宿を探して
この話で累計30話突破です。
換金所から街に出た俺たちは、疲れが限界のため換金は明日にして、宿へ行こうということになった。部屋の空きがあら宿があればいいのだが……。この街は日帰りや泊まりの旅行先としても人気らしいからな。街を歩いていてパンフレットを見ながら歩いている観光客らしき人をかなり多く見かけた。宿の空き室があるかは運次第だろう。
街の地図を広げて1番広い宿の位置を確認する。1番近いところは鍛治通りにあるらしい。
「1番近い宿は鍛治通りって通りにあるらしいぞ」
「鍛治通り? それはどこにある通りなんだ?」
「たぶん、歩けば通りのところに標識があると思う。場所はセンウィン街道の西側だな」
街道を南に南下すると、歩道に鍛治通り右と書かれた標識が現れた。鍛治通りは馬車専用道を挟んで向かい側らしい。道を横断するのは危険なため、セントラでは地下道が街のあちらこちらにある。地下道の入り口があったので中に入り歩く。地下道内部の人通りはまったくと言っていいほど無い。よし!
「あーあー、俺の名はラナー・グレンテルだー!」
「何を言ってるんだ?」
「いや、トンネルとかを通るとついなにかしら声を出したくなっちゃうんだよ」
声が天井と壁にぶつかり反響して聞こえる。そこで俺は思いついた。そうだ、こんな魔法もあったら便利そうだな。声を大きくする魔法。使い道がなさそうだが…………。面白そうではある。
試してみよう。正直言って暇つぶしだ。口から出る声が大きく響くイメージで……。
「声よー、大きくなれー!」
「おい、ラナー! 何を唱えているんだ?そんなの成功したら大変なことに…………」
「アーーーー!」
魔法で大きくなった声が壁と天井にぶつかり反響してさらに大きく聞こえる。声を発している俺でも鼓膜が破れそうだ。
「ラナー、うるさすぎる」
「あぁ、そうだな。俺もそう思うよ。解除したいんだ。解除したいんだが、どうすればいいんだこれ!」
シナンの訴えに対して大声で答える。仕方のないことだ。これは魔法のせいなのだから。先ほどからシナンは耳を手で塞ぎ声が聞こえないようにしている。俺もできれば耳を塞ぎたいよ。とはいえ、どのように解除すればいいのだろう。逆のことを言えばいいのだろうか? 試してみよう。
「声よー、元に戻れー!」
大声で先ほどとは逆の言葉を唱える。これで戻っていてくれればいいのだが…………。
「あー」
よし、元の声の大きさに戻ってるな。いったいなぜ俺は、このただでさえ声が響く地下道の中で試してみようと思ったのだろう。試さなければよかったな。
シナンが耳を塞いでいた手を外して俺に聞いてくる。
「声、元に戻ったか? まったく、魔法が使えるのはいいんだが…………。時と場合を考えて使ってくれよ」
「これからそうするよ」
時と場合を考えてか、たしかに今回のは全て俺が悪い。変なことを思いついてしまった俺が悪かった。場所が悪かったせいもあるだろう。
魔法のせいで一悶着あったが、地下道から階段を上り地上に出るとそこは鍛治通りと書かれた標識がある通りの目の前だった。それにしても地下道があるのは便利だな。流石、比較的新しい街だけのことはある。王都にも作って欲しいとも思うが、無理だろうな。地下道を無理に作って街が崩落でもしたらたまったもんじゃない。
鍛治通りを少し歩くと宿屋鍛治職人200メートル先と書かれた看板が現れた。あと200メートル歩けば宿屋か。
200メートル歩き宿屋の前に辿り着く。さて、空き室はあるかな? 期待をして宿屋の扉を開く。
期待をして聞いた結果は…………、空き室は無かった。
「空き室ないのか…………、残念だ」
「次の宿へ向かわないか?」
「そうだな」
気を取り直してこの宿から近い宿へ向かう。しかしそこでも結局空き室は無く、また1番近い宿へ向かう。そんなことを繰り返していたところ、気づいた頃には丘から完全に降りきっていた。
「丘部分から完全に降りちゃったな」
「できれば丘部分の宿をとりたかったが、仕方ない。街の外れの宿を取ろう。そこなら空き室もあるだろう」
名のついた通りを通って街の外れに向かうわけでは無く、名前すらないような裏道を通りながら街の外れを目指す。意外だな、綺麗に整備された街にこんな裏道もあるなんて。
「だいぶ街の外れの方まで来たと思うが、どうだ? 近くに宿はあるか?」
地図を広げて現在地と宿の位置を確認する。おお、割と近くに宿がありそうだな。
「あぁ、あるぞ。どうやら宿は橋街通りにあるみたいだな」
「きょうかい通り?」
「そうだ、橋街通りだ。橋に街で橋街って書くみたいだな」
「なんだか、珍しい名前の通りだな」
「まぁ、とりあえず行ってみよう」
橋街通りへは歩いて5分ほどで着くことができた。それにしても橋街通り、どんな通りかと思ったがまさかこんな通りだったとは。ある意味字の通りだ。
橋街通りは通りの道そのものが長い橋になっており橋の左右に建物が立ち並んでいる。なぜこんな構造になっているのだろうと橋の欄干から身を乗り出し下を見てみる。どうやら橋の下には大きい水路がありそれが橋を作る理由となったようだ。なぜ、こんなに面倒な構造にしたのだろう? 疑問はたくさんあるがとにかく今は宿を探さなければ。できれば早く体を休ませたい。
橋街通りの道もとい橋を歩き中間地点付近で宿を見つけた。宿屋中央橋。なんて安直な宿名なんだろうか。中に入り宿の受付で空き室があるか確認を取る。
「空き室ありますか?」
「はい、ちょうど2部屋空いてますよ。少々お高くなりますがそれでもいいですか?」
とりあえず泊まることができればそれでいいや。もうここにしちゃおうか? シナンに確認をとっておこう。後ろにいるシナンの方を向き確認を取る。
「ここでいいか?」
「高くなるのか…………。まぁいいもうここにしよう」
よし、シナンの確認もとれたことだし受付の人にここにしますと言っておくか。
「はい、大丈夫です」
「それでは、代金はお一人2000Eとなります」
宿代高いな…………。俺の全財産ほとんどじゃないか。
「当宿は前払いの方式をとっておりますのでできれば今お支払いください」
しぶしぶ財布から2000Eを取り出し渡す。次いでシナンも2000Eを渡して部屋の鍵を受け取る。部屋はどうやら最上階のようだ。
その後、宿について説明を受け部屋に向かうこととなった。
「ラナー、お金あるのか?」
残金700E。はっきり言ってかなり心もとない金額だ。
「いや、もうほとんど無い。そんなことよりも俺はお腹が空いたよ」
「お金のことはいいのか?」
「それは別にいいんだ、どうせ明日お金手に入るんだしな」
「それでいいのか……。まぁ、お前がそれでいいなら別にいいが。どうせ何も食べる物無いんだろ? 保存食やるよ」
「ありがとうな」
今日は朝昼晩全て保存食になりそうだな。食事が出るのはこの遅い時間だと、朝だけという話なので困っていた。食べるものがあるのは嬉しい。嬉しいよ。でも保存食はな……。まぁ、いいか。
「それじゃあ、時間も遅いし今日はもうこれでお開きだ」
「そうだな。おやすみ」
「おやすみ、明日朝食に遅れるなよ」
「俺が遅れるとでも思うか?」
「あぁ、思うさ」
まったく、俺はそんなに信用出来ないか。そんなことを考えながら、今日泊まる部屋の鍵を開き扉を開ける。
部屋の内部は物凄く広かった。部屋のランクを聞いていなかったがこれはいわゆるスイートルームというやつじゃないだろうか。机の上にちょっとしたお菓子とお酒まで置かれている。お酒は飲めないが。よかった、晩御飯は保存食だけじゃなさそうだな。
部屋の中でも、一際目立つ大きい窓。窓にかけられているカーテンをバッと開けると夜のセントラの街が見えた。とは言っても建物の高さは統一されているため街並みを眺めることはできないが、白色の光でライトアップされた時計台がここからでも見える。
「時計台か…………。行ってみたいな」
無意識のうちに声が漏れる。さて、保存食ととお菓子を食べながら今日の旅日記をつけて寝るか。明日も早朝修練をやりたいしな。あれは気分が良かった。草原の真ん中で修練をするとは良いものなのだな。
旅日記に何を書こうか…………。書き始めるとスラスラ書けるのだが、書き始めは悩むものだ。書き始めてすぐの時もまるで先の見えないトンネルの中に入ったかのようなそんな気分になる。
旅日記を悩めながらも書き終え、一旦部屋の外へ出てシャワーを浴びてからベッドに入る。このベッドもなかなか良いベッドだな。ふわふわしている。まるで雲の上で寝ているかのような………………。
こうして、俺の旅の4日目は幕を閉じた。
読んでくださりありがとうございます。
セントラ編は、なかなか長い話となるはずです。