
「ハァッ、」
(鍵閉めたか)
「ハァッ……!」
(開く?)
「ハァッ、」
(今開く)
「ハァッッ、」
(開いてしまう)
「ハァッッッ、」
(開けさせたら終わる)
「ヤメテ、」
(終わる)
「ヤメテッ、」
(終わる?)
「ヤメロッッっ、」
(終わる)
「もうっっ、」
(また終わってしまう)
「やめてぇっ……!!」
(また――――)
ドアを開けたレピアと。
その直後ドアノブにしがみついた夢生が、目を合わせる。
『――――――――』
真顔のレピア。
顔を伏せてドアノブを持つ夢生。
永遠とも思える時間が流れ、
「よいちょまるーーーーー!」
「デコピン痛ーーーーーッ?!?!」
――る前に、レピアがドアノブを握る夢生にデコピンをお見舞いし、部屋の奥へと吹き飛ばした。
三回転半後転して布団に突っ込む夢生。
「なにすんのさっっ!!(てか力つよッ……!?)」
「は? こっちのセリフだし。人が来てんのにいつまでもドアノブ握ってんなって話」
「押し入ってこないでよっ!」
「へー? それが心配で見に来た天使のレピアちゃんに言うセリフですかーァ?」
「うわっ」
放り投げられたスポーツドリンクをおたおたと受け取る夢生。
レピアは夢生に向け、デコボコとした白いビニール袋を掲げてみせた。
「大体あんだけボコられといて二日で出てくる? アタシとかと違ってヤワな人間なんだから一ヶ月くらい寝とけし」
「留年しちゃうよ……」
「留年なんてあってないようなもんっしょあんなバカ学校。体調悪いのに出てくる意味とか絶対ないわ」
「バ……ていうかレピアも朝から体調悪そうだったじゃん。なんかその、冷たかったし」
「うーわ女子の不調をアレコレ聞く男ってマジサイテー」
「うっ……?!? い、いやあの、それは……ごめんだけど!」
「ぷっ、」
「……え」
「あはは。何あんた、元気そうじゃん。心配してソンした!」
レピアが笑う。
出会った時と変わらない、カラッとした笑顔で。
それがなんだかとても、夢生を安心させた。
「とりま、今日はゆっくり休みなよ。明日までその調子じゃ、コッチの足引っ張られちゃうからね」
「うん。ゆっくり休みたいんだから、今日はシャワーなんて貸さないからねー」
なんだか無性に気分がよくなり、レピアの軽口に軽口を返してみる夢生。
「――――」
しかし軽口は返ってこず。
レピアの声は、それきり聞こえなくなった。
「――レピア?「いやっ、フツーに借りて帰るし!?」
夢生がレピアを見たのと、レピアが夢生の言葉に返答したのは同時だった。
「アタシがっ、あんた相手にそんな遠慮するとでも思ったワケ? なんなら今日、泊まってくからっ」
「…………」
夢生の耳を、レピアの言葉が滑っていく。
何をムキになっているのか、今の沈黙はなんだったのか――問いたくて問いたくなくて、レピアを見たまま体が固まってしまう。
レピアはあの時と同じように、夢生の前で制服のボタンに手をかけ、
「――ねえ、」
「!」
あの時とはまったく違う表情で、顔を赤らめた。
「服、脱ぐんだから。こっち、見ないでよ」
「――――ッ!! ぁ、うんっ! わわ、わかった……!」
慌てて後ろを向き、目の前にあった布団をくしゃくしゃにしながら頭にかぶる夢生。
あのときより小さな衣擦れの音、バスルームの戸が開く音。
しかし心無いシャワーの音は、ひどく目立つ水音を二人の耳に響かせながら、この状況を更に際立たせていく。
黙りこくる、二人。
ゴン、と何かをぶつけたようなバスルームからの鈍い音が、やけに大きく夢生の心臓を叩いた気がした。




