地上へ出て
間の話のようなものです。
上水道横の地下道は、帰りはひたすら下るだけだったので、行きの半分ほどの時間をかけて入口付近までたどり着くことができた。地上への行程で残されたものは地上への出口へ続く階段である。そして、今僅か10段ほどの階段を上りきり、ギラギラとした太陽の陽射しの元へと歩み出る。
「やっと……光のある場所に……ってもう夜じゃないか!」
そう。既に地上は日が沈み夜になっていたのだ。黄色の街灯が橋街通りの水路を照らしていて、どこか幻想的。そんな風景なのだが。俺の心のなかは幻想的とは程遠い風景が広がっていた。
星歴1314年 4月28日 18時47分 橋街通り
「なんでだ? 朝出たはずなのにな……」
浄水室を出た時刻は6時45分。あれ? そうだっけかな? 結局昼を過ぎて3時頃に出発できたような気がするな。たしか、俺が忘れ物をしたのに気づいて折り返して、また別のものを忘れて折り返して。これを二回くらい繰り返したような気がする。
「お前のせいだ。なぜ、あそこまで忘れ物をできるんだ。私はお前をある意味で尊敬してしまうよ。なあ、リバン」
「そうだね。オレもあそこまで忘れ物をすることはないかな……」
「ちょっと待て、いったい俺は何回忘れ物をしたんだ? 二回だよな?」
「いや、五回以上は忘れ物を取りに行ったよ。なんにせよ地上に無事に戻ってこれて良かった」
「ほんとにそうだな。危うく、私たちは死ぬところだったよ。これもすべてリバンのおかげだな。なあ、ラナー」
シナンがリバンという言葉を強調させて俺に話しかけてきた。
「そうだな。ほんとにリバンのおかげだよ」
シナンの言葉は無視して話を続ける。これは、俺の心からの感想だ。ほんとうにリバンがハラを倒してくれなければ俺たちはあの暗い浄水室で死んでいただろう。そして、俺たちの死体は誰にも発見されることなく腐っていき。やがて、水道水が臭いという苦情が入り、浄水室をセントラの役人が調べに来るとそこには腐った俺たちの死体が……。考えるだけで恐ろしい。
「ははは、そうかい。まあ、とりあえず旅人通りに戻ろうか」
橋街通りまできた道とは、逆方向へセントラの中心部へと向かう。リバンは、相変わらず裏道ばかり通っていく。
「それにしても、本当にリバンは凄いな……」
「何がだい?」
「いや、裏道を、迷わず進んでいくのがさ」
「もう、裏道には慣れているからね……。裏道を通るのに慣れておかないとこの街での滞在は不便なんだよ」
「ずっと、滞在するのか?」
「いや、俺はこの街にずっといるつもりはないよ。旅人だからな」
「でも、旅って……。どのくらいこの街に滞在してるんだ?」
「そうだな……分からないな。たしかなのは、4年ほど前にこの街に来てからずっとだということだな」
リバンは歳が俺と同じくらいらしいが、たしかにそう見える。しかし、本当は何歳なのだろう。リバンの口から直接歳を聞いていないのだ。聞くべきなのだろうか。気になることは聞かなければ知ることすらできない。そういうものだろうが、だからといって聞きにくいものもあるのだ。まあ、いい。この際思いきって聞いてしまおう。
「なあ、リバンって何歳なんだ?」
「うーん、そうだな……。君達より少し年上ってとこかな」
「正確な数字は教えてくれないのか?」
「それも、いつか。オレが君達を心から信頼できるようになったときにね」
「それは、いつになることやら。いや、それよりも俺たちに付いてくるとでも言うのか?」
「そのつもりは無いよ。君たちならきっと大丈夫だ」
どうやらリバンに少しは認められているようだ。
「なあ、リバン。俺たちが旅に出ることになった経緯って話したか?」
「いや、聞いてないね。予想はできるが一応聞いとこうか」
リバンに一通り旅に出ることになった経緯を話す。ひとつずつ丁寧に。最初から現在まで。ついでに、何故魔法が使えるのかについても話しておいた。知っていて損はしないだろう。
「やっぱりそうなんだね。でも二人組は珍しいな……。いつもはだいたい一人なんだよ」
「そうなのか……それは知らなかったな」
「旅人の間でね、こんな言葉があるんだよ。学生の旅人には親切にせよ。その学生は無理やり旅に出されているのだとね。学生の旅人はなんとなく分かるんだよね。旅に慣れてないっていうか、そもそも街を出たことすらなさそうな旅人までいるからね」
街の外では中で常識だったことが通じなくなることさえあるのだという。なんでも、危険な生物がうろうろしているような場所もあるらしく。生半可な知識では旅を続けることは不可能に近いらしい。とはいっても俺なら大丈夫だろう。魔法だって使えるし武器の扱いには自信がある。しかし、一人で旅をしているわけでは無いのだ。シナンと一緒に旅をしている。いざという時に、シナンを守れるかと言われると少し不安になる。けれど、きっと大丈夫だ。シナンの頭脳と俺の武術があればなんとかなるだろう。……たぶん。
「だとしたら、リバンは学生の旅人だと気づいて声をかけたのか?」
シナンがリバンに質問をした。言われてみればそうなのだ。初めて会ったのは換金しようとした時だった。困っている俺たちを見て声をかけてくれたわけだが。あれは、声を掛けるのが常識だっただろうか。
「その通りだ。だいたいの人は職に就いているからな。ここに換金しにくるのは旅人だけなのさ。で、困っているのは最近旅を始めたばかりの旅人だろう。しかも、学校の物らしき制服を着ている。これは学生の旅人だろうと思って声を掛けたんだ。でも、学生の旅人じゃなくても声を掛けていただろうね」
「でも、俺たちはまず換金所に行ったな」
「あそこは、街に住んでいる人が不要になったものを売るために開かれてるんだよ。旅人は旅人ギルドで換金するのが常識なんだよ」
「なるほどな……」
分からなかった。どう違いがあったのだろう。俺の脳では処理がしきれなかったらしい。まあ、どうせシナンは分かっているだろうからまた今度聞かせてもらうことにしよう。
三人で笑い、話しながら歩いていると気がつけば旅人通りに着いていた。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうというのはこういうことなのだろう。主にシナンが俺をいじり、それに反論してリバンが意見を言うといった感じの会話だったがセントラに来るまでの旅路を思えば楽しく感じるのだった。けれどこれも明日まで、少し寂しい。
旅人通りで夕食を済ませ、旅人ギルドに朝8時集合ということで解散した。今日はシナンとは別の宿に泊まろうということになり、宿を探す。まあ、この際泊まれればどこでもいいのだ。格安の宿に泊まり、日記をつけて眠りについた。次の日は、セントラを観光する予定だ。セントラの街に詳しいリバンに案内をしてもらうのだ。朝から夜まで歩き通しだったこともあり、まるで気絶するかのように眠りについたのだった。
こうして、俺の旅8日目は歩くだけで幕を閉じた。
読んでくださりありがとうございます。
前話でも言ったとおり近いうちに新編に入ります。