私の婚約者
ここからレティシアの婚約者のエヴァリストの視点が三話続きます。我ながら歪んでると思ったので、気分が悪くなったりしたらすみません<(_ _)>
大陸にその名を轟かせる帝国の、八つある公爵家の一つ、カルティエ家。私はその次男として生まれた。
年の離れた兄は軍で官職に就いていて、自分には向かないと言って次期宰相の座を私に押し付けた。
物心ついた時から始まった教育は、厳しかったけれど、元から要領のよかった私はそれなりの余裕を持って取り組めていた。
十歳になった年に、転機が訪れた。婚約者が出来たのだ。国の体制を変えるための政略結婚。高位貴族であれば、何処へ行っても付いてくるものだ。
相手が八つの公爵家の中でも頭一つ分抜きん出ているバーティン家の五つ年下の令嬢だと聞いた時は、甘やかされて育った高慢で強欲な令嬢なのだと思った。でも、その予想はいい方に裏切られた。
その年齢の令嬢には珍しい、貧相には見えないが、装飾を最低限まで抑えたシンプルな型のドレスは彼女の楚々とした魅力を引き立てていた。新雪のような銀にも見える白い髪を深紅のリボンでくくり、リボンよりも深い紅のドレスを見事に着こなしていた。
思わず見惚れてしまうくらい、彼女は美しかった。
話してみると、幼いながらも聡明さが透けて見えた。言葉の選び方や、切り返しにセンスが感じられた。
女神のような彼女は、その声に至るまで美しかった。私の持つ陳腐な言葉じゃ表現しきれないが、それでも言葉を尽くすなら、冷たく凍りついた湖面をガラスで叩いたような、どこか冷たさを帯びた凛とした声だった。
顔合わせが終わる頃には、私はすっかり彼女の虜になっていた。この人を手放してはいけないと、本能が訴えかけているように思えた。
翌年、私は天使に出会った。婚約者であるレティのパートナーとして訪れた園遊会。そこで私は恋に落ちた。
彼女を一目見た瞬間、時間が止まったかと思った。太陽のような明るい笑顔に、可憐な姿。一目惚れとはこういうことを言うのか、と思った。
次の瞬間、レティのことが頭をよぎった。慌てて頭を振り、レティを見ると彼女は今まで見たことがない笑みを浮かべていた。アルカイックスマイルと言うのだろうか、無表情のようで口元だけ笑っているような表情をしていた。
仮面のような、微動だにしないその笑みが私には恐ろしく感じた。人間味が感じられないと、人形のようだと。
その時の私は、その笑みに隠された感情を計ろうともしなかった。
それからの私は、レティを避けた。頻繁に交わしていた手紙も、プレゼントも送らなくなった。
デビューする頃のレティは、それはそれは美しく成長していた。皇宮に出仕している貴族達からは才媛だと称えられ、その他の貴族からは社交界の華、淑女の鑑と謳われていた。
その頃のレティは、全てにおいて私の先を行っていた。この四年で何があったと聞きたいくらい、彼女は変わっていた。
夜会などで、放置しても微塵も揺るがず、凛として立っていた。令嬢に馬鹿にされても、令息に絡まれても、笑顔の仮面は崩れることがなかった。実力行使に出ようとした令息を返り討ちにした時も、その余裕の笑みを崩すことはなかった。
第二皇女殿下のもとに侍りながら、美しいレティを見ているのが好きだった。魅力的な彼女を、壁の花にさせているのが自分なのだと思うと鳥肌が立つくらいに気持ちがよかった。私とのダンスがなければ、他の奴と踊らないというのもなかなかに優越感を感じさせた。
第二皇女殿下はそんな私を屈折してると言って笑い、そんなところも好きだと言ってくれた。
今思えば、この頃から私の人生は狂い始めた。いや、第二皇女殿下と出会ったあの園遊会の日から、私とレティの関係はおかしくなってしまった。




