第2話「恐怖!キマシティウスの卑劣な罠」
宇宙。地球の軌道上。
そこに浮かぶ、シャンデリアのような巨大できらびやかな円盤………すなわち、UFO。
ぶっちゃけ、世界各国から核ミサイルでも飛ばせば簡単に撃滅できる場所にあったのだが、彼女等が日本に釘付けになっている事をいい事に、アメリカも、ロシアも、中国も放置状態にある。
彼女達は、宇宙の美しさを守る者達。
そこは、美しき乙女達の花園。
男子禁制の、美しき乙女達の愛を育む場所。
名を「宇宙女学院キマシティウス」。
………と、ここまで言えば聞こえはいい。
だが、この作品が百合作品ではないように、彼女達もそんな上品な存在ではないのだ。
宇宙の美しさを守ると言ってはいるが、やっている事は他の惑星の文明や生態系を、己の美意識でジャッジするという物。
彼女達の美意識にそぐわなければ、その圧倒的軍事力を持って滅ぼす。
美意識にそぐえば、無理やり仲間に引き込む………つまり、侵略をする。
美少女と百合と綺麗なロボットで舗装しているだけで、ぶっちゃけやっている事は野蛮な宇宙海賊系敵勢力や、昭和のスーパーロボットや特撮ヒーローの敵陣営と変わらない。
いや、侵略の自覚がなく、自分達の行動が宇宙の為になると思っているだけ、ベタな悪役より厄介かも知れない。
「地球………なんて美しい星でしょう」
キマシティウス母艦の、「百合の間」と呼ばれる、最高司令官の部屋にて、彼女は展望モニターに映る地球を前に、その美しさに酔いしれている。
この、一般的な百合漫画・アニメ特有の、どこぞの真・三段変形ロボットのような尖った肩の制服に、きらびやかな装飾をつけた彼女こそ、このキマシティウスの最高権力者。
「お姉さま」の称号を持つ、銀髪の美少女の姿をした異星人「サンアコール三十世」だ。
「だが………キィィッ!」
先程まで微笑んでいたサンアコールは、途端に怒りの表情を浮かべる。
その理由は。
「あの美しい星には「男」という雑菌が住んでいる………それに、少女達は何の疑いもなく純潔を捧げる………嘆かわしい!許せないッ!!」
キマシティウスの美意識で、最も醜いとされるのが「男」である。
有性生殖をする生物の内、オスに分類される方の事である。
どれぐらい醜いと思われているかというと、サンアコールの幼稚園で「良い男は死んだ男だけ」と教えられる程である。
某種運命の青いコスモス並みのレベルだ。
そんな男と、サンアコールの美意識で美しいとされる女が会話するだけでも、彼女達はストレスを感じる。
生物の機能に従い、夫婦となって子供を身ごもる事など、彼女達からすれば到底許せる事ではない。
「ジョーゼット!ジョーゼットはいるかッ!」
「はっ!お姉さま!」
サンアコールの呼び掛けに応じ現れたのは、金の髪をツインテールにした、いかにも百合漫画で庶民出の主人公に嫌がらせをする意地悪な悪役令嬢と言った感じの美少女。
胸も性格も貧相そうだが、なめてはいけない。
彼女は、地球攻撃の為の指揮を任されている四人のエリート「キマシティウス四天王」の一人「ジョーゼット」なのだ。
「地球の男物共を皆殺しにするいい手はなくてッ!?」
「ははっ!ではまず、地球攻撃に邪魔なジーレックスを倒せばよろしいかと思いますわ!」
「ジーレックス………やはり!キィィッ!」
本来なら、キマシティウスの軍事力を持ってすれば、地球攻撃など容易い。
それが出来ないのは、ジーレックスに自軍の戦力であるリリィナイトを次々と倒されているからだ。
………なら、攻撃目標をジーレックスのいる日本以外にして、そこから攻撃すればいいのではないだろうか?
「ジーレックス撃退の為の新しいリリィナイトは用意してありますわ!後はお姉さまの命令があれば、すぐにでも!」
「そうですか………ふふふっ!」
対ジーレックス用のリリィナイトが完成したと聞き、サンアコールがニヤリと笑う。
「ではジョーゼット!命じます!ジーレックスを見事撃退していらっしゃい!」
「はっ!サンアコール様!!」
今、ジーレックス撃滅の命を受け、新たなるリリィナイトが、地球に放たれた!
………………
所は変わって、ここは鳳研究所。
「緊急事態って何だよクソジジィ」
「博士と呼ばんか博士を」
「こちとらテストの最中に呼び出されてんだぞ、補習確定だぞどーしてくれる」
「まずはこれを見るのじゃ」
今の学生にとってテストというのは、卒業や将来にも関わる重大な物。
だが、将来ニート生活が出来る程の金を支払っているからお前には関係ないだろと、鳳博士は翔太朗を無視して話を続ける。
『ご覧下さい!キマシティウスのリリィナイトが町に現れました!』
モニターに映るニュースは、キマシティウスのリリィナイトが町に出現した事を報道する物。
………なのだが、画面に映ったリリィナイトの姿を見て、翔太朗は呆然とした。
そこに居たのは、いつもの美しい騎士のようなロボットではない。
ぬいぐるみ。そうとしか表現出来なかった。
何らかのマスコットキャラクターのぬいぐるみを、そのまま大きくしたような巨体が、町のど真ん中に現れたのだ。
「………何これ」
「見ての通りじゃ」
「いや、見ても解らんのだが?」
翔太朗の反応は当然の物だ。
悪のロボットが現れたと聞いて、そこに居たのはバカでかいぬいぐるみ。
困惑しない訳がない。
「とにかく放っておく訳にもいかん、翔太朗よ!ジーレックスで迎撃するのじゃ!!」
「へいへ~いっと」
そんな調子で、翔太朗はジーレックスに乗り込み、スーパーロボット特有の手間のかかるワンダバな感じで出撃してゆくのであった。
………………
「オホホ………我ながら完璧な作戦」
ぬいぐるみのようなリリィナイト「ラッコン」を、上空の円盤………母艦を小型化したような、やっぱりシャンデリアのようなデザインのUFOから見下ろしながら、ジョーゼットはほくそ笑む。
「ジーレックス………貴方は貴方の守るべき市民によって殺されるのですわ!」
ジョーゼットの作戦はこうだ。
ジーレックスはラッコンを前にして戸惑うだろうが、リリィナイトなので攻撃するだろう。
それを見た市民は「かわいいラッコンを攻撃するなんて!」とジーレックスを責める。
ジーレックスが攻撃できない事をいい事に、ラッコンは一方的にジーレックスを叩き潰す。
過労で中年男性が1000人死んだ事よりも、猫が虐待されていた事を大事にして騒ぎ立てる、地球人の習性を上手く突いた作戦である。
「お嬢様!ジーレックスが来ました!」
「ついに来ましたわね!」
配下のメイドの報告の通り、ラッコン目掛けてジーレックスが走ってくるのが見える。
町を壊さないよう50mの巨体を上手く走らせているが、このラッコンと敵対した時点で、彼がヒーローの座から転げ落ちる姿が、ジョーゼットには見えている。
今ここに、至上最悪の出来レースが始まる………はずだった。
ずしゃああっ!!
「………へ?」
次の瞬間、ジョーゼットとメイド達は唖然となった。
確かに、ジーレックスはラッコンを攻撃した。
いや、攻撃されるのは想定内だ。
だが、ジーレックスは。
もっと言えば、そのパイロットの翔太朗は。
何の躊躇いも見せず、ジーレックスの拳でラッコンをぶん殴ったのだ。
「ちょ………ちょ!?どういう事ですの?!」
以降も、ラッコンの反撃すら許さず、ジーレックスはラッコンを殴り、噛みつき、攻撃を続ける。
いくらこの作品が逆張りと風刺の籠ったブラックジョーク作品だとしても、明らかに趣味が悪すぎる。
たまらず、ジョーゼットは外部スピーカーでジーレックスに呼び掛ける。
『ちょっと貴方!?かわいいラッコンを一方的に攻撃して恥ずかしくありませんの?!市民の目が見えませんの!?』
するとジーレックスは、ラッコンを痛めつけるのを一端止めると、ゆっくりと円盤の方を向く。
『………大方、こいつの外見を利用して、俺を孤立させる作戦だったようだがな』
同じく外部スピーカーで返す翔太朗の言葉からするに、どうやら翔太朗はジョーゼットの作戦を見抜いていたようだ。
なら、何故ラッコンに対して攻撃を仕掛けたのか?
誘いに乗るような物なのに。
その答えは、あまりにも悲しい物だった。
『そんな事しなくてもジーレックスは立派な大衆の敵なんだよ!!余計なお世話だったなァ!!』
嘲るような、そしてやけくそになるかのような翔太朗の叫びと共に、ジーレックスの鋭い牙がラッコンに食い込んだ。
そう、わざわざジョーゼットが何もしなくても、ジーレックスは鳳研究所と合わせて、世間からは「悪」として認識されていた。
日本で金持ちが個人所有している兵器として、叩くに叩かれていたのだ。
そんなジーレックスが、今さらラッコンを惨殺したとて、対して評価は変わらない。
『俺が!命がけで!!戦っているのに!!!どいつもこいつも好き勝手言いやがって!!!!』
怒りを込め、翔太朗はガチャガチャとレバーを倒す。
それに合わせて、ジーレックスはラッコンを踏みつけ、噛み切り、引き裂く。
内蔵したビームもミサイルも披露できず、ラッコンはボロ雑巾のようにズタズタにされてゆく。
そして、ラッコンが動かなくなった事を確認し、ジーレックスがその口を大きく開いた。
『食らえ!プラズマブレス!!』
GAEEEEEEEEEN!!
ジーレックスの口から、高熱のプラズマを噴出する熱線砲「プラズマブレス」が放たれ、ラッコンに着弾。
途端に、ラッコンは大爆発を起こした。
既に、ジョーゼットの円盤の姿はない。
おそらく、ジーレックスの残虐ファイトに耐えられず、逃げ帰ったのだろう。
そこには、炎上するラッコンの残骸と、ジーレックス。
そして、町を守るために戦ったハズのジーレックスに、非難の声を挙げる市民達が残された。
「………虚しい勝利だ」
身内以外、誰からも称賛されぬ勝利に、翔太朗は深くため息をついた。
………この戦いが、ジーレックスを叩く為の悪意のある編集を施され、芸人が吠え散らかすだけのやかましいお昼のワイドショーで流された事は、言う間でもない。