◯◯へ
手紙を書くと言ったものの、どこから書こうかと悩む。
実は、書かなければいけない手紙は沢山ある。釣書関連のものはお父様が肩代わりしてくれているが、それを除いてもそれなりの数になるだろう。
宛先は、エヴァリスト様のご両親、これまで私に散々嫌がらせをしてきた御令嬢方、同じく夜会などで散々言い寄ってきた御令息方、それからこの度私の我儘を聞き入れてくださった両陛下だ。
お父様にも書いた方がいいと言われたし、仕事は早く片付けたいタチだ。
正直、御令嬢や御令息への手紙は書くのが面倒だ。でも、これ以上私を、ひいてはバーティン公爵家を舐めてかかられると困るのだ。
正確に言えば、困るのは私ではなくあちらの親御さん達なのだが。自分達の行動がどんな影響を持つのか学ぶいい機会になるだろう。
まずは両陛下へのお礼の手紙を書こうか。
普段、簡単な手紙を書く時は海のような色のガラスペンを使うが、今日は量も多いため、仕事の時に持ち歩く漆黒の万年筆を使うことにする。
両陛下への手紙は、季節の挨拶に始まり、この度の婚約解消で手を煩わせてしまったことに対する謝罪、聞き入れてくださったことへの感謝を綴った。
次に書いたのはエヴァリスト様のご両親に宛てたものだ。
内容としては、今回の件の詳細と、今後の付き合いを考えさせて頂くというもの。有り体に言えば、おたくの息子はこんなことしてましたよ、今までは婚約者という立場だったからある程度便宜を図ってたけど、それももうしないよ、ということだ。
私は何かと手広くやっているし、コネだってある。私が不快だと言えば、皆関わり合いになるのを防ぐだろうし、そうなれば、宰相と雖も厳しくなるだろう。人の上に立つということは、それだけ多くの人と関わらなければならないということだ。
ただでさえ、うちの国は派閥があり対立しているのに、どちらにもそれなりの影響力を持つ私を敵に回したくはないだろう。
まぁ、これでもなんのお咎めもなしなら、この国を出て行くことも視野に入れなければならないかもしれない。
沈みゆく泥舟に乗っていたいと思う程、私はこの国を愛していない。
次に書いたのは、御令嬢方への手紙だ。
ここからが一番骨の折れる作業になるだろう。書くことは大して変わらなくても、いかんせん数が多いのだ。両手両足の指を使っても足りない程の人数に、それなりに気を遣った、尚且つ嫌味な手紙を書かなければいけないのだから。
言葉遊びは貴族の十八番と言っても、この人数になるとボキャブラリーにも限界がある。
でも、私の手紙は絶対お茶会でネタにされるだろうから、それを考慮してウィットに富んだ嫌味を一人一人に贈りたい。
うんうん唸りながら、一人一人にあんなことしてくれましたよね、と想い出を語った手紙はさぞかし嫌味なことだろう。しかも、表向きは友好的な文面で、だ。
最後に御令息方への手紙を書いた。
こちらも御令嬢方といい勝負な数で、宛名を書いていて思わず溜息が出た。
だって、私が手紙を書いた分だけ、私の価値を微塵も理解していない人物がいるということだから。こうして目に見える形にすると、私の努力は無駄だったのかと少し悲しくなる。
彼らへの手紙は、如何に彼らが私から見て論外なのか語った内容だ。ちくちくと針で刺すような嫌味を散りばめもした。それくらいしないと、やってられない数だった。
御令嬢と御令息への手紙には、追伸として家との付き合いを考えさせて頂くようなことを匂わせた。
休暇として貰った一年間。私は本当に休もうなんて露ほども思っていない。
全ては鬱陶しい現状を変えるための一年であり、貴族の私から離れる一年だ。
書いた手紙は全てロザリーに渡し、雪に閉ざされる前に届けて戻って来れる人に託してとお願いした。