第9話「来訪!宇宙からのカフェ」
川越市には、宇宙人の基地があるという。
いつの頃から囁かれ出した事かは解らないが、本物の宇宙人であるキマシティウスの侵略が始まった今となっては、既に忘れ去られた都市伝説である。
………………
そのカフェは、まるで身を隠すかのようにひっそりと佇んでいた。
飲み物を売る店として、人から見えない場所にあるのは致命的だが、問題はない。
そもそも「ヒト」に向けた店ではないからだ。
まあ、人間も時々訪れるのだが。
綺麗に整頓されたカウンターに立つのは、年若い男。
短い黒髪の、いかにも日本人青年と言った雰囲気で、コーヒーを入れるコップを磨いている。
若すぎるが、彼はこのカフェのマスターである。
そして彼の背後には、食器やコーヒー豆の他に、ケージに入ったペットと思われる虫達。
と言っても、コオロギのような虫ばかりで、客のコーヒータイムを邪魔するような気持ち悪さはない。
………そもそも、ペットではないのだが。
カランカラン
ドアが開き、入ってくる人影に視線をやるマスター。
そこには。
「やあ、マスター、やっとるかい?」
鳳博士だ。
どうやら、この店の常連のようだった。
鳳博士の顔を見ると、マスターは安心したかのように笑う。
そして。
「皆、出て来ていいよ」
マスターが呼び掛けると、ケージの中に居た虫がうっすらと発光し、やがて光になってケージの外に飛び出してきた。
そんな、90年代のような演出を経て、虫達は大きくなり、姿をも変える。
光が晴れた時、そこに居たもの。
それは、確かにシルエットは大体人間に似ていたが、複眼のような目と、二本の触覚。
昆虫や甲殻類な特徴を持った身体と、まるで日本の特撮に出てくる虫の怪人か、海外映画の宇宙人を連想させる。
が、滑らかなボディラインと、ふっくらと柔らかなシリコンのバストが、ジャパニーズHENTAIの心を刺激する。
「あーっ、ようやく外に出られたーっ!」
「身体が固まるかと思ったよ………」
そんな、昆虫少女としか言えないような異形の美少女達は、人間がやるように身体を伸ばす。
「さ、皆、博士をもてなして」
「「「はぁ~い!」」」
マスターの呼び掛けと共に、昆虫少女達は、一斉にコーヒーの準備に取りかかる。
そんな彼等を、鳳博士は笑みを浮かべながら見守っている。
「相変わらず美少女揃いじゃのう、ソーマくん」
「あげませんよ、皆俺の妻なんですから」
「わかっとるよ、ロマンだと思ったのじゃ、ほほほ………」
この青年、名は「ソーマ」と言う。
昆虫少女達は各々「ミア」「ハビ」「セレ」「メロ」と言う名を持っている。
見た目で解ると思うが、ソーマを含む彼女達は、地球の人間ではない。
アンドロメダ銀河を起源とする「モース星人」と呼ばれる種族。
男は地球人に似るが、女は昆虫人間のような姿をし、一夫多妻のハーレムを形成する生態を持つ宇宙人。
そして………過去に「ハーレムは醜い悪である」とキマシティウスの侵略を受け、滅びた種族でもある。
一部は生き残り、彼等のようにひっそりと過ごしている。
「この地球も、住みにくくなりましたよ………皆、互いを監視しているみたいで」
カウンターに座る鳳博士にコーヒーを出し、悲しげな顔で愚痴をこぼすソーマ。
キマシティウスの侵略が始まったというのもあるが、今の社会全体がどんどん排他的になっていると、ソーマは言う。
たしかにテレビを見ていても、不倫だの不祥事だの、挙げ句の果てには贅沢をしたからと、他人事でしかない事を必要以上に晒しあげ、集団で叩くような風潮が出来てしまっている。
疑惑が上がっただけで、攻撃するのだから始末が悪い。
今は平成だというのに、中世のどこぞの国の魔女裁判とやっている事が変わらない。
死刑にこそしないが、自殺するまで追い詰めるので、何の違いもない。
「知り合いの宇宙人も、既に出ていってしまって………カフェの売上も、すっかり落ちてしまいました」
地球に潜伏している宇宙人は、モース星人だけではない。
侵略や母星を失った等で、行く宛もない宇宙難民達が、正体を隠して多く隠れ住んでいる。
このカフェの客層も、鳳がジーレックスを作る為の技術提供を受けたのも、そんな宇宙人達だ。
が、上記のような社会の変容や、地球がキマシティウスに目をつけられた事により、地球を去る宇宙人が後を絶たない。
「明日にはここも、閉める予定なんです」
「………お前も地球を去るのか?」
「経営も苦しいですし、最近キマシティウスの奴等の監視も厳しくなりましたからね………」
そして、ソーマ達も地球を去る。
客層であった宇宙人も去り、キマシティウスが攻めてきた地球は、もはや安住の地とは言いがたい。
「すまんのう、ワシらがもっと頑張っていれば………」
「いえ、ジーレックスはよくやってくれてますよ、お礼を言いたいぐらいです」
じっと、鳳博士は名残惜しそうに、おそらく最後になるであろうソーマ作のコーヒーを見つめる。
「このコーヒーも見納め………いや、飲み納め、か………」
口に含んだソーマ特性ブレンドの味は、ほんのり甘く、丁度よく苦かった。
………………
そして、その日は来た。
時刻は朝8時。
カフェの看板を店内に仕舞い、ソーマはふうとため息をつく。
思えば、この星に来て10年。
様々な思い出の詰まったこのカフェを閉めるのは心苦しいが、この星では生きていけないと考えると、仕方がない。
今日にはもう、ソーマ達はこの地球を去る事になっている。
寂しそうにため息を吐き、ソーマが戻ろうとした、その時。
………ズウウンッ!
突如響く轟音と、突如走る揺れ。
まさかと思い、外に飛び出すソーマ。
『ケケケケケケッ!ここに隠れているのはわかっているでありますよ!モース星人!』
そこに響くは、キマシティウス四天王・イザベラの高笑い。
そこに現れたのは、イザベラの操るリリィナイト「メガッサ」。
スリムなシルエットに槍を持ち、大きな耳のようなアンテナを頭に構えたロボットだ。
本来は、強化された通信機能でチームの指揮をする為の機体なのだが、今はメガッサ一機しかいない。
理由は不明だが、イザベラが自分達を探している事は、ソーマにも解った。
「ソーマ、あいつは………」
不安そうに見つめる、ミア、ハビ、セレ、メロ。
ソーマは彼女達を背に、外へと向かう。
「ど、どこに行くの!?」
「あいつを止める!皆は脱出の準備を!」
ソーマは駆け出した。
妻達を、キマシティウスの毒牙から守る為に。
『ニーッシシシ!さあ出て来るであります!』
メガッサーが、耳からビームを放ち町を破壊する。
相手は50mの巨大ロボット。ソーマが立ち向かうには無理がある。
だがソーマも、考え無しに飛び出してきたわけではない。
「………はああっ!!」
瞬間、ソーマの身体は光に包まれ、巨大な姿に変わる。
………モース星人の雄の姿は、人間と変わらない。
しかし、仲間や妻達を脅かす外敵に立ち向かう時、その姿は巨大な、雌のような昆虫人間の姿に変わるのだ。
『現れたでありますなぁ?醜いモース星人!』
『貴様が言えた事か、侵略者め………!』
蝉の顔をした、巨人。
これが、モース星人の雄だけが持つ、戦闘形態である。
『アンタを倒して、アンタのハーレムを百合色に染め上げてやります!』
『そんな事はさせない!!』
メガッサーとモース星人の、戦いが始まった。
どちらも人型に近い外見な事もあり、その戦いはアクション映画か格闘ゲームのような、アクロバティックな物になった。
しかし、次第にモース星人が押されていく。
理由としては、モース星人ソーマが戦いと無縁な一般人である事に対し、メガッサーを操るイザベラは軍人である事。
それこそ、シアラやリーガルのような武闘派にこそ劣るが、それでも多くの侵略戦争を生き抜いた、キマシティウスの四天王。
経験が違うのだ。
『そらぁっ!!』
『ぐああっ!!』
メガッサーが耳ビームを放ち、その直撃を頭に受けたモース星人が倒れる。
グロッキー状態のモース星人に、メガッサーはトドメを刺そうと迫る。
『終わりでありすなぁ?薄汚いハーレムキング!!』
イザベラの罵声と共に、メガッサーが耳ビームの充填を始める。
モース星人の頭を吹き飛ばすには、十分な威力だ。
モース星人は、自らの最後を悟る。
脳裏に、妻達と出会い過ごした記憶が、走馬灯として走った。
………が、耳ビームがモース星人を貫く事はなかった。
『ロケットクローーーッッ!!』
飛来した拳の、否、爪の一撃が、耳ビームを放とうとしたメガッサーを弾き飛ばしたのだ。
『おがああああッ!?』
メガッサーが吹き飛び、ビルへ倒れる。
何事かと驚くモース星人の耳に、ズシン、ズシンという地響きが聞こえてきた。
地震ではない。
これは、足音だ。
GAEEEEEEEEEN!!
咆哮と共に、翔太朗の操るジーレックスが姿を現した。
『ジーレックス!?』
『ジジイから話は聞いてる、助けるぜ!』
撃ち出したロケットクローを腕に戻し、倒れたモース星人を庇うように、ジーレックスが立ち塞がる。
『お………おのれジーレックスゥゥゥ!!』
やけくそを起こしたイザベラは、メガッサーに耳ビームを乱射させながら、ジーレックス向けて突っ込む。
しかし、モース星人と違い、耳ビームではジーレックスは怯まない。
所詮は、後方指揮の為のロボットだ。
『食らえ!プラズマブレェェェス!!』
ジーレックスから吐き出されるプラズマブレスが、メガッサーに直撃。
スパークが散ったかと思うと、メガッサーは大爆発!
イザベラを乗せた脱出ポッドが、炎上するメガッサーを背景に、宇宙へと消えてゆく。
GAEEEEEEEEEN!!
勝利の咆哮をあげるジーレックス。
その背後で、よろよろと立ち上がるモース星人。
その隣には、ミア達を乗せた、カブトガニを彷彿させるモース星人の円盤が。
『ありがとう、ジーレックス………そして、さようなら』
最後にソーマの声で語りかけ、モース星人と円盤は、宇宙へと向けて飛んでゆく。
その様を、ジーレックスと翔太朗は、ただじっと見守っていた………。
………………
それから、しばらく。
既に閉店した、モース星人達のカフェ………だった空き家の前で、翔太朗と鳳博士は缶コーヒーを飲んでいた。
「昔は、色んな奴がおったもんじゃ………」
鳳博士が思い出すのは、かつての時代。
モース星人だけでなく、様々な宇宙人、種族がそこに居た。
「今は多様性と言いつつ、自分達が受け入れられない物は排除しにかかる………」
「時代に合わない、ってな」
鳳博士の言った通り、多様性を大事にするというのは口先だけであり、その実は様々な物が排斥されているのが現状である。
モース星人達のようなハーレムも。
そして、翔太朗のようなスーパーロボットに乗る子供も。
時代の流れ、と言えばそれまでなのだろう。
けれども、古い時代の人間である鳳博士は、それに哀愁を感じずにはいられない。
「………地球が、宇宙人達が戻ってくるような星に戻ってくれると、いいのう」
「今のままじゃ、無理だろーな」
「じゃろうなぁ」
やがて二人は、その場から去る。
モース星人ソーマと、その妻達の地球での物語は、終わった。
けれども、彼等の物語はまだ続いているのだ。
………………
………その頃、宇宙を飛ぶ一つの白い光があった。
それが、地球に最大の危機をもたらす事は、この光を含めて、今は誰も知らない。