最終話 まってるよ
ぐるっと目を空一面にやると、ファルコンは言いました。
「あそこなんだね」
「そうだよ」
「じゃあ、僕とりにいかなくちゃ」
「…………そうだね」
言葉に色がつくならば、ハンスの言葉は青く深く染まっていきました。
「ファルコン……」
「ハンス」
ファルコンはハンスに次の言葉を言わせなかった。ただニコリと笑いました。
「ありがとう」
『あ!』
ハンスは思いました。ファルコンの目が蒼く変わっていったのです。ひすいのような緑の瞳は光りを吸い込んで透明な輝きを見せはじめ、蒼く生き生きと、きらきらと揺れ動きました。
ハンスはこの色を知っていました。くまの瞳の色に似ていました。そしてファルコンの両親の目の色そのものでした。
ファルコンの両目に今までうつらなかったハンスの姿が出現しました。ファルコンの体から青い炎がはなたれました。
全て刹那のことでした。
自分の言葉が大気に消えるのを待たず、ファルコンは見えなくなりました。
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ぽてり。
音がしてくまのぬいぐるみが倒れ、ハンスは我にかえりました。くまを支える暇はありませんでした。
くまは今やただ月に照らされて、鼻の先だけがひんやり光っておりました。
ハンスは気づきました。今日は満月ではなかったのです。
昨日よりも少し、端っこのかけた黄色い月。
倒れたカンテラの火は消えていました。
ひょうひょうと木のこすれる音がしました。
ハンスは黙ってくまを拾いました。そして歩き出しました。
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ファルコンの両親にくまを返してしまうと、ハンスは森へかえりました。
ファルコンの星は不思議なことにくまのお腹から消えていました。
最初から何もなかったように綿がつまっていたのです。
あれから毎日ハンスは待ったけれど、誰もドアをたたくものはいませんでした。
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ハンスはときどき夜一人で散歩をします。
頭上にはいつも一面星がまたたいているのでした。
『ファルコンは……』
ハンスは同じことを考えるのでした。
『どの星を目指してのぼっていったのだろう』
ぐるりと首を回しては、ファルコンの星をさがすのがハンスの習慣になりました。
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とうとうハンスはその星を見つけました。
蒼い蒼い星です。くまの目のような蒼い星です。ファルコンの星はきっとあれです。空に一等美しいもの。
『ファルコン、天上は、楽しいかい。星がたくさん光るから、もう淋しくはないだろう。地上を見ることに飽きてしまったらまた降りておいで。優しそうな女の人をさがしてきっと生まれておいで』
ハンスは空にむかって手を振りました。
まってるよ。
(終)
お読みいただきありがとうございました。
【次回作】『セトの星』
15歳のセトの星が輝きました。大人になれるという合図です。でもセトは大人になるのが怖かった。大人になるということは何もかもを忘れてしまうということで。大好きなリンカのことだって忘れてしまうんです。
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