第16話 当惑・奇襲・人質
◆ ◆
「サイズはどう?」
「ねえー、背中あいてるやつなかったの?」
「サイズを聞いたんだけど。あとなんで下を先に脱いでるの」
「別に女同士ハズいこともないじゃん。アタシお尻もキレイだから妬いちゃうのは分かるけどねー♡」
「サイズ」
「へーへー、胸は多少キツいけどちゃんとおさまってますよっと。ホレ」
「よかった。……本当に大きいのね、あなた」
「妬くなってー」
「妬いてない」
「ねー背中あいてるのなかったの?」
「早く着なさい!」
宿直室内。
サイズが十分であることを確認した風は、自分のスタイルに絶対の自信を持つこの疲れる女から一刻も早く離れようとドアを開け、
「はーぁ。あの水着の方がいいなー。むーの奴にももっと見せびらかしてやろうと思ったのに」
「――――」
開かれたドアの向こうで、止まった。
「……へえ。そのための水着だったんだ」
「は?」
レピアが怪訝な顔をし――こちらも止まる。
(……アタシ……今なんて言った?)
「ずっと不思議だったの」
「――何が」
「あなたがむーくんと一緒にいる理由」
「だから何が」
「でも今ので少し納得」
「いやあんた何言――」
「私とむーくんをやたらくっつけようとしてるみたいだけど、」
風の目が、険しい顔のレピアを捉える。
「あなた、本当にそれでいいの?」
「――ホント、」
――一瞬。
ほんの一瞬言葉に詰まった自分に、レピアはとても、困惑した。
「何も知らないクセにウゼぇんだけど。お前」
「ええ。だからこれはちょっとした仕返し。むーくんの代わりに」
「は?」
風がドアノブを離す。
扉が閉じていく。
「不公平でしょ。むーくんばかり気持ちを暴露されて。だから私が言ってあげる。レピア・ソプラノカラーは――」
「地味子ッ、」
「雛神夢生が好きなんじゃないの?」
――――ドアが、鳴る。
レピアが開けようとして。
風が開けさせまいとして。
ドアのわずかな隙間から、制服の少女と半裸の少女が視線をぶつけ合う。
「照れてる顔。かわいいね」
「あんたっ……!!」
「体感してみるといいわ――あなたが言ったことが本当かどうか」
「何言って――」
〝こういうのはね、最初にガツンと意識させておかないといけないの。そっから相手が意識し始めるってこともある、間違いない!〟
「――――あんなスゴ〇ン情報、テキトー言ってるに決まってるでしょっ……!!!」
閉まるドア。
鏡の中で当惑に染まる自分の顔に、レピアは何度も水をぶちまけた。
「――っぷはぁっ! あーもうムカつくクソ地味子!!! プールに来たら絶対突き落としてやる!!!」
ガバッと水着を着込み、胸を出来る限り集めて寄せて上げ、鼻息も荒く宿直室を出ようとするレピア。
そんな彼女の頭上から、けたたましいサイレンが鳴り響いたのと。
雛神夢生が背後からスタンガンを食らい倒れたのは、同じタイミングだった。
「……何が『やるときゃやる』だ。やれるわけねえだろ、こんなクズが」
スタンガンを片手に。
生徒会副会長、笠木は笑った。
「約束だ。二度と立てなくなるまで潰してやるよ。紀澄風」
◆ ◆
音に動揺したレピアの目の前で、三重のシャッターがドアを完全に封鎖する。
(!!? 閉じ込められたっ!?)
とっさに対面の窓を見たレピアだったが、時すでに遅し。
両方の窓に、今まさに三重シャッターが下りた直後だった。
「勘弁してよ、何が起きてんのよ……!!?」
◆ ◆
「大変だッ、紀澄さん!!」
「――伏里先生? そんなに慌てて……何なんですか、このサイレン。宿直室の方から聞こえるような――」
「はぁ、はぁっ……すまない。雛神君がさらわれた!」
「! 生徒会にですか?」
「いや――――プールを取り巻いている、暴力団達にだ!」
「!? ぼ――暴力団ですか?」
「いつどうやってあの数が入ってきたのか――ともかく気付いた時にはみんな囲まれていて。守り切れなかったっ、本当にすまない……!」
「他のメンバーは無事なんですか?」
「ああ、雛神君だけが逃げ遅れた。いやむしろ、雛神君だけを狙っていたような――」
「むーくんは痛めつけられて?」
「逃げるとき、背後でスタンガンの音がした。たぶん気絶させられて……」
「…………分かりました。伏里先生にいくつか指示があります」
「何でも言ってくれ」
「まずレピア・ソプラノカラーです。彼女に間違っても、勢いでプールに来ないよう釘を刺しておいてください」
「だ、だが彼女が怒って勝手に行動してしまうとしても、君と一緒にいた方が戦力にはなるんじゃ――」
「逆です。彼女まで、人質で動けない状態にされては手詰まりになります」
「……人質……!!」
「そして警察に連絡を。暴力団がからむとなれば、警察も介入できるはずです」
「分かった。他には?」
「放送で、プール付近に近寄らないように声かけを。避難誘導と校内安全確保はすみませんが、先生と桐山先輩にお任せします。以上です――プールには私が一人で」
「な……ちょっと待ちなさいっ、紀澄さん一人に危ないマネは――っ!」
駆けていく風に、伏里の制止は届かなかった。
◆ ◆
「――そういうことだ。灰田愛は昔、手に負えない臭いものに蓋をするためだけの後ろ暗い施設だった。危険因子を隔離するための隔壁やシャッターがいたる所にある。その制御室が、今の生徒会室ってワケさ」
「……う……?」
「万一そこから出てきても相当消耗してるはずだ。その時数と武器で囲みゃあさすがに抵抗できないだろ。後は煮るなり焼くなり好きにしろ。ああ、ぶっ壊したら動画とって送れよな、拡散すっからw」
ぼやけていた視界がはっきりしてくる。
場所はプールサイド、敷地奥側にあるベンチ。
手を使って起き上がろうとし――背後で結束バンドにより結ばれ、自由が利かないことに気付く。
下げた視界、首から自分の学生証が下げられていることも分かった。
周囲では強面の男達が、ニヤニヤと夢生をのぞき込んでいた。
(なんだ……何が起こったんだ? この人達は――)
「やっと目ェ覚めたかよ。腰抜けチビ」




