第5話 君の星をみつけたよ
『いけない』
ハンスは思いました。
『自分がこのままファルコンになってしまったら、また森をさまようことになる。この子を助けるために、私は私をなくしてはいけない』
ハンスは歩きながらつぶやき続けました。
「私の名前はハンス……ファルコンじゃない……私の名前はハンス……私の名前は……」
ファルコン。淋しかったね。
たとえお化けだって、夜の森に一人ぼっちでは心細かったろう。
あと少しで森を抜けるから、どうか私から心を奪わないでもらえるだろうか。
ハンスの目から勝手に涙が落ちました。心が痛くて痛くて胸を押えようとしたけれど、もうどれが手でどれが胸なのかわからず、進んでいるのか戻っているのかわからず、森のどこにいるのかもわからず、ただ目にうつる真円の月。
音もなく、色もなく、風もなく、においもなく。
さがさなきゃ。星を。僕の星をみつけなければ。
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突然ハンスは感かくを取り戻しました。
自分の左手にすっぽりおさまるファルコンのふっくらとした手を感じました。
ハンスの親指にかかる、あまりに小さなつめを感じました。
右手にカンテラの重み。耳をかすかに抜けるかすかな風。
背中にはびっしょりと汗。
そしてハンスの目はみていました。一基の墓を。
ファルコンの名前がかかれた、古びた墓を。
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『しまった!』
ハンスは息を飲み、ファルコンの横顔を見つめたけれどすでに遅かった。
ファルコンの目は墓の文字をとらえていました。
自分の名前と、生まれてからたった6年で終っている自分の数字。
あとは何も書かれていない冷たい石の板。
『ファルコン……』
君だとわかるものは、もうこの墓石でしかない。
雨が降れば雨に濡れ、風が吹けば風に吹かれ、それはただ黙々と立ち続けているだけ。
もう、君の体は朽ちてしまったから大人にもならず、星は星のままで地中にひっそりと眠るだけ。
ずっとさまよっていた君に『もう死んでしまったんだ。さがしたって無駄なんだ』どうしてそんなことが言えるだろうか。
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瞬きをするばかりのファルコンは黙っていました。
悲しいとも、恐いとも、『これは何?』ともいいませんでした。
どのくらい時間がたったのでしょうか。
ファルコンはゆっくりとハンスを見ました。
ハンスはファルコンの目に胸を打たれました。
それはただ、無垢に、ただ、ハンスを見ていたからです。
一つの取り乱しもなくファルコンはハンスの言葉を待っていました。
「…………ファルコン」
ハンスは声をしぼりだしました。言わなければなりません。言わなければファルコンはどこへもいけないのです。
「…………君の、星をみつけたよ」
ファルコンは一つ目をまたたき、ハンスを見つめなおしました。
「ファルコン」
ハンスは哀しみに負けまいとしました。決心を自分の力にして、確かな声でファルコンに告げたのです。
「君の星は…………」
ファルコンに顔を向けたままハンスは右手の人差し指を天へと差し出しました。
「あそこにある」
ファルコンは右人差し指にむかって顔をあげました。
ハンスも顔をあげました。
人差し指の指す、その先には。
西のふもとから東のふもとまでびっしりと輝く一面、天の河。
【次回】
最終話 待ってるよ