第12話 風ちゃん・レピア・むーくん
『!!?』
――これには、さしもの風とレピアもギョッとした。
「……すん。すん――ん、」
最後に、夢生の横を通り過ぎようとしていた、霧洩サクラ。
背も夢生と同じくらいであろう彼女がすれ違いざま、スッと彼の首筋に顔を寄せ――――夢生の肩でその豊満な胸が潰れるのにも構わず、彼のにおいを嗅いだのである。
「ん……すんすん……んん、」
「はっひゃっほっ、っは、はぁァ……!?!?!???」
「き――、霧洩先輩っ、」
「ちょっとあんた、マジ何やってん――」
首筋に突如押し寄せた鼻息吐息に息を吸うことを忘れる夢生。
止めるに止められず頬をわずかに赤らめうろたえる風。
レピアがサクラの肩をつかむまで、その謎のくんくんは続いた。
「――――――――」
「……………………」
前髪の分け目から片目で、サクラがレピアを見る。
戸惑いを隠せない様子で、レピアがサクラを見る。
「………………」
やがて音も無く、眼鏡さえも前髪で覆い隠し。
霧洩サクラは、天羽達の後を追っていった。
「……何。あいつ……ガチで変態なんじゃないの?」
「ひ、雛神君。しっかりして、呼吸して。大丈夫? 特に何か――」
「た。たいちょぷてす……」
「ッ、しっかりしろこのムッツリむー!」
「いたいっ?!」
「レピア・ソプラノカラー。暴力――」
「あんたもいつまでフルネーム呼びだしっ!」
「今更でしょう。お互い様だし」
「やりにくいっつってんの、これから協力してやろうってんだから。感謝してよ!?」
「……え?」
「れ……レピア?」
風が、続いて夢生が目をぱちくりさせる。
空気を悟ったレピアが顔を赤らめ、夢生を叩いた。
「いった?!? なんで叩くのさっ!」
「うっさい、元はといえばあんたが先に言うことでしょーがなんでアタシが先だし! マジなんなんこの空気恥っず!」
「……あなたは雛神君のためだけに……」
「その言い方やめい。んで事情変わった。あんなダサいムカつく奴らにいつまでもデカい顔させたくないからアタシもやる。面白い奴らの集まりかと思ったら、シャバいのはどっちだっつー……あんたもやるよね、むー!?」
「えっ! ぼ、僕が??」
「だから強要は――」
「あのシャバい会長は、ここから数週間で地味子を叩き潰すっつってた」
「!」
「アタシは別に地味子がどうなろうがいいけどさ。あんたはそれでいいの? 地味子が叩き潰されて、その後どうなっても、そうやってビクビク見てるっての?」
「ぴ……?」
「だ……だから紀澄さんは、強いから別に、」
「昨日アタシに怒ってたむーはドコ行ったんだよ!」
「!」
「地味子が強いからとかどうでもいいの! あんたは何も思わないのかって聞いてんの!」
「――――!!」
〝むーくん〟
……そんなことは、少年も何度も考えた。
でも、
〝雛神君〟
それを言葉にするのが怖かった。
〝むー!〟
今の関係が壊れてしまうのが――――壊してしまうのが、怖かった。
自分の言葉で、行動で何かが決定的に損なわれてしまうことを、夢生は恐れていた。
(でも、もし――――僕が関わらないことで損なわれてしまうものが、あるとしたら?)
少年の中を反響する自問。
だが答えなど出ている。
少年はとうに、
〝それ以上ッ、風ちゃんのことを悪く言うなッ!!〟
とうに、守ることを始めていたのだから。
「――――僕だって風ちゃんを守りたいっ!!」
「!」
「――――それが答えでしょ。いつまでウジウジしてんの。ホラッ!」
「わっ……!」
背を押され、紀澄風の前に立つ雛神夢生。
あわてて目元のよく解らない涙をぬぐい、――きょとんとした顔の風を、意を決し見つめる。
「……雛神君、」
「ッ――っ紀澄さん! 僕――風紀委員会に入るよ! 今度は僕がっ、君を守るから!!」
「・・・。……」
「…………アッぃや、えっ? 今ぼく守ッ、エッ??!? あぁご、ごめんなさいそうじゃなくってッ!! 守るとかナニ言ってんだろタハハ、」
「オイ」
「僕が言いたいのはあの、そう、風紀委員になって紀澄さんの仕事を手伝いたいとかそういうことで、」
「ナニ言い訳してんのここまできてッ! オトコがガタガタ言い訳すんなしっ!」
「いい言い訳とかじゃ――」
「ぷっ、」
「――え?」
「あ?」
灰田愛の、誰も見たことがないような笑顔で。
紀澄風は、笑った。
「あははっ……締まらないね。どうせならカッコつけておけばいいのに」
「へ……へぇっっあはは、ハハハほんとその通――」
「……ありがとう。むーくん」
「――――――――ゑ?」
「おっ……」
硬直する夢生。
虚を突かれたレピア。
風は少し照れ臭そうにはにかみながら、改めて夢生を見た。
「名前。さっき呼んでくれたでしょ。それもいいかな、と思って」
「そ――そそそそ、それって?!!?!?」
「これからは、同じ風紀委員だし。よかったら君も――――レピアも、私を名前で呼んでくれないかな」
「は――ハァ?! アタシも!? 別にアタシは風紀に入るとか言ってないし! つか初手から塩かったあんたが今更何手のひらドリル――」
「でもむーくんの為に戦うんでしょ? だったら一緒じゃない。ね? むーくん」
「そ――そうだねっ!! 入ってくれるよねっ、レピア!!」
「アッこの、むーのくせに!!」
「あはは……力を借りるわ。これからよろしく、レピア。むーくん」
「うん、うん……! よ、よろしく。ふ――風ちゃん!」
――このような、青春な経緯でもって。
夢生とレピアは、晴れて風紀委員会の一員となったのである。
◆ ◆
とある廊下。
「……でも実際どうすんだよ。無策だろ。このまま手ェこまねいてたらマジ潰されるぞ」
「いい。俺に任せとけ」
「任せててこの数か月どうなったッつってんだよ!!」
「黙れ笠木!――――俺の力を知らねぇわけじゃねえだろ。黙って見てろ」
「………………知ってるから言ってんだろ。七光り野郎」
去り行く会長の背を、副会長は苦々しく睨み。
霧洩サクラはその後ろで、胸の上でリボンを揺れ弾ませながら、
「……くさい」
そう、小さくつぶやいた。




