新月の夜のこと 5
新月の夜のこと 4の続きです。
町の中心である噴水広場へ向かうため歩き出す。ここからは東へとずっと歩けば噴水広場へと着くことができる。
「ちょっと待って、あの人どうにかしないと」
シャレーにそう指摘される。そうだ、ローブの男を放置しておくわけにはいかない。また暴れられては困る。今の状態では、これ以上魔法は使わない方が良いだろう。魔力を使い切って、ここで倒れるわけにはいかない。となると、どこかにロープなどは無いだろうか。キョロキョロと辺りを見渡していると、アリアが何かを手に持ってきた。
「ロープあったよ」
「ああ、ありがとう。どこで見つけたんだ?」
「あっちにあった」
アリアは、西門を指さす。なるほど、たしかに西門ならロープくらいは置いてはあるだろう。にしても、何故俺がロープを探していると分かったのか不思議だ。まあ今はそんなことどうでもいい。ローブの男を動けないようにロープできつく縛る。それにしてもこの男はいったい誰なのか。最後まで、フードの下が見えることは無かった。取っても良いだろうか。良いよな? 少し躊躇いつつも、フードを取る。
「この顔……。どっかで?」
どこかで見た覚えがあるのは、気のせいだろうか。俺の記憶力はあまり良くない。きっと気のせいだろう。とりあえず、ローブの男はこの場に置いておくことにして、町の中心である噴水広場へと向かう。
炎で倒壊してくる建物に注意しつつ、少しずつ町の中心へと近づいていく。噴水広場に近づいていくごとに、道端で倒れている人が増えていく。倒れている人は、例外なくどこかしらに怪我を負っている。今のところは、動ける人を見かけることすらない。おそらくだが、燃え盛る家の中にも怪我人はいることだろう。できれば、救助したいし、怪我の手当もするべきなのだろうが、今はそれすら無理だ。俺達5人でどうこうできる事ではない。医者が10人ほどいなければ応急処置すら無理だろう。
「酷いですね」
「どうしてこんなことに」
「僕の家族は無事でしょうか……」
皆、不安そうな顔をしている。当たり前のことだ。今のところ、皆の身内の人間は見かけないようだが……、だからと言って喜べる状況でもない。
「俺には、どうすることもできないのか?」
悔しい。物凄く悔しい。この状況をどうにもできないことが、どうしようもなく悔しい。悔しい気持ちのまま歩き続け、噴水広場へと到着する。噴水は炎雷が直撃したのか、跡形もなく崩れてしまっており、瓦礫が周囲に散乱している。噴水広場で、倒れている人の数はここまで見た中で一番多いのでは無いだろうか。こんな光景見たくなかった。見たくない光景だった。倒れこんでいる人の中に知り合いがいないか確認する。血だまりの中を一人一人見ていくと、見覚えのある姿を見つける。母さんだ。母さんだと? 俺の知る未来では母さんは怪我などしていなかった。
「お母さん! お母さん! 目を開けてよ」
少年ラナーが母さんに必死に目を覚ますよう呼び掛けている。母さんが怪我をしている? どうしてこんなことになった? 噴水広場の別の場所では、シャレーが手をつないで倒れこむ男女に向けて必死に声をかけている。あちらも見覚えがある。シャレーの両親だ。シャレーの家族は皆無事では無かったのか? 更に別の場所では、ガランが大怪我を負った幼い少女と母親を見て呆然としている。俺の本来の目的は、ガランの家族を助けることだったはずだ。それも叶わないというのか?
「どうしてこんなことに……」
突如として、目が霞み始め、立っていられないほどの激痛に襲われる。身体強化魔法を使い続けるのに限界がきてしまったようだ。ダメだ、もう無理だ。燃え盛る炎で、熱くなった石畳にばたりと倒れこむ。目も開けていられない。腕以外動かすことすらできない。これ以上無理なのだろうか。過去を変えることはできたかもしれない。アリアは生きているし、襲撃者を無力化することもできた。それでも、町は燃えている。森も燃えている。本来怪我するはずのない人まで怪我してしまっている。もう、死人まで出てしまっているかもしれない。
「……どうしてこうなった?」
もう一度、俺自身に問いかける。どうしてこうなった? 俺が過去に来てしまったから? 俺が過去を変えようとしたから? だから、悪い方向へと過去は変わってしまったのか? こんな結末、俺は望んでなんかいない。これで終わりだって? いやだ、絶対に嫌だ。
「こんな結末……認められるものか!」
認めたくない。それでもどうすることもできない。そのまま動けずにいると、身体が光に包まれ始める。目が見えなくとも、そう感じる。この光は何なのだろう。少しずつ、身体が存在が薄くなっていっている感覚だ。まさか、元の時代に戻るというのだろうか。嫌だ、戻りたくない。戻るのは嫌だ。今戻るわけにはいかない。
「嫌だ……こんなの嫌だ!」
俺は、上手くやれていたはずだ。今日のために頑張っていたはずだ。やれることは全てやったはずだ。だから、奇跡の一つくらい起きたっていいじゃないか。心の底から、俺はそう願った。そう強く願うと同時に、鎧の内側から優しい暖かさを感じる。かろうじて動く腕で、暖かさの元を取り出す。暖かさの元は、博物館から持ち出した奇跡を起こす首飾りだった。
______________
お母さんが怪我をしている? いったいなんで? どうして?
「お母さん! お母さん! 目を開けてよ!」
お母さんは、大怪我を負っており血がどくどくと流れ出ている。このままでは本当に死んじゃうんじゃないかと嫌な考えが頭をよぎる。そんな考えを振り払い僕は必死に声をかけ続ける。涙が溢れ出して止まらない。止めることなんてできない。
「お母さん!」
ピクリとも動かなかった体がわずかに動く。
「お母さんっ!」
目がほんの少しだけ開き、焦点の合わない目で僕を見る。少しだけ表情が和らいだ気がした。
「ああ、ラナー……生きていてくれて……良かった……」
掠れた小さな声で振り絞るようにそう言うと、再び気を失ってしまった。
「お母さんっ」
もう僕には、どうすることもできないのだろうか。どうすればいいのだろうか。周囲を見てみると、シャレーとガランは、倒れている家族の元にいた。そうだ、みんな同じなんだ。辛くて悲しい気持ちでいるのは僕だけではないんだ。あれ? アリアはどこにいるんだ?
「ラーくん……」
僕の真後ろから声がした。どうやら僕のことが心配で、ずっと傍にいてくれたらしい。心配してくれているのが、今は凄く嬉しい。それでも涙は止まらない。
「アリア、お母さんがっ!」
「私も悲しいの。みんな怪我しちゃって、未来の人も倒れちゃって……」
アリアは普段、表情をあまり読み取れないのだが、今回ばかりは心から悲しそうな顔をしている。ん? 今なんて言った?
「未来の人が倒れた?」
辺りを見回すと、未来の人が倒れていた。なにやら、全身から眩しい光を放っている。何なんだろう、あの光。なんだか、少しずつ未来の人が薄くなっていっているような気がする。未来の人は、鎧の内側に震える手を突っ込み何かを取り出す。優しい白い光を放っているあれは……、奇跡を起こす首飾りだ! 急いで、未来の人の元へ向かう。
「未来の人!」
「ああ、ラナーか。悪いな、未来を変えるって言ったのにこんなことになっちゃって」
「それは……」
なんと返せばいいのだろう。ここまで頑張ってくれた未来の人を責めるわけにはいかない。
「でもな……。一つだけ可能性があるんだ……」
「可能性って?」
「願うんだ、奇跡を。心の底から、強く願うんだ……」
「それってもしかして……」
「ああ、奇跡を起こす首飾りに賭けるしかないんだ」
奇跡を起こす首飾り。今は未来の人の手の中で優しく光輝いている。少しでも可能性があるのなら僕は願う、奇跡を。心の底から願う。町が町のみんなが助かりますようにと、心の底から願う。横を見れば、シャレーとガランも座り込み、祈るように願っていた。みんな同じだ。願うことはただ一つ。奇跡でもいい。この状況が変わってほしいと。
奇跡を起こす首飾りは、みんなの願いに応じるかのように光を増していき、直視できないほど眩しくなったあたりで、一筋の白い光を空へと放つ。白い光は、町を森を覆いつくす。そのあまりの眩しさに、僕は思わず目をつぶる。
閉じた目に届いていた白い光がやがて消え、目を開けると先ほどまでの光景が幻であったかのように炎が消えていた。体の怪我までもが治っている。まるで、最初から怪我などしていなかったかのように。
それは、まるで奇跡のようだった。いや、実際に奇跡としか言いようのない事が起きたのだ。
「やったよ! 未来の人! 奇跡が起きたよ!」
「そうか、良かった。これで俺も安心して未来に戻れるよ」
「戻っちゃうんだね……」
未来はきっと変えることができたのだろう。もう、この時代に未来の人が留まる理由は無くなってしまったのだ。
「見てみろ、俺の身体。薄くなってきてるだろ」
少しずつ少しずつ光が漏れだし、未来の人の身体が薄くなっていく。
「お前たちには感謝しないとな。協力してくれてありがとう」
感謝するのは、僕たちの方だろうに。
「いえいえ、僕たちこそありがとうですよ」
ガランは心から嬉しそうな顔をしている。
「ありがとうございました」
「私が生きていられるのも、未来の人のおかげ。ありがとう」
僕も感謝を伝えなければ。未来の人が消えてしまう前に。
「ありがとう、未来の人。僕強くなるよ!」
強くなりたい。僕は心からそう思った。
「それは、楽しみだな。きっとお前なら強くなれるさ」
鎧越しのうえ、身体は透明なため表情は伺えないものの、何となく笑っているような気がした。
「うん。強くなってみせるよ!」
気が付けば、未来の人の身体は向こう側が透けて見えるくらいには薄くなってしまっている。
「さて、そろそろ時間みたいだ。じゃあな!」
未来の人はそう言うと南門の方へと歩いていく。その姿は、南門へ辿り着く前に、光と共に消えていった。手に持っていた大剣だけを残して……。
消え去ってしまうと、幻だったのではとそんな風に思えてしまう。それでも未来の人はたしかに存在していた。
東の空から太陽がわずかに顔を覗かせ、朝日に照らされて町の惨状がよく分かるようになった。建物は燃え落ち、道にまで瓦礫が散らばってしまっている。町が滅茶苦茶だ。それでもきっと大丈夫だろう。みんな、なんとか無事なんだから、どうとでもなるはずだ。
町の惨状を横目に、心の底から強く思う。いつか僕も、いや俺も、未来の人のように大切な何かを、守れるような強さを手に入れたいと。
読んでくださりありがとうございました。
これにてフォレット過去編は完結です。過去編が終わったので現代の話に戻ります。
過去を改変した影響とは……?