ハニートラップ。
スパイを潰す話です。
<<ヒャンド共和国・大統領府>>
「デルタ新型艦の情報はまだか」
「支援艦内部で整備しているので全く情報が取れていません」
ヒャンド共和国セミョーン大統領はディスティアの旗艦フロストを業火級4隻だけで沈めた事に衝撃を受け、その高性能な戦艦の技術情報を喉から手が出るくらい欲し、今日も朝からその事で諜報部の責任者を呼び付けていた。因みにセミョーンは横に長いチョビ髭を生やし、人相は平たくとても貧素だったりする。
「言い訳は聞きたくない、搭乗員は探し出せないのか」
「守秘義務契約も課しており、身元も隠ぺいしていまして困難を極めております」
業火級の搭乗員は半数以上が傷病者なので、支援艦と病院の往復になり見つかる事は無く、健常者に至っては外出の際に届出を行い諜報部の監視付き、そもそも身元を特定できていないので尾行すらままならない。しかしセミョーンはそんな事お構いなしに「何としてでも情報を手に入れろ」と指示を出し、言われた責任者は困惑気味に「お時間を頂けたら幸いです」と答えるのが精一杯だった。
「我が国ならあの小さい船くらい、作り方さえ分れば簡単に作れる筈だ」
簡単に作れるとセミョーンはドヤ顔で豪語するものの、自国の造船技術では旧型の駆逐艦を作るのが関の山だ。しかし業火級は《《5万トン》》と小さく勝手に作れると思い込んでいるのだろう。そもそも基礎技術や素材研究など地味な技術を軽視する傾向が強いこの国では、業火を作るのは不可能に近い。責任者の男はそれを分かっているのか遠い目をしていた。
ーー
<<デルタ国・ジェフの私室>>
奴隷解放のニュースが流れた翌週、ディスティア帝国が突然、数100名にのぼる奴隷解放を行い一時騒然となりその話題で持ちきりで、その熱も冷めた頃、ジェフはクリスを私室に呼び出していた。
「星団会議で突き上げられる前に開放するとは、アイツの考えじゃ無かろう」
「新たに配属された准将が意見したと噂が流れています」
ヴァル海戦で総司令官のアロイスを始め多くの士官が戦死したため、ディスティア軍は人事の再編成を行い司令補の多くが昇進を果たしていた。その中の正義感の強い奴が傲慢なセオドールに対し、血気盛んに意見をしたのが今回の開放の始まりだと噂され、ジェフは「真面目な奴が存在したんだ」とポツリと呟くと、クリスはあの真面目で強面のルドルフを思い出していた。
「それにしても最近、気持ち悪いくらいに静かだな」
「ヴァルの件が重なったのも一因と思われます」
狂犬ディスティアも直ぐさま戦いを挑めば全星団の反感を買う恐れがあるのと、ヴァルでの損失を補うために今は軍備に忙しいのが実情だ。2人ともこの機に攻め込みたい気持ちが沸くが、敵の第1艦隊が半壊しただけでは困難が予想され口にはしない。
「クリス、アレに関する情報漏洩は無いよな」
「情報は流出はありませんが、彼の国の動きが活発になっています」
彼の国の諜報部はヒャンド出身の技術者に接触して協力を要請したり、偽IDを作り技研に侵入して逮捕者を出していた。
「あの国は何を考えているのだ。呆れて何も言えん」
「既に2人逮捕されていますので、流石に違う方法を試してくると思います」
ディスティア侵攻を防ぐ要石の役割が無ければ、直ぐにでも切り捨てたいところだ。不機嫌なジェフは彼らを”G”と呼び、クリスに駆逐しろと勅命を出した。
ーー
度重なる失敗でセキュリティーレベルが上がり、手も足も出せなくなったヒャンド諜報部はハニートラップに方針転換するも、容姿端麗な女性が多いデルタでは並の美貌ではその役目は果たせなく、ビョルリンという美女を投入する事になった。
<<司令本部近くのバー>>
「そろそろ現れるかしら・・」
ビョルリンは小顔で堀が深くお目目ぱっちりの金髪美人さん。張りのある大きな双丘と、引き締まったくびれに色気あるむっちりとした尻を持ち、まるで何とか姉妹を彷彿させる容姿を持つ。それを隠すような清楚な服に身を包みどこかの令嬢風に偽装していた。因みにヒャンド人は「平たい顔族」と揶揄される程に、双丘を含め高低差が無いのが特徴的で、何故にハニトラが得意なのかは色々とお察し下さい。
「今日も一杯ひっかけて帰るか」
バーの片隅でサングラスをかけ目立たぬ様に対象者を待つビョルリンは、とある男がカウンターに座ると、研究者が掛けそうな丸い伊達眼鏡に変え、黒いカーディガンを脱ぎお色気作戦を開始する。
「あらお兄さん、1人で寂しそうね」
「まあそうだが何か用事か」
その相手とは業火級のエンジンを手掛けるフランクという技術士官だ。しかし中身は変装したキースで、アーレイのとある悪戯作戦を実行するために嘘情報を流し、互いに接近している状態だったりする。
「それなら私と一緒に飲まない?」
艶かしい表情を浮かべながらビョルリンがグラス片手に近づいて来る。隣に座ると眼鏡に指を掛け、キラリと光らせる演技は手が細かい。
「暇だしいいよ、君の名はなに」
初日は他愛のない話に終始すると共に、フランクに余り興味が沸かない体で終わりを迎える。ビョルリンの設定は《《清楚系リケジョ》》なので、ファーストコンタクトで咥える様な雰囲気はご法度なのだろう・・。
<<司令本部>>
「それにしても絶世の美女だな(笑」
指令本部にキースが戻って来ると、2人の様子を監視していたアーレイはニタニタと笑い、既に可笑しくて仕方なさそうだ。
「ほんとお前は悪戯好きだな(笑」
ムチムチとしたボディーを清楚系の洋装で誤魔化したとしても、リケジョとしては些か無理がある。2人を観察していたアーレイは「対艦ミサイルの《《炸薬》》について聞いてみて」とキースに連絡を入れ、問われたビョルリンは予習の範囲外だったらしく、しどろもどろになり腹を抱えて笑っていたのは内緒です。
「まあ適当にやってくれ、いまマドックに頼んでオモチャの準備をしてる」
技術を盗み見る事を前提にヒャンドに対し悪戯を企てるアーレイは、お仕置きに全力を注ぐのだった。
<<翌々日・バー>>
「こんばんはフランク、またお会いしましたね偶然かしら?」
「こんばんはビョルリン」
間を開けてバーを訪れると案の定ビョルリンが姿を現し「奇遇ね運命かしら」と思わせ振りな態度を取りつつ微妙に距離を詰め、気がつけば肩が触れ合うくらい近くなっていた。
「ねえ、仕事はなにしているの?」
「ん、知りたいのか?」
そして探り合いが始まり「知らない相手じゃ親密にはなれないでしょ」とか言って色々聞き出そうとする。フランクは架空の人物だがちゃんと経歴も役職も全て設定してあるので、それに沿って「新型艦のエンジンを弄っている」などと業火の事を匂わせていた。
「兵隊さんは強靭なんでしょ素敵な身体かしら」
「実戦経験のない技術系だけど鍛えているぞ」
その日は思わせぶりな態度に終始してフランクの食い付き具合を見つつ、根掘り葉掘り互いの話で終わりを迎えた。
<<1週間後・デルタ繁華街>>
最初に飲んでから既に1週間が経過しバーで飲んだ回数は軽く5回を超え、もういい加減、諜報部の動きに変化があるだろうと予想されていた・・。
「あら偶然ねフランク、今日は非番なの」
「いや任務明けだよ、これから部下と食事だ」
実際、早番明けで早めに街に繰り出すと、チャンスと踏んだのか街中で声を掛けられた。先ず間違いなく本拠地にご招待するだろうと予測すると、案の定「夜はバーで飲みませんか」とお誘いが来る。快諾するとニッコリと笑みを零し「いつもの酒場の先にあるラララ・ライトで待ってる」と言われその場で別れた。
ーー
<<ラララ・ライト近くの雑居ビル>>
「アーレイ、本拠地に招待されたぞ」
「長かったな〜逮捕者がでたから慎重になっているんじゃね」
ビョルリンと別れたフランクは尾行がないことを確認した後、とある雑居ビルの一室に入る。その場所はヒャンドの本拠地であるバーを監視するための部屋で、既にアーレイが待っていた。
「それよりオモチャは完成したのか」
「ちゃんと守ってやるからさ、寂しいなら一緒に行くぞ(笑」
冗談を言いつつアーレイは大きなケースを開け、悪戯用のアンドロイドを起動させてキースの隣に立たせた。
「お前の作戦はホント悪戯レベルだよ、そっくり過ぎて気持ち悪いわ」
「ほれ、ヘルメットを被って動かしてみてくれ」
変装したキースと瓜二つのアンドロイドは遠隔操作タイプで、自立型Aiは搭載しない。これは偽の情報を渡すためにクローン用の人工脳を利用しているためだ。そして業火級で使用している同じバーチャルヘルメットを被り、早速リンクさせる。
「凄いな、なんか夢を見ているようだよ」
痛点などの全ての感覚が伝わってくるものの、バーチャル世界の中で自分を動かしていて実感がわかないのだろう。椅子に座り操作するキースは途中何度も首を傾げていた。
「さて、時間になったら頼むぞ」
「ああ、それまで慣れないとな」
バーに行く時間までまだ数時間はあり、その間、慣れるために歩き回ったりグラスを持って酒を飲む振りを繰り返し、方やアーレイは実用不可能と言われる特殊なエンジン設計図の最終チェックを行いその時を待つ。
<<数時間後・ラララ・ライト>>
「お前が肩に乗ってるって変だな」
「まあそう言うなキース、俺が支援するから」
バーチャル世界の中では小さなアーレイが肩に乗ってキースを支援することになっている。まああのアニメに出てくる羽の生えた女の子を想像すると分かりやすいだろう。そしてラララ・ライトと描かれた重厚なドアを開け中に入る。
「いらっしゃいフランク、何飲む?」
「こんばんはビョルリン、強いヤツあるかな」
リクエストを出すと封を開けてない琥珀色のボトルが目の前に置かれ、それをビョルリンは手慣れた手つきでグラスに注ぎ、同じものを嗜もうとしている。まあこの後に昏睡して疑われないための小細工だろう。間違いなく彼女は阻害薬を服用している筈だ。
「それじゃ再会を祝して」
意味深な笑顔でグラスを合わせるビョルリンは今宵口説いて良いわよを体現するように、ピッタリとフランクに身を寄せ豊満な胸を腕に押し付けていた。
「楽しそうだなキース、しかしここまで改造しているとは(笑」
「うわぁ〜人造人間かよ(呆」
ビョルリンの身元を洗い整形前の映像を見せると、余りの変わりようにびっくり仰天してしまう。まあ田舎娘がゴージャス美人に化ければそう反応するのが普通だろう。そうこうしているうちに睡眠導入薬の分析結果が出てくる。
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「薬物は遅延型で完全昏睡するには30分ほど」
「サンキュー」
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「遅延性なんで20分後に顔を少しずつ酔っ払い顔に変更するわ」
「応!」
アンドロイドがどんなに酒を飲んでも吸収されることがなく酔うことはない。なのでアーレイはタブレットを開き本物の酔っぱらいのように赤ら顔に設定変更を行い、昏睡するまで暫しビョルリンとお付き合いすることにする。
<<30分後>>
「そろそろ昏睡する時間だな、いきなり寝ても構わんぞ」
「わかった」
薬が完全に効き始める前にカウンターに突っ伏したり、大あくびを何度もして眠くなる体の演技をするフランクは最後にビョルリンにもたれ掛かるように寝た振りをする。
「ねえフランク大丈夫」
「zzz」
ゆさゆさと肩を揺らし寝入った事を確認するビョルリンは、カウンターの男を一瞥すると「やっと寝たわね、さあ始めましょう」と言い、すると店の奥から数人の男が記憶遡行装置と共に姿を現した。
「長い時間はダメだ、エンジン関連の設計図の検索だ」
記憶遡行装置なるものを弄りだし、フランクの頭に電極を取り付け手早く装置を動かすと、モニターには脳波の高い順に検索結果が出る。もう少し緻密に調べたいところだが後遺症が出て記憶が抜かれたことがバレてしまうので、そそくさとダウンロードを済ませる。
「これは次期業火級に搭載するエンジンですかね」
「どこの国も開発できていないマイクロ・ブラックホール機関ではないか」
設計図を一目見た技術者は顎が抜ける程驚いている。それは理論上、実用化出来るかも知れないと言われる「ブラック・マター」を利用した超高出力機関だ。デルタですら何度も実験に失敗して時期尚早と言われるような代物で、もちろんヒャンドの科学力で組み上げれば大事故に見舞われること間違いなしだ。
「そろそろ覚醒したフリをして撤収するぞ」
「ああ、わかった」
昏睡していたフランクが徐々に目覚め始めると、装置を弄っていた連中は大慌てで片付けを始め店の奥へと退散していく。ビョルリンは元の位置に戻ると何もなかったように密着していた。
「ちょっと寝てしまったよ、ビョルリン悪かったな」
「疲れているんじゃないの今夜は駄目そうね」
先程の情熱的な態度が一変し、少し困惑した表情を浮かべるビョルリンは情報を抜き終わり、もう用済みらしくあからさまに態度が変わっていた。フランクは眠気が襲っている体で目をこすりながら「今日はもうお開きだね」と語り店を後にする。
<<司令本部>>
店を出ると監視部屋に戻り、ログアウトしたキースは偽装のマスクを取り外し、アーレイと共に司令本部へと戻る。
「キースご苦労さん」
「アーレイあの偽情報のエンジンは何なんだ」
「一応組めるブラック・マターエンジンだけど、臨界点手前で爆縮を起こす代物だよ」
アーレイが準備していた設計図はデルタが組んだものとは違い、全くデタラメとは言わないが、危険過ぎて取り扱い注意の代物なのだ。
「デルタの情報で事故ったら何かしら文句行ってくるぞ」
「大丈夫だ、パーツを抜いたから絶対起動しないよ」
起動させなければ意味がなく「どうやって仕返しするんだ」と言われると「楽しみはこれからだぞ、あいつらは困り果てるから」と笑って話す。アーレイは頃合いを見計らい工科系発表会の場で偽学生からエンジンの設計図を買い取らせ欠陥品を作らせると豪語する。
「正に悪戯ここに極めるだな、ほんと容赦ないな」
「ふん、面白いだろ」
熱っぽく語るアーレイの表情はまるで悪戯好きの子供の様だった・・。
宜しければブクマとか評価とか待ってまーす。




