私のお嬢様
私、ロザリー・マリエールが仕えるお嬢様は、とても儚くて清廉で、でもどこか翳のある美しさの持ち主です。
今でこそ、顔に張り付いてしまったかのようにアルカイックスマイルを浮かべていますが、第二皇女殿下に出会うまではそんなことはなかったのです。幼い頃のお嬢様は、使用人の子供である私にも気さくに話しかけて下さる方で、天真爛漫とまではいきませんが、心から笑われる方でした。五つ上の私を姉のように慕ってくれて、本当に天使のように可愛らしかったのです。
お嬢様がアルカイックスマイルを浮かべるようになったのは、六歳の時の園遊会からだそうです。私はその時はまだお嬢様付きのメイドではなかったので、その場にいなかったのですが、お嬢様は目の前で婚約者様が自分以外を好きになる瞬間を見てしまったのだと言います。付いて行っていた者によれば、お嬢様は一瞬だけ悲しそうに目を伏せてその後、誰にも失恋したと悟られないような完璧なアルカイックスマイルを浮かべたそうです。その笑みは園遊会の間、一瞬たりとも揺らがなかったそうです。
園遊会から帰ってきたお嬢様は部屋に戻ると、一人で声を殺して泣いていらっしゃいました。私はそのことに気づくとそっと人払いをしました。
はっきり言って、私はお嬢様の婚約者様も第二皇女殿下も大嫌いです。第二皇女殿下は確かに愛らしいお方です。ですが、お嬢様という美しい婚約者がありながら他に目移りするなどありえません。百歩譲って、目移りするのはいいとして、お嬢様をずっと放って置くのは頂けません。パートナーとして参加していたのですから、多少の別行動は許されてもずっと放置は礼儀に反すると思うのです。
次の日から、お嬢様は家庭教師を増やしました。元々あった淑女教育の他に政治や地理など統治者に必要な知識や、有事の際自分も戦えるようにと剣術や武術、馬術など実戦で使う技術や、戦場で指揮を執るために戦術や人心掌握術を学び、他にも城下に降りて商人や職人達と議論を交わしていました。
お嬢様は大人でも眉を顰めるような過密なスケジュールを六歳という年齢で完璧にこなしていました。もちろん、身体に負担はかかっていて、夜に高熱で魘されたり、血を吐くこともありました。それに、この頃からだんだん食事を摂られなくなりました。
それでもお嬢様は休むことはありませんでした。朝になればどんなに体調が悪くても、それをおくびにも出さないアルカイックスマイルを浮かべ、教師達の元に行きました。
そんなお嬢様はデビュタントする頃には有名人でした。才媛だと、派閥に関わらず評価され、信頼されておりました。やっかみもありましたが、お嬢様は黙殺されました。元より、お嬢様の求めていたものは婚約者様やご両親からの評価や愛情なのです。それ以外の何をもらってもお嬢様のお心が晴れることはないのでしょう。
2024/08/27修正