懸念
私達は来た時と同じように、一ヶ月かからないくらいで領地に戻った。
屋敷に戻ってから一ヶ月経った頃、殿下から手紙が届いて両親に呼び出された。
「レティ、第二皇子殿下から手紙が届いたそうだが、どういう関係なんだい?」
「新しい婚約者候補といったところですわね。」
「レティ、あなたって子はどうしてそう険しそうな道を行くの?」
この一ヶ月で両親は私によく話しかけるようになった。
食事も、夕食は家族揃ってテーブルに着くようになった。私は食べられないことが殆どだけど。
これまでのことを両親なりに反省しているようで、かつての私が欲した愛が示されている気がする。
とは言え、お互いに今までをなかったことには出来ない。ぎごちないのは仕方のないことだ。
歩み寄る努力を積極的にするつもりはない。そうした結果、散々な目にあったから。
「わたくしだって、こんなことになると思っていませんでしたわ。でも、お断りする理由もありませんもの。…それに、私がいずれ結婚しなければならないことくらい、お母様もお分かりでしょう?」
「それはそうだけど、でもだからってよりによって第二皇子殿下だなんて…。」
「皇族と姻戚関係になるだけでも面倒なのに、殿下が相手となるといらぬ苦労まで負うことになるだろう。レティ、覚悟はあるのかい?」
「わたくしは家を継がなければなりませんから、殿下にはお婿に来て頂くことになると思われますわ。となれば、皇子妃教育は必要ないはずですし、もしあったとしても身につけているもので事足りることでしょう。殿下に纏わりつく問題についても、わたくしと殿下であれば解決出来ると思いますの。まぁ、あくまで殿下と結婚するならの話ですけれど。…それに、お父様、我が家は公爵家ですのよ。もともと皇家とは姻戚関係ですわ。」
我がバーティン家の始まりは、帝国建国当初にまで遡る。当時の王弟が国の安定のために臣籍降下したのが始まりだ。
領地が辺境なのは、中央から離れることで兄である皇帝の政治を邪魔しないためと、油断できない状態であった隣国との境界を守るためである。帝国を内と外から支えるための配置でもある。
そんな歴史ある我が家は、その後も時々皇族の方を嫁や婿にもらっており、八つの公爵家の中でも一番家格が高いとされている。
「確かに、才媛と名高いレティと文武に秀で、天才魔術師でもある殿下であれば、大抵のことは解決出来るだろう。だが、出来過ぎるが故に、二人を王位に押し上げようとする者がいるかもしれないよ?」
「殿下は継承権を破棄するようですが、私達の存在が次代の皇帝陛下の御心を悩ませるのならば、『血の盟約』において陛下への忠誠を誓いましょう。」
『血の盟約』とは、絶対の忠誠を誓う契約であり、一種の呪いだ。互いの血を飲み交わすことで発動し、裏切れば惨たらしい死に方をする。契約が結ばれると、心臓の上あたりに薔薇のような模様が浮かび上がる。色はそれぞれで、契約を複数結ぶことも可能だ。
「…国のためだからといって、そこまでしなくてもいいのではなくて?」
「わたくしも殿下も、国のためだけに動いているわけではありませんわ。目的のために必要だと思ったのなら、どんな手段でも使いますわ。わたくしと殿下は似た者同士ですから。」
「わたくしには、理解できませんわ…。」
「理解されたい訳ではありませんわ。」
「殿下からの手紙には何が書いてあったんだい?」
「ふふっ、まだ読めておりませんわ。だって、お父様ったら手紙が届いたと知ってすぐ呼び出すんですもの。読む暇なんてありませんでしたわ。」
「それはすまなかった。今ここで読んでくれて構わない。どうせレティのことだから持っているんだろう?」
「分かりましたわ。少々お待ち下さいませ。」




