新月の夜のこと 2
新月の夜のこと 1の続きです。
博物館での物色を終えた俺と少年ラナーは、博物館裏手の窓から外に出て森へと続く階段を目指していた。それなりに使えそうなものを見つけることができたのだが、使う機会が無いことを願うばかりだ。
「東の階段を上ったところで合流だよね」
「ああ、そうだ。東の階段まで行きたいんだけど……」
現在、俺と少年ラナーは人に見つからないように、裏路地や建物の裏を使って移動しているため、どうしても時間がかかってしまう。それに加えてこの鎧が厄介なのだ。歩くたびにガシャガシャと音が鳴るので音で誰か町の人にバレてしまうのではないかと不安になる。鎧が歩いているとバレると、この後の作戦に支障が出ると思うから、できるだけ静かに行動しろとシャレーに言われているのだ。
せめてだ、どうにかこの鎧の音だけ小さくすることはできないだろうか。例えばそう魔法なんかで。物は試しだやってみよう。イメージはそう、分厚い布で鎧全体を覆うように。
「体を動かすときに出る音よ小さくなれ!」
「急にどうしたの?」
少年ラナーに不審者を見るような目で見られる。そんな目で俺を見ないでくれ。なんだか猛烈に恥ずかしくなってしまう。
「いや、鎧の音を小さくできないものかと思ってな」
「そんな言うだけで、できるわけ……」
先ほどまで、少し動くだけで聞こえていたガシャガシャという音が聞こえなくなっている。まるで最初から何も音が鳴っていなかったかのように。それにしても、この魔法は使えそうだ。魔法用語っぽく言うならば、消音魔法といったところだろうか。
「凄い! 鎧の音が消えてる! どうやったの?」
「それはな……秘密だ」
これが魔法だということを教えてやりたくはある。しかし、それを教えるべきではないだろう。魔法というものは、体力を魔力に変換して使うものだ。体力のまだ少ない子供では、魔法を使うのは危険すぎる。
「えー、教えてくれたっていいじゃん」
「ダメなものはダメだ。さあ、もう東の階段に着くぞ」
鎧の音を小さくしたため、途中からはそこまで注意して歩く必要が無くなった。そのため、東の階段へと予想より早く着いていたのだ。
石で作られた階段を上る。段数は50段ほどといったところだろうか。階段の先は、東の林道へと続いている。階段を上りきったところに三人はいた。
「おっ、来た来た! おーいこっちだ」
シャレーが手を振って俺たちのことを呼んでいる。
「無事鎧に魂を移すことができたようですね」
「ああ、なんとかな」
「こうして見ると、迫力があるな」
そう言ったのはシャレーだ。鎧の全体の大きさは、少年ラナー二人分ほどにもなる。子供から見れば威圧感があるだろうし、怖くもあるだろう。
「かっこいい……」
アリアが女の子らしくないことを言っている。鎧が怖くは無いのだろうか。
「僕、頑張ったんだよ。本当に……」
「お疲れ様、ラナー。大変な役目を任せて悪かったね」
「あの役目は、僕にしかできないことだったから。無事終わって一安心だよ」
「一安心って言ってる余裕はないぞ。こうしている間にも襲撃の時は迫ってきているんだからな」
少年ラナーに、そう言ってやる。ここまでは準備の中でも最初にやるような準備だ。一安心などできるはずもない。
「この先は、西と中央の階段を使えなくして、襲撃者達が見えたら知らせればいいんだよな?」
「それでいいんですけど、本当に任せちゃっていいんですか?」
シャレーは申し訳なさそうに、浮かない表情をしている。
「ここから先は、俺に任せておけ。だからお前らは家に帰るんだ、あまり遅くなると親に心配されるぞ」
「襲撃の際の避難誘導は僕たちに任せておいてください」
ガランはやる気に満ち溢れているようだ。
「ああ、頼んだぞ。それではひとまず解散!」
4人を家へと帰す。ここから先の作戦は主に俺1人で進めるべきだ。あまり危険な目に合わせるわけにもいかない。
まずは、西の階段を使えないようにしよう。西へと続く道を進み、川に架かった橋を渡る。暗くてよく見えないものの、川は森の中から来ている事が分かる。橋を過ぎ、しばらく進むと中央階段へと辿り着く。ここを右へ曲がればフォレット初等学校へと行く事ができる。まずは、西の階段だ。右へも左へも曲がる事なくひたすら真っ直ぐ進むと、道の突き当りが見えてくる。ここを右へ行けば西の林道、左へ行けば目的地の西の階段だ。東の階段から西の階段までは、距離にして3キロほど離れている。意外と距離があるものだ。のんびり歩くと40分ほどかかるのではないだろうか。
西と中央の階段を使えなくしてしまえば、東の階段からしか町に降りれないため、時間稼ぎになるうえに、襲撃者達の襲撃ルートを一つに絞ることもできるわけだ。問題は、どう階段を使えなくするかだ。破壊してしまってもいいのだが、一度壊してしまうと町の住人たちの今後の生活に支障が出てしまうだろうし、音で住人にバレる可能性もある。むしろ俺が襲撃者と間違われるなんてこともあるかもしれない。破壊するのは無しだ。井戸でやったように大きな岩を作って階段を封鎖する? それもダメだろう、しばらく階段が使えなくなってしまう。岩をどかすだけで一週間ほど掛かるだろう。
「うーん……。いったいどうするべきか……」
襲撃が終われば、すぐに階段が使えるようになってなおかつ効果的なもの。ダメだ、思いつかない。俺の頭では、いくら考えても思いつくことは無いだろう。一度落ち着くことにしよう。そういえば、鎧の体に移ってから何も食べていないし飲んでいない。お腹は空いていないが、のどが渇いた……。水……。水が飲みたい。水……水?
「水、氷!」
階段全てを氷で固めてしまえば、滑って襲撃者達が自滅してくれるだろうし、長くても2日で溶けてなくなるだろう。我ながら完璧なアイデアだ。今ならきっとシナンでさえも褒めてくれるだろう。この場にシナンがいないのが残念だ。そうと決まれば行動あるのみだ。上からまとめて氷を出してもいいのだが、どこまで氷で覆うことができるのか不明なため、下から二段目まで下りて一段ずつ丁寧に氷で覆っていく。イメージは、二日は溶けず、透明で、足を滑らしやすい、そんな氷が理想だ。
「氷よ、透明で滑りやすい氷よ、二日ほど残る氷よ、階段の一段目を覆え!」
キンキンキンと心地いい音を立てて一段目は氷で覆われていく。透明で、光で照らしたとてそこに氷があることすら分からない。どれくらい滑るだろうか、足を氷に乗せてみる。
「うぎゃっ」
足をのせて、階段を降りようと軽く力を入れたところツルッと滑った。恐ろしい氷だ。
氷が有効的だという事が分かったため、同じ作業をひたすら30回ほど繰りかえす。同じ作業を一段ずつ丁寧に行うのは意外と疲れる。体力は持つだろうが、精神的に来るものがある。そんな作業を焦らないよう丁寧に繰り返し西の階段全てを氷で覆うことができたのだった。
「次は、中央の階段だな」
東へと続く道を、中央の階段へ向けて小走りで移動する。町との境の崖に対策をする必要は無いだろう。階段にして50段分ほどの高さがあるのだから、そこから落ちようものなら大怪我は免れないと思われる。それに、崖には2メートル程の落下防止の鉄柵がある。崖から降りるのはまず無理だろう。
走り続けること、10分。中央の階段に到着した。中央の階段は、三つの階段の中で最も横幅が広く氷で覆うのは時間がかかりそうだ。とはいえ、やることは西の階段と同じだ。ゆっくり丁寧に階段を凍らせていくとしよう。
「氷よ、透明で滑りやすい氷よ、二日ほど残る氷よ、階段の一段目を覆え!」
なんとも、気が遠くなる作業だ。しかし、ここで俺が頑張らなければ町の被害は大きなものとなってしまうだろう。頑張れ、俺! 一段ずつ丁寧に隅々まで氷で覆っていく。そして……。
「終わった……」
体力にはまだまだ余裕がある。精神的にだいぶ削られてしまった。とはいえ、一つ目の重要な作戦は完了だ。思っていたより、だいぶ時間がかかってしまった。もう、襲撃者達がやってくるまでそれほど時間は残されていないだろう。少しだけ気が緩んだのか、喉が渇いていたことを思い出す。水が飲みたい。そうだ、フォレット初等学校の井戸で水を飲むことにしよう。
「生き返るー」
フォレット初等学校の校庭に設けられた井戸で水を汲み、飲む。口当たりが良く、冷たくて美味しい水だ。この井戸の水は、飲用はもちろん、授業で使われることもある水だ。授業で使う時なんかは、井戸で水を汲み、バケツに移し替えて教室までもっていく必要があったため面倒くさかったのを覚えている。
さて、水分補給も済んだことだし次の作戦へ移ろう。次の作戦は、襲撃者達が近づいてきたらシャレー達に知らせるというものだ。そのためには、襲撃者達の動向をを知る必要があるのだが、何か良い方法が無いだろうか。どこか、森全体を見渡せる場所があれば都合が良いのだが……。そんな場所あっただろうか。そんな場所……あるじゃないか! フォレット初等学校の屋根の上という場所が!
とはいえ、どう、屋根の上まで上るものか。屋根の上まで続く階段は無い。とすれば無理やり上るしかないわけだが、魔法でなんとかなったりしないだろうか。そういえば、魔法の本で身体強化魔法という言葉を目にした覚えがある。物は試しだ、やってみよう! いまいち、どんな魔法か想像がつかないが文字通り自身を強化する魔法ということなのだろう。
イメージするんだ、今回必要なのは屋上まで上がれるだけのジャンプ力。そう、草原で良く跳ねているバッタのように力強く跳べるような脚力を。
「バッタのように力強い脚力を足に付与せよ!」
俺の両足が青色の光に包まれるも、すぐに光は消えてしまった。身体強化魔法は成功したのだろうか、ググっと両足に力を入れてジャンプしてみる。真上に飛んだのだが、数秒も経たないうちに町全体が見渡せるぐらいの高さまで跳びあがっていた。街灯や、建物から漏れる灯りが煌めいていて綺麗だ。綺麗な景色が見れたのはいいのだが、ここまで高く跳んでしまうのは予想外だ。空中で体を何とか移動させてフォレット初等学校の屋根の上空までたどり着く。落下速度はどんどんと早くなっていっている。何とかして落下速度を遅くしなければ、襲撃前に大怪我しかねない。足の下から風を下向きに出せば、上手いこと着地できないだろうか。試してみよう。靴の裏から風が吹き出すイメージでやってみよう。
「風よ、靴の裏から地上に向けて吹け!」
靴の裏から、風が吹き出し落下速度が遅くなっていく。少しずつ、少しずつ屋根が近づいてくる。どうやら、魔法は成功したようで無事に着地することができた。風魔法のみ解除して、襲撃者達がやってくるまで待機する。屋根の上からは、森を見渡すことができ、すぐに気づくことができそうだ。注意を凝らして見ておくことにしよう。
注意を凝らして見ているのに飽き始めた頃、ちらちらと、木々の隙間に灯りが見え始める。襲撃者達が近づいてきたようだ。そろそろ、シャレー達に知らせるべきだろう。知らせる方法は、あらかじめ考えてある。光球を町の上空に放ち、四散させ着弾させるのだ。そうすることで、襲撃が始まったことを知らせることができるうえに、襲撃が実際に始まったと勘違いさせることもできる。
早速、光球を町の上空に放つとしよう。崖の高さギリギリで、噴水広場の上空、そこから4方向に四散するイメージで。右腕を町に向けて唱える。
「光球よ上空で四散せよ!」
右手の先端から音も無く光が飛び出し、噴水広場上空で光球は徐々に大きくなっていく。あまりの光に、真っ暗だった家々に灯りが灯っていく。光の眩しさで寝ていた人々が目を覚ましだしたようだ。噴水と同じくらい大きくなった光球は、4方向に四散して大きな音を立てて着弾する。着弾するとはいってもただの光の球なので、特に害も無いはずだ。
襲撃者達も、突然現れた光に驚いていたようだが、何を思ったのか町を目指して森の中を走りだした。襲撃者達は3つの集団に分かれて行動しているようで、西の階段、中央の階段、東の階段といった具合にそれぞれ目指している階段が違うようだ。まず、最初に階段に到着したのは西の階段を目指していた集団だ。やたらと大きな声まで聞こえてくる。
「行けー! 進むんだ! 町はすぐそこだー!」
「あの人の後に続けー!」
20人ほどいるだろうか。そんな大人数の集団のリーダーらしき男が、階段に足を踏み入れると、すぐに足を滑らせて50段を勢いよく滑り落ちていく。それは綺麗に頭から滑り落ちていったのだった。後続の15人ほども止まることができなかったようで、氷の階段を滑り落ちていった。あの高さから落ちてしまえば、間違いなく無事ではいられないだろう。残った5人は、西の階段から降りるのが、不可能だと分かったのか別の階段へ向かって走り始める。
次に階段へと到着しそうなのは、西の階段を目指す集団だ。西の階段には氷の罠を仕掛けていないため、急いで向かわなければならない。とはいえ、走っただけでは間に合わないだろう。ならば、ここへ登った時と同じことをすればいいわけだ。まだ、身体強化魔法の効果は続いているのだから。
ググっと足を屈めて力を溜めて、足を伸ばして力を開放する。イメージはまさにバッタというわけだ。物凄い速さで景色が流れていく。体に猛烈な風が吹きつける。少し怖いが、これが最速な方法なのだろうから跳び続ける。もう少し、あと少し。西の階段の上空で勢いを落とし、風魔法を使う。
「風よ、靴の裏から地上に向けて吹きだせ!」
少しずつ地上に降りていき、今にも階段にたどり着きそうだった襲撃者たちの前に降り立つ。着地ではなく、若干地上から浮いている。少し、バランスを取るのが難しい。突然上空から現れた謎の鎧に襲撃者達は驚いている。
「この先は通さない!」
「何だあいつ!」
「何か浮いてるぞ!」
集団のリーダーらしき男が命令を出す。
「怯むな! かかれ!」
「「うおー!」」
10人以上の襲撃者が俺めがけて、攻撃を仕掛けてくる。四方八方から剣や槍、更には矢まで飛んでくる。それらの攻撃を俺はひらりと躱す。地上から浮いているおかげか身体が軽く避けやすい。とはいえ、いつまでも避けているわけにはいかない。こちらからも攻撃を仕掛けなければ。
「ちっ、ちょこまかと避けやがって」
「俺に攻撃を当てられるかな?」
しかし、今俺は武器を持っていない。魔法で攻撃してもいいのだが、躱しながらだとイメージがまとまらない。それに、この先もまだ戦闘があるであろうことを考えると武器が欲しいところだ。武器が欲しい。できれば剣が良い。大勢を相手にするのだ、武骨な大剣が良いだろう。そんなことを、敵の攻撃を躱しつつ考えていると、手にずしりと重みを感じる。先ほどまで何も持っていなかった右手に頭で思い描いた通りの大剣が握られていた。両側に刃が付いており、鎧の頭から下ほどの全長のある、銀色の大剣だ。これを振り回すには、相当な力がいるだろう。創造魔法だろうか?相変わらずよく分からない魔法だ。
「なっ、剣だと!?」
「どこから出しやがった!」
「それはっ、秘密だっ!」
大剣を両手で握り、その場で遠心力に任せて一回転する。名付けて回転斬りだ。この一撃で、俺の周囲で絶え間なく攻撃し続けていた襲撃者の大半は、戦闘不能となっていた。残りは、遠距離からチクチクと攻撃を続けている弓使い数人と、リーダーのみだ。まずは、弓使いからだ。遠距離攻撃には遠距離魔法でお返しだ。炎を使うと森が燃えそうなので、氷の魔法を使うことにする。イメージは、寒い地方で見られるという、つららだ。昔読んだ本でそう見た覚えがある。
「氷よ、凍て刺すように鋭い氷よ、飛んで行け!」
大剣の先端で、生成された鋭い氷はヒュンッと音を立てて弓使いに飛んでいき突き刺さる。弓使い達は、氷が突き刺さった個所から血を流しながら、顔を歪めて倒れこむ。急所は外しているため、死にはしないだろうが、痛みで気絶はするだろう。これで残るは、リーダーのみだ。
「あとは、お前だけだな」
「ちくしょう、こうなったらやってやる!」
リーダーは、剣を抜き俺に斬りかかってくる。剣と剣がキーンと音を立ててぶつかり合う。たしかに、リーダーを任せられるだけあって一撃一撃は重い。しかし、ただ重いだけだ。剣筋に工夫もなく、どのような攻撃を仕掛けてくるのか簡単に読めてしまう。襲撃者達の中では、きっと強かったのだろう。しかし、その強さも俺には通用しない。
「はあ、はあ、これはどうだ!」
キーンと、剣がぶつかり合う音が響く。そろそろ、この戦いも終わりにしよう。少し、ずるいかもしれないが魔法を使わせてもらう。使う魔法は雷の魔法だ。雷に当たると気絶すると聞いたことがある。気絶どころでは済まないかもしれないが……。威力が強過ぎても困るので、それほど強くない雷をイメージする。
「雷よ、剣に流れよ!」
大剣に流した小規模な雷が、剣を伝ってリーダーの体に流れ込む。使用者である俺でも少しびりびりと感じられる。リーダーは、ビクンと痙攣した後その場に倒れこんだ。細部までは聞き取れない言葉を残して。
「あとは……ました……」
「いったい何を言おうとしたんだ……」
これで、西の階段を目指していたグループは壊滅させることができた。あとは、罠に掛からなかった襲撃者達をここで食い止めるのみだ。少し待っていると、10人ほどの襲撃者の集団がやってきた。どうやら、罠に掛からなかったのは10人ほどだけのようだ。その10人も一斉に襲い掛かってきたため、回転斬りで一網打尽にしたのだった。回転斬り、大人数相手には物凄く便利だ。
さて、これで全員片付いただろうか。罠に掛かった襲撃者達の様子を見に行くとしよう。
読んでくださりありがとうございました。
新月の夜のこと3へ続きます。