邂逅
回廊の突き当たりを曲がると、曲がった先の壁にもたれている人がいた。まさかそんなところに人がいるとは思ってなかったから、危うく悲鳴をあげるところだった。
「こんにちは、月華姫。僕はシルヴェール。シルヴェール・ニエルマン。この国の第二皇子だよ。」
「失礼致しました。お初にお目にかかります、殿下。わたくし、バーティン公爵家が長女、レティシア・バーティンと申します。」
深々とカーテシーをとる私に、殿下は楽にしてと言った。
「不躾だけど、月華姫の婚約はなしになったんだよね?」
「ええ、今さっき解消して来ましたわ。…それが何か?」
「大したことじゃないよ。ただ、僕を新しい婚約者候補にどうかなって。…ほら、僕、こんなんでしょ?だから誰も妃になってくれなくてね。公平な月華姫ならどうかなって思ったんだ。」
第二皇子殿下は有名な方だ。
文武に秀で、持ち前の膨大な魔力量でどんな魔法でも使いこなす天才魔術師。彼のおかげで我が国の魔法技術は進歩したと言っても過言ではない。ただ、その容姿から皇宮にその居場所はない。
殿下は艶のある漆黒の髪と血を押し固めたような深紅の瞳をしている。私は綺麗だと思うが、この容姿は魔族に通ずるものがあり、口さがない者たちは殿下を魔王と言っている。
噂に聞く活躍に、殿下とは楽しく話が出来そうだと思っていた。今までは婚約者がいたから、殿方とのお茶会なんて以ての外だったが、今なら許されるだろう。
「そうですわね、嬉しいお誘いではありますが、わたくし殿下のことを殆ど知りませんの。ですから、我が家でお茶でもいかがですか?」
「喜んで。…どこに行くの?」
「連れてきたメイドのロザリーを迎えに、薔薇園に行くところだったのです。」
「そっか、じゃあ行こうか。」
すっと差し出された右腕は自然で、誘われるように手を乗せた。そのまま、迷いのない足取りで薔薇園までエスコートされた。
疎まれていても教育はきちんとされているようで、歩調は私に合わせてくれたし、気まずくならないように話を振ってくれもした。こんな風に大切にエスコートされることが、ここ十年近くなかったからか、少しむず痒い気持ちになった。
「ロザリー。」
薔薇園で薔薇に囲まれたロザリーは、いつにも増して可愛いと思った。
太陽を受けて輝く金茶の髪と、優しいくりっとした桃色の瞳。来年には二十になるというのに、私と同い年だと言っても通じそうなくらいの、幼さを感じさせるが可愛らしい見た目を本人は不満に思っているようだが、私はとても好ましいと思う。
「お嬢様!お疲れ様でございました。今日から領地に向かわれますか?」
「今日の夜出発にしましょう。昼間は殿下とお茶にしようと思うの。」
「かしこまりました。そのように手配いたします。」




