殿下とお茶会
馬車に乗ってタウンハウスまで帰ってくると、ロザリーの伝達魔法で伝えられていたようで、ガゼボでお茶が出来るようになっていた。
「殿下、お昼はどうされますか?軽食でもよろしければ準備出来ますが。」
ガゼボに案内して腰を落ち着けたところで気づいた。私は特に食べたいと思わないが、殿下はまだまだ育ち盛りだし、普通に食べたいだろう。
「じゃあお願いしようかな。月華姫はいいの?」
「わたくし、あまり食べれませんの。残してしまうのは申し訳なくて。」
「そっか。じゃあ、用意してもらいなよ。もし残しても僕が食べてあげるから。」
「…そう、ですわね。ロザリー軽食を二人分お願い。賄いの準備もあるでしょうし、慌てなくていいと伝えて。」
「かしこまりました。」
ロザリーが離れると、静かになった。気まずい沈黙ではないけど、ずっと無言というのも失礼だろう。何か話題はないかと殿下を見ると、こちらを見ていた殿下とバチっと音がしそうなくらい目があった。
殿下は頰を朱に染めてさっと目を伏せてしまった。こんなこと、一つ年上の殿方、ましてや皇族に思うなんて失礼かもしれないが、可愛らしいと思ってしまった。白磁の頰に朱が入ると、殿下の人形のような作り物じみた美貌が一気に人間らしくなる。
でも、有り余る色香のせいで、何だか見てはいけないものを見てしまった気分になる。
「…殿下は何故私に声をかけられたのですか?」
「それは、さっき話したじゃないか。」
「あれは、あくまで建前でございましょう?」
「あれも理由の一つだよ。実際僕はこの容姿のせいでご令嬢に縁がないから。…本当の理由を言ってもいいけど、月華姫は納得してくれないと思うよ?」
「それは聞いてみないと分かりません。」
殿下は俯いて指を絡ませ恥じらう。同世代の他の殿方がこんなことしていたら、たぶん気持ち悪いと思ってしまうと思うが、殿下がやると不思議と堂に入っていて、可愛らしいと感じる。
決心がついたのか、殿下は顔を上げた。相変わらず白磁の頰は上気していて、瞳も心なしか潤んでいる。
「…一目惚れなんだ。デビュタントの時の月華姫を見て、一目惚れしたんだ。もちろん、君に婚約者がいることは分かっていたし、その意味も理解していた。だから、遠くから眺めるだけにしたんだ。ご令嬢達に馬鹿にされても、令息達に絡まれても、貴族の仮面を崩さない凛とした姿にますます惹かれた。助けに行けたらと思ったけど、僕が行くと余計に拗れるだろうし、それで君に迷惑をかけるのは嫌だったから。…って、僕みたいなのに好かれても嬉しくないよね。」
自嘲するような笑みに、胸が苦しくなった。自分に重なる部分を感じて、放っておけないと思った。
「殿下は十分素晴らしい方ですわ。国のために努力していること、わたくしは知っております。殿下が開発された魔道具や、提出された論文でどれだけの民の生活が改善されたか分かりません。殿下は、殿下みたいなのではありません。殿下は殿下です!卑下などされなくてよいのです。むしろ、誇るべきですわ!…それにわたくし、殿下からの好意を嬉しくないなんて思いませんわ。あの頃のわたくしを見ていてくれて、評価してくださるのですもの。嬉しくない訳がないですわ。…それから、わたくしのことはレティとお呼びください。親しい者は皆そう呼びますわ。」
「ありがとう、そんな風に言われたのは初めてだ。愛称は、どうせなら誰とも被らないものがいいから、そうだな…シアとかどう?僕のことはシルって呼んで欲しいな。」
「お好きに呼んで下さいませ、シル殿下。」
私がそう呼ぶと、殿下は不満だと言わんばかりに頰をを膨らませた。
「殿下なんてつけなくていいよ。ただのシルでいいの。それに喋り方ももっと砕けた感じにしていいよ。僕はそうしてるし。」
「ですが、それは少し不敬では…?」
「僕が許してるんだから不敬な訳ないじゃん。気がひけるなら、命令って形にしようか?」
「大丈夫ですわ。慣れないうちは混じってしまうかも知れないけど、許して下さる?」
「許すも何も、僕の我儘だしね。」
「失礼致します。お食事をお持ち致しました。」
「ありがとう、ロザリー。」
「美味しそうだね、ありがとう。」
「いえ、お話中すみませんでした。」
殿下が自然にお礼を口にしたことに、私は好感を持った。
貴族にはありがちなことだが、誰かに何かをされて当たり前と思いがちなのだ。自分に仕えてくれている使用人に、感謝の言葉すらかけない貴族には殆呆れる。




