私の婚約者2
レティのデビューから四年が過ぎた頃、彼女は社交界の中でも若く、彼女の功績を知らない令嬢令息達に笑い者にされていた。
私はそんな中でも凛として、真っ直ぐ立っている彼女にどうしようもなく嫉妬した。第二皇女殿下もレティのそういうところが気に入らないらしく、令嬢達を使ってよく嫌がらせをしていた。
そんな愚かしいことをしていたから、 いけなかったのだろう。
社交シーズンを終えて領地に戻ったはずの彼女が皇宮で皇帝陛下と会われたと聞いて、嫌な予感がした。
翌日、私も皇宮に呼ばた。何かが変わる。そして、その変化は私にとって悪いことなのだろう。そう、何となく察していた。
通されたのは小さめの会議室のような場所。両陛下の前にレティと並んで座った。
「今日は突然呼び出してすまないな。二人に話しておかなければならないことが出来たのだ。」
皇帝陛下はそう言って、書類を取り出した。そこには私と彼女の署名とそれぞれの親の署名、それから両陛下の署名が入っている。あの日交わした婚約書だ。
「こんなことになってしまって、レティシアちゃんには何とお詫びしていいのか分からないわ。でも、貴女の経歴に傷を付けないと約束するわ。」
「皇妃陛下にそんな風にされる覚えはありませんわ。だって、わたくし陛下には何もされていませんもの。……あぁ、何もしていなかったから謝っていらっしゃるのね?」
慇懃無礼とはこのことだろう。いくら親しいと言っても、不敬だ。
「おい、レティ、いくらなんでも不敬だぞ。」
「あら、今の貴方様にその呼び名を許した覚えはありませんよ?」
「何故だ、出会った日に許してくれたではないか。」
「えぇ、出会った頃はよかったのです。ですが、今はもう許せませんわ。親しげに話しかけないで下さる?」
「そんな、私達は婚約者だぞ?」
「ふふっ、こんな時だけ婚約者面しないでくださる?散々蔑ろにして来られましたのに。」
「へ、陛下の御前でなんてこと言うんだ!」
陛下にレティを蔑ろにしていたことをバラされることよりも、レティに拒絶されたことの方がショックだった。私がどれだけ酷い態度で接しても余裕の態度を崩さないから、何も気にしていないのだと思っていた。レティから拒絶されることなんて、考えたことがなかった。
だって、レティは私のことを愛しているから。だから、拒絶されるなんて思ってもいなかった。
「陛下はもう知っていらっしゃいますよ。だから今日、この場を用意して下さったのです。」
「その通りだ。レティシア嬢から婚約の続行は不可能だと言われた。話を聞く限り、儂もそう思う。お主は娘を好いておるようだが、あれは婚約者一筋だからお主のことなど遊び程度にしか思っておらんぞ。……それから、レティシア嬢、今度あれから何かされれば反撃してくれて構わん。あれらに少し世間というものを教えてやってくれ。」
「…そんな!彼女は私に好きだと言ってくれました!遊びな訳がない!!」
「あれは男を引っかけるのが趣味なのだ。その程度のこと誰にでも囁くぞ。」
「そんな……。」
「陛下、恐れながら、婚約の解消を進めて頂けませんでしょうか。」
陛下の言葉に打ちひしがれる暇もなく、隣の彼女が冷たく本題を提示した。
「あ、あぁ。婚約の解消はこの婚約書の焼却をもって履行され、儂らが見届けることで受理されるものとする。」
陛下の掌で婚約書が燃え上がる。青い炎によってあっという間に燃えたそれは、灰すら残さず消えた。
もっと何かあるのかと思えば、実に呆気ないものだった。
「今この瞬間からレティシア・バーティンとエヴァリスト・カルティエ の婚約はなかったものとする。」
「聞き入れて下さったこと、感謝いたします。」
彼女が深く腰を折る横で、私は呆然とすることしか出来ないでいた。だって、想像したこともなかったんだ。勅命だから、解消なんてされないと思っていた。
「…退出の許可を頂けますでしょうか?」
もうここに用はないと言いたげな、冷たい彼女の声に私は胸にぽっかり穴が空いたような気分になった。
「いいだろう。大儀であった。」
彼女は立ち上がって深く礼をし、部屋を出た。
私は両陛下への挨拶もそこそこに、その後を追った。




