第3話「対決!宿命のライバル」
キマシティウスは、吸収された多くの種族(の美少女)からなる、(美少女だけの)多民族国家だ。
男は宇宙を乱す悪魔という考えは共通しつつも、地球の文化そのものを全否定する者ばかりではない。
ジョーゼットと並ぶキマシティウス四天王の一人「シアラ」も、その一人だ。
「………やはりブラックはいい、心が引き締まる」
埼玉県都心にて、地球人に混ざって優雅にカフェでブラックコーヒーを楽しむシアラ。
シアラは無論女性なのだが、青紫色の髪は短く、胸も大きくなく、スラリと背が高く、一見すると男性的である。
それが、シアラに女性でありながらも「王子様」のイメージを持たせ、人々を魅了している。
所謂「男装の麗人」というやつだ。
某歌劇団の男役とも言っていい。
現に今も、道行く乙女達はシアラを見て振り替えっている。
………が、そんなシアラには、恋人がいないという悩みがある。
高潔すぎる故に、回りを謙遜させてしまうからだ。
「私は………どんな相手を恋人にするのか………はたまた、恋人なんて出来ないのか………」
憂いを帯びた表情で、空を仰ぐ。
その時。
「待ち合わせに遅れちゃう~っ!」
気の抜けた声と共に、パタパタと駆けてゆく足音が聞こえる。
不意に、シアラが顔を上げると。
「な………ッ!?」
その時、シアラに電撃走る。
そこに居たのは、シアラの目に見ても美少女にしか見えないような存在。
ピンクのロングのワンピースに赤いカーディガンを羽織り、肩まで伸びたブラウンの髪を揺らしている。
一言で言うなら、春の似合う美少女。
そんな印象を与える。
「間違いない………私の運命のお姫様だ」
シアラは確信した。
あの人物こそ、自らの運命の相手に違いないと。
「お釣りはいらないから!」
「えっ!?」
シアラはカフェの店員に、コーヒー代として入手経由不明の一万円札を渡すと、走り去ってゆく「運命の人」を追って、町中を颯爽と駆け出した。
………思えば、この時シアラが、ワンピースから透けて見える「運命の人」の体格を見て何か違和感を感じていれば、運命は違ったかも知れない。
………………
走り去る「運命の人」を、シアラは必死に追いかけた。
せめて、名前だけでも聞こうと。
………これでは、ただのストーカーである。
顔のいいシアラがやっているからこそ、恋愛物の1ページとなるのであって、そうでなければ通報物である。
「居た………!」
そして、シアラはついに「運命の人」に追い付いた。
だが。
「お待たせ~!待った~?」
「おお、俺も今来た所ー」
シアラに、二度目の電流が走った。
なんと、その「運命の人」は、男と待ち合わせをしていた。
シアラは、キマシティウスの中でも穏やかな部類だ。
もし、これが単なる彼氏彼女の待ち合わせなら、諦めがついた。
問題は、その男である。
「あいつは………ジーレックスのパイロットの!?」
そこに居たのは、何度もキマシティウスのリリィナイトを倒してきた、スーパーロボット・ジーレックスのパイロット。
鳳翔太朗、その人だったからだ。
シアラは、立場上ジーレックスと何度も戦った事がある。
その上で、翔太朗の隣にまりんがいる姿を何度か見ている。
「あいつ………恋人がいながら、彼女に手を………!」
シアラは、まりんが翔太朗の彼女か何かだと認識していた。
故に、翔太朗が「運命の人」と話をしながら隣を歩いている様は、どう見ても浮気である。
………さて、以前述べた通り異性の付き合いを見る事にすらストレスを感じるキマシティウス。
それが、男が不倫、浮気、またはハーレム状態になっている様を見て、思う事は何か。
答えは簡単。
「殺意」である。
………………
さて、そんな殺意を向けられている事など知らず、翔太朗はその「運命の人」と楽しそうに歩いていた。
「久々の休みだからね、楽しまないと」
「だよなー、休みじゃないとスカート履けないもんな、弥生」
「運命の人」………もとい「夜鷹弥生」と、ショッピングモールに入ろうとする翔太朗。
ここだけ見れば、完全にデートである。
その時。
「そこまでだァッ!!」
「うわっ!?」
突如、翔太朗と弥生の間を引き裂く閃光。
気がつけば、翔太朗の隣にいた弥生の姿はない。
弥生が居るのは、翔太朗の眼前。
それも、ある人物に抱き抱えられている。
「お前は………!」
「覚えていてくれたか、ジーレックスのパイロット!」
そこに居るのは、白いタキシードのような服を着て、仮面を被ったシアラの姿。
これが、キマシティウス四天王としての彼女の正装であり、言わば戦闘服だ。
「彼女は預かった、返して欲しければ食碗地高原まで来い!」
「何ッ!?」
「逃げるなよ!」
翔太朗が引き留める間もなく、シアラは弥生を抱えたまま、何処かへと飛び去った。
翔太朗に、決闘の約束を残して。
………………
食碗池高原。
埼玉の郊外に位置するここは、何の変哲もないだだっ広い野原である。
シアラがここを決闘の地に選んだ理由は、ビルのような邪魔をする物が無いからだ。
『弥生ちゃん、だったっけ?見ていてくれ、君を傷つけるあの男を叩きのめしてやる』
「いや、あの………」
離れた安全な場所にいる弥生に、シアラは自らの乗機に乗ったまま話しかける。
リリィナイトは、基本的にはパイロットを必要としない無人機である。
だが四天王に限り、高い性能を持つ搭乗型のリリィナイトが与えられる。
シアラの乗っている、天使の翼が生えたような姫騎士のようなリリィナイト「アンジュリア」もその内の一つ。
シアラの戦闘スタイルに合わせて、剣を装備した機体だ。
『………来たか』
ズシン、ズシンと、足音を立てて、ジーレックスが食碗池高原に姿を現した。
ジーレックスとアンジュリアが戦うのは、これが初めてではない。
これまでも何度も対峙して、その度に決着がつかず、今にいたる。
言ってみれば、翔太朗とシアラ………もっと言えばジーレックスとアンジュリアは、ライバル同士でもあるのだ。
『………ジーレックス、お前は男だが、素晴らしい戦士だと思っていた』
アンジュリアが、剣の切っ先をジーレックスに向ける。
『だが………見損なったぞ!』
シアラが目を見開くと共に、アンジュリアはジーレックスに向けて突撃する。
叩き込まれた剣の一撃を、ジーレックスはその強固な腕の装甲で受け、ガキンという音と共に火花が散る。
『何の話だ!?』
『とぼけるなッ!貴様、恋人が居ながら別の女に手を出して!』
『はあ!?』
だが、やられるばかりのジーレックスではない。
鋭い爪をナイフのように振るい、アンジュリアの剣を逆に押し返す。
『俺に恋人はいねーよ!だが………その女ってのは弥生の事だな!?』
『恋人はいないだと!?白を切るつもりか!!』
『事実だよ!そもそも弥生は………!』
『問答無用ッ!!』
しかし、やはり相手は訓練されたパイロット。
ジーレックスの爪は、簡単に弾き返されてしまう。
再び、優位に立つアンジュリア。
恋人は居ないとしらばっくれている(と思われている)翔太朗に対するシアラの怒りもあり、その攻撃は苛烈を極めた。
『やはり貴様も、所詮は汚らわしい男!宇宙を汚すゴミクズがァァァ!!』
瞬間、アンジュリアの剣から雷のような光が走り、光の剣となってジーレックスに叩き込まれる。
アンジュリアの必殺技「セイントサンダー」が、炸裂したのだ。
『があ………ッ!』
大破こそしなかったものの、ジーレックスはその場にズウン、と倒れる。
それにより衝撃波が走り、地面が揺れる。
「きゃっ!」
安全な所にいた弥生だったが、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
『ああっ!弥生ちゃん!?』
それを見たシアラは、直ぐ様アンジュリアで弥生の元に駆け寄った。
そして、見てしまった。
『な………!?』
シアラに、三度目の電流が走った。
尻餅をついた事で、弥生のスカートがめくれ、その中身が丸見えになってしまっている。
当然ながら、スカートの中には弥生のパンツが見える。
リボンのついた、可愛らしいデザインのパンツである。
………だが、パンツの中央辺りが、モッコリと盛り上がっていた。
普通、女の子の股には穴しかない為、これ程にはならないはずだ。
しかし、シアラの見つめる先にあるそれは、見間違いでも幻でもない。
『や、弥生ちゃん………君は………!?』
「あ………きゃっ!」
パンツを見られている事に気付いた弥生が、恥ずかしそうに隠す。
よく見てみれば、弥生は女の子と言うには肩幅が若干広く、ワンピース越しに見えるボディラインもどっしりしていて、よく聞けば声も少女と呼ぶには若干低い。
『ふう………ようやく気付いたか』
固まるシアラを前に、立ち上がったジーレックスから呆れたような翔太朗の声が響く。
『弥生は彼女でも恋人でもねぇよ、そもそも弥生は………』
やめてくれ。
言わないでくれ。
心で懇願するシアラだったが、翔太朗はその残酷な真実を告げた。
『男だぞ?』
そう、弥生は確かに女の子のような見た目と思考ではあるが、肉体的には女の子ではない。
弥生は、女装した男なのだ。
もっと言えば、「男の娘」と呼ばれる存在なのだ。
『う………うわああああああああ!!!!』
よりによって、男を運命の人だと思い込み追い回していた。
この真実はシアラにとって耐えられる物ではなく、半狂乱になり、寄声を挙げながらアンジュリアは空の彼方へと飛び去ってゆく。
「………何だったんでしょう、彼女」
『ううむ、悪いヤツではないと思うんだが………』
決着こそつなかったが、結果的にアンジュリアが逃走したので、ある意味勝ったとも言えた。
食碗池高原の決闘は、こうして終わった。
………………
それから、少しして。
ショックが大きすぎたのか、シアラはしばらく、自室に引きこもる日々が続いた。
「シアラ様………」
「運命の人と思った相手が男だったのよ、そりゃショックよ」
シアラを心配するメイド達だが、当のシアラはというと。
「………男の娘かぁ」
布団の中で、携帯を片手にネットの女装・男の娘の画像を漁っていた。
たしかに、ショックは大きかった。
だがどうやら、目覚めてしまったようである。
そして、男性嫌悪が基本のキマシティウスに、一人の例外が生まれた瞬間でもあった。