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第十二話 人の親にこんなことを言うのはどうかと思うが割とポンコツなのでは

 階段はまだ登らず、マコトの父親と母親の家の床下に立って、マコトの父親と対面している。


「お母さんに会わせられないってちっとも聞かない」


 マコトは納得いかないように唇を尖らせているが、マコトの父親の気持ちは良くわかる。突然知らないヤツがやってきたら警戒して当然だ。

 なので俺は、先にマコトの父親と会うこと自体に否やはない。


 ただ、対面したらそれだけで精神力ががりがりと削られた。

 まず、すごく背が高い。俺の目線が鎖骨か喉くらいだろうか。顔を見て話すために頑張って顔をあげる必要がある。首が疲れる。

 それから、外国の俳優みたいな顔をしていた。イケメンだ。

 彫りの深い面長の顔に、しゅっと縦に長く形の良い鼻がある。しっかりとした二重と、くっきりと力強い目頭、鋭い目尻、透き通るような青い瞳。顎のラインは野性味があって大人の男の色気みたいなものも感じられ、その上に淡い色合いの厚い唇が引き結ばれている。

 肌色は白く、ゆるくウェーブがかった金髪も淡い。髪の毛は後ろで無造作に束ねられているが、それすら様になっている。


「……それで」


 マコトの父親は、低い声と共に腕を組んで顎をぐいっと上げる。背を反らす立ち姿で俺を見下ろす。迫力はじゅうぶんだ。

 俺は背筋を伸ばして次の言葉を待つ。


「まさかとは思うが、君は『タチバナ・ミノリ』を知っているのか? 彼女を連れ戻しに来たのか?」


 責められているような気持ちになって、思わず両手を顔の脇に上げてしまった。多分、攻撃するつもりがないことを示したかったんだと思う。咄嗟の反応だ。


「いいえ。知らないと思います……少なくとも、俺の記憶にはありません。なので連れ戻しに来たわけでもないし……そもそも、俺もなんでここにいるのかわからないし、日本に戻れるかどうかもわかりません」


 俺の言葉を聞いて、マコトの父親は口元に手を当てて考え込んだ。ちらりとマコトに目をやる。


「どう見てもお母さんと同じニホンの人だったから、お母さんに会ってもらうのが良いかと思ったんだけど」

「俺が気にしているのは」


 マコトの父親はそこで言葉を切って俺を見ると、もう一度腕を組んだ。いちいち絵になるイケメンだ。


「例えば君が、どこかで俺の妻を見かけて懸想して、その立場を偽って俺の妻に会いに来たのではないか」

「……は?」


 いや、ちょっと待て。言われた意味がさっぱりわからなかった。


「あるいは、本当に俺の妻と同郷だとして、同郷がゆえに話が盛り上がり、そして君は俺の妻に対して邪な思いを抱いて押さえきれなくなりいずれ俺の妻を害してしまうのではないか」

「え、いや……それは……」

「あるいは、俺の妻に会って、その愛らしさに発作的に俺の妻を攫っていってしまうかもしれない」

「え……いや……」

「ないと言い切れるのか!?」

「ぇえ……?」


 いや、そんなめちゃくちゃキリッとしたキメ顔で言われましても。


「言い切れないんだな? いや、良いんだ、わかっている。俺の妻は可憐でか弱くとても可愛らしく見たら愛さずにはおれない。叶うことのない思いに焦がれることをどうして咎められよう。だが、俺の妻を害するとなれば話はべつだ」

「いや、だから、そういうことでは……」


 マコトの父親は、こういう言い方は失礼かもしれないけど、ひょっとしたらポンコツなのではないだろうか。

 困ってマコトを見ると、マコトは大きく溜息をついた。


「お父さん、困ってるから少し黙って。後、話が進まないからホント黙って」


 マコトが、俺とマコトの父親との間に立つ。マコトの父親はまだ何か言いたそうにしていたが、マコトに睨まれて黙った。


「シンイチ、この頭の中に鳥の羽が詰まってそうな人が、わたしの父親。名前はオーエン。……こんなだけど、魔術師で魔法の研究をしているの。だから、あなたの魔力のことも相談できる……と思う。多分……落ち着いたら……多分。信じられないかもしれないし、わたしも信じられない気持ちでいるけど」


 これまであんなにくるくると豊かな表情を見せていたマコトの目が、今は死んでいる。初めて見る表情だ。マコトの父親への態度の理由がなんとなくわかった気がした。


「それでお父さん、この人はシンイチ。さっきも言ったけど、薬草師の家の裏で魔力欠乏になって倒れてた。『ニホン』から来たって言ってるし、わたしもそうなんじゃないかって思った。だから……とにかくお母さんに会ってもらうのが良いって思ったんだけど」


 マコトの父親……オーエンさんは溜息をついた。


「仮に、本当に同郷の者だったとしても、だからといって、それがミノリにとって幸せな出会いになるとは限らない」


 青い氷のような冷たい瞳が、俺を見下ろす。


「俺の妻に会って、何をしようと言うんだ」

「あ、いや、俺は……」

「わたしが連れて来たの。魔力欠乏のこともお父さんに相談したかったし」

「悪いが」


 マコトの言葉をオーエンさんが(さえぎ)る。目線はずっと俺から離れない。俺は冷たい瞳に見据えられて、落ち着かない気持ちでイケメンの顔を見上げる。見上げすぎて首が疲れてきた。


「悪いが、俺はまだ君を信用していない。本当に妻と同郷なのかも疑っている」

「それは……俺にもわからなくて……」


 オーエンさんは片方の眉を持ち上げた。それでも何も言わずに、俺に続きを促す。


「俺は確かに日本という国で暮らしていました。でも、その……ミノリさん? マコトのお母さんの言う『ニホン』が俺の知っている日本なのかはわからなくて……マコトの話を聞く限りは、だいぶ近いとは思いましたけど……」

「君は……」


 重々しい声に、俺は口を閉ざす。オーエンさんは、少し躊躇(ためら)うように視線を揺らしてマコトを見た後、その冷たい瞳に幾ばくかの不安の色を乗せて俺を見る。それが妙に悩ましげで、俺なんかを相手にそんな色気を出してどうするんだと思ってしまった。


「君は、その……マコトとずいぶん親しげにしているが、どういった仲なんだ?」

「……え?」

「馬鹿じゃないの」


 言われたことの意味がわからずに戸惑ったが、マコトが間髪入れずに冷たい声で切って捨てた。


「ねーえ、何やってるの?」


 その時、場違いに呑気な声がした。女の人の声。


「ミノリ!」


 オーエンさんが叫ぶような声を出して大股に進む。階段から降りてきた人影の前に立って、そしてまるで隠すかのようにその腕に抱きしめた。


「ミノリ、出てくるなって言っただろう」


 その様子で、マコトの母親が降りてきたんだなと思った。


「だって、いつまで経っても戻ってこないから。気になって」


 父親の大きな体の脇から、腕を潜るようにひょいと顔が覗く。

 マコトにそっくりだった。母親なんだからマコトの方がそっくりってことなんだろうけど。顎のラインや目尻に年齢を感じるものの、丸顔でくりっとした大きい目はどことなく幼げに見える。


 マコトの母親は、俺の顔を見て大きな目をますます大きく見開いた。口もぽかんと開けている。


「こら、戻って。状況がわかってから会わせるつもりだったんだ……危ないかもしれないんだから、勝手に動かないで」


 オーエンさんの腕が、マコトの母親の目を塞ぐように回され、頭を抱え込もうとする。


「待って。ちょっと待って。ねえ」


 マコトの母親がもがいて、自分に回される腕の下に顔を出した。手足がジタバタと動いて、まるで、捕まった小動物だ。

 彼女は俺の方を見ると、大きな目をキュッと細めて目尻を下げた。笑った顔もマコトに似ている。


「ねえ、あなた、日本人でしょ?」

「だから、家の裏で『魔力欠乏』で倒れてたの。お母さんやわたしとおんなじ、黒い髪に黒い目。『ニホン』から来たって言ってる。名前だって」

「それだけでは、ミノリには会わせられない」

「じゃあ、どうするの? 放り出す訳にもいかないでしょ? お父さんは森でお母さんを見つけて連れて帰って一つ木で暮らすようになったんでしょ? 彼は? 放っておくの?」

「だから、もしミノリと同じ状況であればそうかもしれないが……そうでないなら、放り出しても死なないだろう、ここまで来たんだから」

「あんなに体が弱い人、放り出したら死んじゃうよ! 一人で何にもできないんだよ? あれはお母さんとおんなじだってば」


「ねえ、マコトが来てるんでしょ? なんでわたし出ちゃ駄目なのさ」


「あ、お母さん、あのね!」

「わかった、わかったから。俺が先にその男と話をする。ミノリに会わせるとしてもその後だ。ミノリはもう少し待っていて。俺が戻ってくるまで家から出ないこと。良いね、大人しく待っていて、お願いだから」


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