第22話 接近・心・フクザツな
『灰田愛第七高等学校に暴力団笠木組の構成員が侵入、生徒に大けがを負わせる』。
「灰田愛」の名を持つ教育機関が、一瞬とはいえお茶の間を賑わせたのは、戦後初めてのことであった。
大量の救急車、パトカー、そして逮捕者。
校内が落ち着きを取り戻すまでには二、三日を要した。
しかし、逆に言えばたった二、三日。
灰田愛に影響力を持つ各界の大物達の手により、事態はあっという間に鎮静化し――――騒ぎから四日目には、すでにどんなメディアにもこの事件は取り上げられなくなっていた。
今やこの騒動をひそひそと話題にするのは、灰田愛直接の関係者だけである。
「むーくんっ!」
風紀委員室。
風紀委員長、右こめかみにばんそうこうを貼った紀澄風は、二日ぶりの雛神夢生を出入り口に認め、一番に席を立って駆け寄った。
「ふ、二日ぶり。風ちゃん、みんな」
「おお……満身創痍とはこのことだな」
口元にあざを作っている、風紀メンバーの桐山が眉をひそめる。
夢生は元生徒会副会長、笠木に人質にとられ痛めつけられた末、真っ向勝負で殴り合った結果――目を覆いたくなるほどのケガを全身に負ってしまっていた。
教師の伏里がめがねのフレームを右手で持ち上げながら、ホッと息を吐く。
「立てない、とかではないんだね。よかった、本当に」
「ご心配おかけしました」
「顔も腕もガーゼだらけじゃねえか。見えてんのかその右目」
「あはは……なんとか」
「どのぐらいかかんの? この右手は」
「いてっ、触っちゃだめですって田井中先輩っ。全治一ヶ月くらいって言われました」
「折れてたん?」
「主に付け根らへんに、何か所かヒビが」
「いーねぇ、俺ァ見直したぜ雛神! 顔も切られたんだろヤクザに」
「はい。ここが一番傷深くて、四針縫いました……」
「四針も……!」
「男の勲章だな!」
「斑鳩先輩! むーくんは先輩方とは違ってっ」
「い、いいからいいから風ちゃん。えっと、確か風ちゃんは……僕の折れた歯、見つけてくれたんだよね」
「あ……うん。くっつきそう?」
「接着可能って言われたから、今度また歯医者に行く。ほんとにありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ。……でも、」
風がまじまじと夢生を見る。
「な、何?」
「顔色。青白くって全然元気ないように見えるけど。本当に登校して大丈夫だったの?」
「あー、そうかな? うん、大丈夫……だと思うけど。ケガしすぎてるせいかな」
「男ならそれでよしッ!」
「斑鳩先輩」
「はい」
「ま、出てこないわけにはいかないよな。――明日でいよいよ、生徒会との戦いが終わるかもしれん、となればな」
「……はい。ちゃんと話し合いには参加しようと、こうしてなんとかお昼には登校してきました」
「――よし。始めるか、委員長」
「うん。むーくんもいるし、手短に済ませます。さあむーくん、こっち」
「え?」
「手。かして」
「いや、席につくのくらい一人――でっ!?」
「無理しない」
風が夢生の左腕を取り、テーブルの席へと案内する。
「ふ、風ちゃん恥ずかしいってば――」
「君は私のために戦って、そんなケガをした」
「!」
「だから君が治るまで、私がしっかりと面倒を見る。見させてほしい。大切な風紀委員会の仲間なんだから」
「あ……」
「へっ、雛神の野郎顔赤くしてやがる」
「俺らももっとひどいケガしとけばよかったすね」
「田井中」
「ッス」
「レピアも早く席について。どうしてそんな所でじっとしてるの?」
「……いや。なんかお取込み中だったみたいなんで」
「え?」
風が声を投げた方向、風紀委員室の出入り口を夢生が見る。
部屋の窓に外側からよりかかっていたらしいレピアが体を起こし、出入り口に立って夢生を見た。
「……レピア?」
「おはよ。やっと来たか」
「お。おはよう」
二日ぶりのレピア。
なんだかいつもと違って大人しいギャルに、夢生は少し緊張しながら言葉を返した。
「ったく。病院言う前に救急車で連れてかれちゃうし。見舞いにも行けなかったじゃん」
「ご、ごめん。連絡もできなくて」
「つかもう出てきて平気なワケ? その体」
「うん。もう大丈夫だよ。心配かけたね」
「別に? 心配しまくってたのはむしろ地味子だから」
「そ、そっか」
どこかそっけないまま、それ以上絡むでもく、レピアが夢生を通り過ぎて席に着く。
斑鳩と田井中が顔を見合わせ首をかしげたりする中、風は目を閉じて鼻から小さく息を吐き、話し始めた。
「まず、先日生徒会派に伝えた『降伏勧告』だけど。これには応じてもらえなかった」
「そうか。まあ、そうなるか」
「よって私達風紀委員会は――最後の作戦を実行します」
「しゃあッ!」
「いよいよかー」
意気込む生徒会メンバー。
最後の作戦――文字通り、灰田愛を牛耳る生徒会派との最後の戦いが始まるのだ。
「すでに、学校の99%の施設は奪還しました。残るは生徒会室――地下一階の、『保管生』特別隔離区画だけです」
「通称『保管生特区』……いよいよその姿を拝めるってワケだな」
「あの、風ちゃん。保管生特区って……?」
「昔、灰田愛の生徒は皆『保護観察及び厳重管理』が必要な生徒、略して『保管生』と呼ばれてたのは知ってるよね? その保管生の中でも、特に教育が必要な生徒を収容、徹底的な『再教育』を行っていた場所が保管生特区。まあ、早い話が監禁して拷問するフロアってことね」
「ご。拷問って……!?」
「まともな学校らしい場所だとは、思わない方がいいわ。地下のほとんどの部屋は鉄格子のある牢屋になっていて、ありとあらゆる拷問器具がそろえてあるといわれてる」
(都市伝説でも聞いてるみたいだ……)
「そのあまりの非人道性から、灰田愛がGHQの管理下に入って真っ先に、保管生特区は放棄されることが決まったそうよ。……まあその後あっさり、灰田愛の生徒によって再稼動するわけだけど」
「さ、再稼動?」
「ええ。保管生特区には灰田愛全体にある、保管生を隔離・捕獲するためのシャッターや隔壁を操作することができる部屋があるのよ。それが今、生徒会室として使われてる場所」
「アタシん家に降りてきたシャッターもそれかー。マジウザかったアレ」
「あなたの家じゃないけどね?――まあそんなわけで、抜け道や回り道も無い。正面から、まっすぐに最奥の生徒会室まで攻めるしかない」
「全面戦争になる、ってわけか……向こうも必死だろうしな、厄介だぜ。こっちは集められる数にも限りが――」
「大丈夫ですよ」
桐山の言葉をさえぎるように、夢生が笑ってレピアと風を見る。
「風ちゃんとレピアがいるんです。きっと大丈夫」
「!……」
「……そうね。むーくんが言うなら、そう信じてもいいかな」
「……風ちゃん」
(……なんかいい雰囲気じゃないすか。あの二人だけ)
(まあ、俺らは過去が過去だし、雛神は頑張ったからな。しょうがねーよ)
(ケッ。ナンならさっさと付き合っちまえ)
生暖かい目、肌寒い目。
色々な視線を受けながらも、夢生は風と一緒に笑い合えるのが嬉しかった。
「当日のメンバーと人員配置は、前回話した内容から変更はありません。体調を整えて、各々準備をして……明日、どうぞよろしくお願いします」
『応!』
『はいっ!』
「じゃあ、これで最終ミーティングを終わります。お疲れさまでした」
解散となり、パラパラと風紀委員室を出ていく面々。
「――?」
何も言わず、一人で出ていこうとしているレピア。
夢生は思わず話しかけた。
「あれ――ね、ねえ。レピア?」
「……何?」
レピアは肩口から少し夢生を見るだけで、完全には振り返らない。
まるで夢生が知るレピア・ソプラノカラーではないようで――彼女の様子は間違いなく、二日前とは違っていた。
「あの……なんかあったの?」
「……別に? ホラ後ろ」
「え?」
「地味子が話しかけたがってるよ。応えてあげれば?」
「風ちゃ――ちょっと待ってて、って――」
夢生がレピアに向き合うより先に、彼女は一人で部屋を出て行ってしまった。
夢生の背後にいた風も、あっけにとられる。
(……お腹が痛い……わけじゃなさそうね。なら原因は――……まったく)
「ねえ、風ちゃん。この二日で、レピア何かあったの?」
「……さあ? どうしたのかな」
「そうか。雛神君にも分からないのか」
レピアが去っていった出入り口を見ながら伏里。
「伏里先生」
「彼女、笠木君との争いが終わってから、だんだん気落ちしてるみたいでね。雛神君なら何か知ってるかと思ったんだが」
「いえ、何も……どうしたんだろ」
「はぁ。むーくんっ」
「! あ、ああ、ごめん風ちゃんッ! えっと、何か用事?」
「今日、お昼はまだ?」
「お昼? うん、買ってきてはいるけど、まだ」
「そう。それじゃあ、」
風は少しだけ、首をかたむけてみせた。
「私とお昼、一緒に食べない?」
「…………ゑ???」
◆ ◆
(ッ……クソ、)
廊下を早足に歩きながら、レピアは手の平で眉間をおさえた。
〝レピア・ソプラノカラーは――雛神夢生が好きなんじゃないの?〟
(何を意識してんだ、アタシはッ……!!!)




