第25話 気持ちに・向き合う・とき
「…………」
壁を支えに、再度崩れ落ちる夢生。
伏里は粗い呼吸を繰り返す夢生を見下ろし、少し時間をおいて話しかけた。
「今、どんな具合だい? 雛神君」
「……ありがとう、ございました、伏里先生。あの人、なんか……おかしくて」
「……早退。したらどうかな、今日は。もともと無理をおして、登校してきたんだろう?」
「……はい」
「うん、じゃあともかく保健室まで移動しよう。俺が肩を貸そうか? それとも……自分で歩くかい?」
「!…………歩きます」
体を、引きずり起こす。
心配そうに見守り、しかし決して夢生に触れないよう距離を保つ伏里が、今はただありがたかった。
自分に何が起きているかは分からない。
だが体調不良には違いない。
何よりも――
〝むーくんは私のだよ〟
きっと今、誰一人とも会わない方がいいから。
〝私のだから〟
今この時、雛神夢生は世界にいないことが、平和だから。
◆ ◆
「担任の先生にも連絡したよ。タクシーも呼んだ。荷物はここまで持ってきてもらうよう、頼んである」
「ありがとうございます……」
上の空で、伏里の言葉に返答する夢生。
保健室のベッドは最近洗濯したのか、どこか洗い立ての、そして陽だまりのにおいがした。
(……風ちゃんが洗ったのかな)
知らず、指が風にばんそうこうを貼ってもらった頬をなぞる。
〝そういうことを軽々しく言わないでよッッッ!!!〟
〝頼むから僕に付いてこないでッッ!!!〟
(……いつか。この思い出も、トラウマになっちゃうのかな)
「男の看病でごめんな。この学校がもう少しまともになれば、養護の先生も赴任してくるようになるだろうから、今は俺で勘弁してくれ。……って、ちょっと下世話な話だったか」
「いえ……よかったです。伏里先生で」
それは本音だった。
何故か伏里相手だと、不調がそれまで以上にひどくなる様子はなかったからだ。
(理由は、たぶん……)
「さっきに比べて、だいぶ体調は落ち着いてきたみたいだな」
「あ、はい……ありがとうございま」
「女の子が近くにいないから?」
「――――」
夢生と目を合わせた伏里がすぐに視線を外し、夢生の寝るベッドの足側を通り、窓の外を見る。
「やっぱりそうなのか……もしかして、女性が苦手なのか? 雛神君は」
「そんなこと――」
「紀澄さんとの言い合い、そしてさっきの霧洩さんとの一件。その時と今の君の様子は明らかに違う。違い過ぎる」
「…………別に、たまたまですよ」
「もし――もしだよ? 彼女達に、俺に知らない所で何か酷いことを――」
「たまたまだって言ったでしょうッ!?」
「――……」
「風ちゃんも霧洩先輩も関係ないんですッ!! あくまで僕個人のッッ――」
「……個人の、か」
「ッ……!」
「探りを入れるようですまない。実は、少し君のことを調べたんだ。君には、生まれたころから親御さんがいない。ただでさえ大変な環境の中で、君は自分の家から一番近い公立高校に行かず、わざわざ灰田愛を選んだ。それはどうして? 君が、灰田愛に来た理由は何なんだ?」
「…………!!」
「…………いや、やめよう。ごめんね、少なくとも体調の悪い今、君を問い詰めるべきじゃなかった。でも覚えていて欲しい」
窓際の伏里が、上半身だけをベッドから起こした夢生と目を、合わせる。
「同じ男だからこそ、理解できることも、力になれることもあるかもしれない。俺はいつでも、雛神君の味方だ」
「……先生、」
「いつでもいい。話したいと思った時には話してくれ。もちろん、相手は俺じゃなくたっていい。雛神君が一番、気兼ねせず話せる相手がいれば――」
〝アタシとあんたの仲じゃん〟
――よく分からない言葉を、思い出したのと。
保健室のドアが開かれたのは、同時だった。
(――レピア――!?)
「!? あれ……男子に持ってきてもらうよう、伝えたつもりだったけど」
「……別に。頼んで、代わってもらっただけ。――むー。荷物持ってきた。どうしたってのよ、ホント大丈――」
「ありがとう」
「!? 雛神君――」
「ホントに助かったよ」
ベッドから起き上がり、荷物を受け取り、夢生が保健室を出る。
レピアとは、一度も目を合わせないまま。
予想外のことに目を見開く少女を、横目に。
◆ ◆
「……デリカシーのないことを聞くようだけど。ソプラノカラーさんは、今雛神君とケンカ中なのかい?」
「デリカシーないと思うなら聞くなし。踏み込んでくんな」
「おっと、ごめんよ。でも少しだけ聞いてほしい。雛神君に関することだ」
「……何」
「雛神君、ミーティングの後で、紀澄さんとお昼を食べてたんだ」
「それが何?」
「どうも、その途中かららしいんだ。雛神君の様子がおかしくなったのは」
「……様子がおかしい?」
「うん。急に体調が悪そうになって、手を貸そうとした相手を激しく拒否してしまう。紀澄さんにもそうだし、通りかかった霧洩サクラさんにも、はねつけるような態度だった。本人が言うには、彼女達が原因ではないらしいんだけど」
「……じゃあなんで?」
レピアが伏里を見る。
伏里がレピアを見た。
「分からない。僕も聞くことはできなかった――でも今、彼には誰か『話を聞いてくれる人』が必要な気がする」
「気がする、って」
伏里の言う『話を聞いてくれる人』が誰をさすのか思い至り、伏里から目をそらすレピア。
伏里は苦笑して頬をかいた。
「教師のカンだけどね。君は最近ずっと、雛神君と一緒にいた。一番近くで、雛神君を見ていただろう?」
「別にっ、そんな言うほど――」
「あっ、こんな話をしたことは雛神君には内緒でね。俺も彼に嫌われたくはないから」
「…………」
「そんなわけで……一度。しっかりと彼の目を見て、話をしてみたらどうかな」
「……指図すんなし」
保健室を出ていくレピア。
伏里はそれを、小さな笑顔で見送った。
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