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強制的な冒険譚 魔法が消えつつある世界にて  作者: 川理 大利
第1章 5部 フォレット過去編
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新月の夜のこと 1

 星歴1306年 5月2日 15時43分


 その日が、やってきた。やってきてしまった。襲撃当日だ。今日は午前中で授業が終わりのため、僕の家に集まって最終確認をしていた。気がつけば、作戦提案者であるシャレーが仕切っていたのだが、未来が変えられるのであれば何にでも従うつもりだ。


「いいか、作戦はこうだ。まず重要になってくるのが、博物館に展示されている転身の鎧。未来の人にはその鎧に乗り移ってもらう必要がある」


 謎の声は、皆で相談した結果、未来の人と呼ぶ事になった。謎の声と呼ぶよりは親しみがあるだろう。


「鎧の展示場所への最短ルートは確認済みです」


 博物館に1番近い場所に住んでいるのは、シャレーのため昨日のうちに博物館へ行ってもらい、最短ルートを調べてもらっていたのだ。


「ラナーには、ガランの調べた最短ルートで鎧へと向かってもらう」


「了解」


 ガランから渡された館内図を見る。館内図には最短ルートを示す矢印が書かれている。矢印は本来の順序とは真逆に書かれている。遺物品コーナーは順路通り行くと最後のコーナーなため、順路を逆走するような形になるのだ。それにしても、細かい図だ。遺物品コーナーの中だけでも、矢印が細かく書かれている。これを覚えきるのは大変だ。


「こんなに覚えきれるかな……」


(大丈夫だ。俺もついてる)


「そうだね。頼んだよ未来の人」


(えーと……。ここを真っ直ぐ行って、右に曲がって、左に曲がって……)


 本当に大丈夫かな……。僕もある程度は頭に入れておくことにしておこう。


「さて、ラナーが鎧の元へ行く前にまずはやることがある。外で、大きな音を出して博物館内の人を誘き寄せる事だ。何か、大きな音が出せるものは見つかったか?」


「見つけたよ」


 沢山の打ち上げ花火を、机の上に広げる。これだけあれば足りるだろうか。


「花火か……これだけあれば問題なさそうだな」


 シャレーが一つ一つ、確認していく。


「鎧を動かせるようになった後は、任せていいんだよな未来の人?」


(任せておけ)


「任せておけだって」


 未来の人に襲撃の全てを任せてしまっていいのだろうか。いや、僕たちではどうしようもないのだからこそ任せるのだ。


「私は、襲撃が始まった後の避難誘導でいいんだよね?」


 アリアが、シャレーに確認を取る。


「そうだ。ラナーと共に西側の避難誘導を担当してもらう。俺とガランは東だ。基本的には南門の外へ避難してくれ。無理そうなら西門へ。ただ、無理はするなよ!」


「分かってますよ。僕たちのできる範囲でですよね」


「そうだ。作戦の決行は日が完全に暮れてから。それまでは自由行動で構わない。ただ、日暮れ前には博物館前に集合してくれ。それぞれ、用意した物を忘れないように。ひとまず解散!」


 最終確認は、終了しシャレーとガランが自宅へと戻っていく中アリアだけは、僕の家に残っていた。


「アリアは家帰らなくていいの?」


「いいの」


「家族に会わなくていいの?」


「今は、ラーくんの傍にいられればそれでいいの」


「そうなんだ……」


 なんだか、猛烈に恥ずかしいと同時に嬉しい。この感情はどこから来るのだろうか。


 日は沈み、あっという間に夜はやってきた、空に月は無く星の光のみが見える。日が完全に沈んでしまう前に、アリアと共に博物館へと向かうために家を出た。お母さんには、シャレーの忘れ物を届けるのだと説明したため、怪しまれることなく家を出ることができた。


「博物館ってどこにあるの?」


 アリアに尋ねられる。このあいだもアリアとは、一緒に博物館へ行っていない。おそらく、一度も行った事がないのだろう。


「博物館は、噴水広場を西へ行ったところだよ」


「そんなところにあるんだ。知らなかった……」


「博物館のある方って、滅多に行かないからね」


「今日が終わったら、行きたいな……」


「案内しようか?」


「良いの?」


「もちろん。今日が終わって、僕たち二人とも生きていたら案内するよ」


 そう生きていたら。どちらかが死ぬ可能性だってある。そもそも、作戦が絶対に成功するとも限らない。もし失敗してしまえば、最悪な未来へと進んでしまうかもしれない。今日でこの町の平穏な日常も終わりかもしれない。そう思うと、少し怖い。それでも僕は、博物館へと歩いていく。


 噴水広場を西へ曲がり、ガランの家の前を通り過ぎようとした時、聞き慣れた声に呼び止められた。


「おーい、ラナー。アリアー」


 シャレーだ。玄関先にガランと共に立っている。


「待たせちゃったかな?」


「そんな事は無いですよ」


「俺の場合、早く来すぎちゃったからガランと暇を潰してただけだ」


「そうだったんだ」


 早く来すぎて暇になるなんて、なんともシャレーらしい理由だ。


「ここまで来たってことは、準備できたってことでいいんだな?」


「準備はできてるよ」


 太陽は西へと沈みきり、赤く染まった夕日も消えてしまおうとしている。もう数分も経てば完全に日が沈んでしまうだろう。そうなれば、いよいよ時間だ。


「さて、それじゃ作戦開始だ!」


 シャレーのその掛け声と共に、僕たちは作戦を開始する。まずは、花火の準備だ。上に打ち上げてしまうと、森の中に居るであろう襲撃者たちに警戒されてしまう可能性があるということで、下向きに設置していく。博物館前から、東の畑へと導火線を間に挟みつつ、点々と置いていく。花火とは下向きに設置するとどうなるのだろう。気になる。気になるが、今は黙々と置いていく。導火線の始まりは、博物館手前の橋の上からだ。そこから、博物館の前を経由し、東の畑へと続いていく。


 一通り花火を置き終わり、博物館の玄関横の柱に隠れて待機する。花火の炸裂音が作戦開始の合図だ。待機自体は、それほど長く無いはずなのに長く感じる。心臓の鼓動が早まっていく。不安が無いかと言えば噓になる。いや、不安しかない。本当に僕にできる役目なのか。もし失敗してしまったら。後ろ向きな考えで頭が埋め尽くされていく。


「僕にできるかな……」


(不安か? きっと大丈夫さ)


 不安が声に出てしまっていたようで、未来の人に励まされる。未来の人の声を聴いて、気分が少し落ち着いた。


 じりじりと、導火線が焼ける音が聞こえてくる。いよいよだ。火が一つ目の花火に達したのか、ドーンという轟音と共に地面が震える。花火が打ちあがるときのヒューンという音は聞こえなかった。あれでは、まるで爆弾のようだ。


「何だ何だ?」


 次々響く爆音に驚いた博物館の職員が外へと出ていく。博物館の職員だけでなく、周辺の家の住人も飛び出てきているようだ。


(今のうちに博物館へ入ろう!)


 開きっぱなしになった扉から中に入りこむ。エントランスは灯りが付いており明るい。先日博物館を訪れた時とは違い順路を逆走して進み、遺物品コーナーへとたどり着く。遺物品コーナーは既に灯りが消されており、どことなく不気味だ。暗い中なので鎧までの順路もはっきりと分からない。それでも走る。ひたすら走る。早く鎧まで行かなければ。それは分かる。でもやっぱり。


「なんか怖い」


(頑張れ! あ、そこ右)


 未来の人の指示に従い走る。昼間でも禍々しかった遺物品コーナーが恐ろしい場所に感じる。それでも走る。順路に関してはもはや、未来の人だよりなのだがいいだろう。僕が体を動かして未来の人が指示を出す。効率的な方法だ。


(そこを左で……真っすぐ。うわ、なんか気持ち悪)


「気持ち悪い?」


(いや、何でもない)


 鎧に近づくにつれて、暗闇が濃くなってくる。そういえば、数日前に博物館に来た時もそうだった。遺物品コーナーの奥の方は、どことなく恐ろしい雰囲気だった。


(やっぱ怖いよ。ここ)


「頑張れ! 鎧はもうすぐそこだ!」


 もうすぐそこ、その声で少し怖さが和らいだ。あと少しだ。走れ、走るんだ僕。


「はあ、はあはあ。やっと着いた」


(お疲れさん)


 それほど、長い距離を走ったわけでもないのになぜだか物凄く疲れていた。息切れするくらいには疲れていたようだ。

 遺物品コーナーの奥の奥。転身の鎧のある場所までやってきた。あいかわらずここ周辺だけ、恐ろしいものを感じる。ここまで来たはいいものの、鎧に魂を移すなどどうすればいいのだろう。


「どうすればいいの?」


 未来の人に尋ねる。方法など僕に分かるはずもない。


(うーん、そうだな……。手で鎧に触れてみてくれないか?)


「えっ? 触っちゃって大丈夫?」


(それしか方法が思い浮かばないんだ)


「分かった触ってみるよ」


 転身の鎧。白銀の綺麗な鎧だ、見る分にはだが。実際は魂のみ、この鎧に移すことができるという鎧だ。服の上からつけることはできないらしい。さらに恐ろしいのが、一度移した魂はもう戻せないらしいということ。見た目に反して恐ろしい鎧だ。その鎧に触るのだから怖くてしょうがない。


「行くよ! 触るよ!」


(魂を移すイメージ。体を移すイメージ……)


 未来の人は何やらぶつぶつと言っている。もういいや、触っちまえ!


「えいっ!」


 鎧の表面は冷たく、ツルツルとしている。触るだけでも鎧の頑丈さが伝わってくる。そんな鎧に何か体の一部が吸い込まれるような不思議な感覚があった。


 _______________


 相変わらず、この場所は恐ろしく感じる。その恐ろしさ、禍々しさは全て最奥に置かれている死纏い杖からきているようだ。あの杖はいったい何なのか。気になりはするが、今はそれを優先すべきではない。今、優先すべきは転身の鎧に関してだ。ここまでの案内は、ひそかに使った視界を明るくする魔法のおかけでスムーズに行うことができた。ここまでは、何の問題もない。順調そのものだ。しかし、ここからが問題だ。どうすれば、転身の鎧に体を移せるだろうか。

 とりあえずは、色々試してみることにしよう。まずは、鎧に触れてもらって俺の体のみ移せるかだ。


(手で鎧に触れてみてくれないか?)


 鎧に触れるのを怖がっていた少年ラナーだったが、かわいらしい掛け声と共に鎧に手を触れる。


「えいっ」


 俺の魂、体が、鎧に取り込まれるイメージで。


(魂を移すイメージ。体を移すイメージ……)


 鎧そのものが、俺の体だと思えばいいのだ。手足は自由に動かすことはできるし、走ることだってジャンプだってできる。その体に入りこんでいくイメージ。俺の体は、少年ラナーの中を離れ鎧の中に入っていく。少しずつ、少しずつ……。

 一瞬の暗転の後、視界が開く。まず目に飛び込んできたのは俺に触れている少年ラナーの姿だ。怖そうに、目をつぶっている。体は……自由に動く。まるで最初から鎧の体だったかのように思い通りに動かすことができる。少年ラナーの手を握り褒めるように言う。


「成功だ。よく頑張ったな」


 少年ラナーは、目を開き俺の姿をまじまじと見る。


「良かった……。役目が果たせて」


「ああ、よくやった。あとは任せろ!」


 この後は博物館裏手の窓から外に出て、森につながる階段へ向かうのが本来の作戦なのだが。


「せっかくだし物色してくか」


「物色っ? 階段の方行くんじゃないの?」


「ここには、貴重な物がたくさんあるからな。少しくらい貰っててもばれないだろ」


「ダメだよ! 怒られるよ!」


「俺は怒られないよ。だって未来から来たんだし」


 怒られるはずがないのだ。全てが終わればすぐに元の時代に帰るつもりでいるのだから。今日この先何が起こるのかは、誰にも予測できなくなりつつある。既に未来は変わりつつあるからだ。何か使えそうなものがあれば、すべて使うべきだ。万全には万全を期して物事を行うべきだとシャレーがよく言っていた。今は、その言葉の意味がよく分かるような気がした。何か使えそうな物はあるだろうか。


「僕は、ちゃんと注意したからね!」


「分かってるって」


「はあ、もう勝手にしてよ」


 何故、俺は過去の自分に呆れられているのだろう。まあ良い、使えそうな物を探すとしよう。

読んでくださりありがとうございました。新月の夜のこと 2へと続きます。

打ち上げ花火って上下逆さで点火するとどうなるんでしょうね?

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