幕間 私達の娘
帝国に八つある公爵家の中でも、最も格が高いとされるバーティン公爵家。
そんな家の当主を務める私には、愛する妻と可愛い娘がいる。
娘の名はレティシア。妻に似た綺麗な子だ。私達は愛情を込めてレティと呼んでいる。
レティは幼い頃から非常に聡明で、何をやらせてもよく出来た。
勅命による婚約者のエヴァリスト君とも、良好な関係を築いていた。レティが辛い思いをするのなら打ち首にされても断ろうとも思っていたが、二人を見て安心した。
レティが変わってしまったのは、五歳の時。社交界シーズンを終えて領地に帰った頃からだった。
今まででも十分詰め込まれている授業を増やしたいと言ったのだ。その内容は多岐にわたり、貴族令嬢が受けないだろう科目も含まれていた。
辞めさせようと思ったが、頑として譲らないためやらせることにした。すぐに根を上げるだろうと思ったのだ。
しかしながら、レティは弱音を吐くこともなく、大人顔負けのスケジュールを淡々とこなし、その合間で市井の者達とも交流し、その知識を吸収していった。
この頃から、私達はレティは神の子なのかもしれないと思い始めていた。
レティシアと仲のいいメイド見習いの少女は、レティシアが熱を出しただとか、血を吐いただとか言ってくるが、神の子がそんな人間のような目に合うはずがない。
……愚かなことに、心の底からそう思っていた。
私達は愚かだった。我が子を神の子などと言って、彼女自身のことを見ようともしなかった。
レティが十四になった年、社交界シーズンも終わり領地に戻って暫くした頃、それは起こった。
レティが自殺をしたのだ。幸いなことに未遂に終わったが、そこまでレティが追い詰められているとは思っていなかった私達は酷く動揺した。
同時に、罰だと思った。
私達は、理解が追いつかない程優秀なレティを神格化することで、彼女と向き合うことをしなかった。
レティは私達に愛されたかったと言っていた。思い返せば、私達は非常に無機質にレティに接していたのかもしれない。
だが、私達は凡人だ。秀才にはなれても、天才にはなれない。
その点、レティは天才だった。
……情けないが、恐ろしかったのだ。
我が子に向ける感情として相応しくないのは分かっている。
それでも、レティは聡明すぎた。大人でも考えつかないような政策を打ち立てて、それを実行する方法なんかを全て文書にして私に提出してきた。
一度ではなく、何度も。
どんなに聡明でも子供であることに変わりはないのに、私達は親として接することを放棄した。
もしも許されるのなら、いや、許されずとも、子供の頃に彼女に出来なかったことを今からでもしよう。
2024/08/27 修正